私の初めて
例のあの人の婚約パーティーはそれはそれは盛大なものだった。
あまりに招待客が多いためか会場こそ貸し会場ではあるがちょっとやそっとの金持ちには貸し出されない由緒あるホール。
スタッフはもちろん食事も飲み物も一流のものしかないのだから私はまるで都会に来た田舎娘のように関心し通しだった。
いつものような挨拶回りもなく、いつもの面々での会話にほっとしつつもあたりをキョロキョロと見渡していた。
理由は一つ。
ハリスが来ているからだ。
サロンで仲良くなったハリスとは休みのたびに会うようになっていた。
彼が外国に行く時には会えないがそれもいつも事前に言ってくれるのでそんな時には私もサロンへは行かなかった。
あれだけ通って友人がハリスだけというのも情けない話しではある。だがどうやら私たちのする会話はご婦人が混ざるには難し過ぎたし、殿方が混ざるには私の知識量が多すぎたのだ。
後からハリスに聞いたけれど、サロンでは女性は無知な方がモテるらしい。
殿方の自尊心を擽るのに必要なのは愛想の良い相槌があればいいのだとか…。
私がそれらを知った頃にはすっかり女性には珍しい知識人として知れ渡ってしまっていた。
ハリスは本当に良い友人である。
はじめの3ヶ月ほどはお互いつけていた敬称も、会う回数が増えるにつれいつの間にかなくなっていた。
女学院で度々議論されていた“男女の友情は成り立つのか”という問題。
今の私ならきっと成り立つ側にいるのだろう。
そんな彼が今夜同じ会場に来ているらしい。
知ったのは一昨日。
その日はサロンではなく彼の滞在している屋敷へと招かれていた。
彼の屋敷というよりは彼の両親の屋敷だが、広い庭園を手入れすることに情熱を注ぐ彼の母を紹介されて以来、サロンよりはこちらに出向くことが増えた。
彼の母も女性にしては知識人なためか会話も弾み3人でお茶会などもする仲である。
そんなこんなで。
私は人混みの中で彼を見つけた。
このような夜会で友人に会うのは初めてのことだったため気分が自然と高揚する。
そわそわとした気持ちを抑えきれず挨拶くらいなら許されるだろうと旦那様に離席の許可を取った。
旦那様がくださった紫色のシックなドレスがふわりと揺れる。
早足で彼に近づくと途中で向こうもこちらに気がついたようだった。
「エミリア!!」
いつものように気安く呼ぶ彼に笑みを向ける。
慣れないドレスで急いだため少しだけ頬があつくなっている気がした。
当たり前だけれどお互いに正装だ。
こんなかしこまった格好の彼は初めて見る。
「似合ってるね。」
私が言う前に彼が口を開く。
彼の視線はドレスへと向けられていた。
「ドレス、綺麗でしょう?旦那様がくださったの。」
「うん、よく似合ってる。ドレスもアクセサリーも靴も、綺麗なエミリアにどれもぴったりだ。馬子にも衣装ってね。」
「もう…最後の一言が余計です。」
ぶすっと不貞腐れるふりをするが彼は笑う。つられて私も。
私たちはいつもこんな感じだ。
「エミリア、君まだダンスはあれなの…?」
「あ、うん。そうね、踊ったことないわ。」
ちらりとダンスホールに目をやるハリス。
私は瞬時に以前まだ夜会などて踊ったことがないのだと不満を垂らしたことがあったことを思い出す。
ハリスがニヤリと笑った。
黙っていればかなり整った顔だけれど、美形で言うならば旦那様には敵わない。
ドキリともしない私に彼は手を差し伸べた。
「レディ、君の“ハジメテ”を頂戴しても?」
「もらったってなんにもならないわよ?」
色気のある雰囲気は一切ない。
私たちにあるのはどちらかと言えば悪友との共犯気分である。
でも正直な所は嬉しかった。
やっと踊れる。
しかも相手がハリスならどこに文句があると言うのだろう。
待っていたって旦那様は踊られないだろうし、誘われることもない。
普段を知っている友人に誘われる恥ずかしさから悔しいことに頬が赤くなってしまっている。気がついてはいたが、私はそんな照れを隠すこともなく楽しむことにした。
だというのに、何がどうなってこうなったのだろうか。