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旦那様とパーティと

















いつも通りの夜会になるはずだった。

ダンスホールから少し離れた位置にある団欒席でアレとスターリンとウィルズを交えて座っていた。










「旦那様、少し席を外してよろしいでしょうか。」











珍しくアレがそんなことを言った時点で変だと思えば良かったのかもしれない。

特に考えもせずに「ああ」と言っていた。

席から離れて行くアレの足取りが軽い。

ひらりと動くドレスの裾が妙に楽しそうだった。




スターリンとウィルズが何やら最近の流行りの傾向について話しこんでいる。興味のない俺はそれをただBGMに眺めている時。

だだっ広く華やかな会場内のざわめきの中で、普段なら聞こえるはずもないのに、その男の声は妙に大きく聞こえた。











「エミリア!!」









何かに引っ張られるように振り向くとそこには、少し遠くの人ごみの中で嬉しそうに駆け寄るアレの姿と、慈しむような、ほっとしたような視線でアレを見つめる見知らぬ男の姿。



”エミリア”



良く通る声で発せられたのはこれまで一度も口にしたことのないアレの名前。

敬称もなく呼んだことの意味を俺は考えようとしたが頭が上手く働かない。



(なんだ…?)


ひんやりとした黒く重い鉄の塊が胃の奥の奥に置き去りにされたような感覚。


視線を逸らせないまま、それでいて何も考えることもできない。






( と ら れ た )







咄嗟にそう思った。


(なにを…?)


自分に問うのに答えは帰ってはこない。

グラスを持たない方の手が気づかぬうちにだらりと下がっていて指先には微かに骨を痺れさせるような微弱な電気が走った気がして力が上手く入らない。



今もそこには何やら談笑する二人。

ドレスを褒めているのか二人して視線がドレスへと向かっていて、アレが照れたように笑う。

似合っているとでも言うのか、当たり前だろうアイツのために誂えたのだから。

不思議と俺の贈ったドレスや装飾品が唯一アレを守る盾に思えた。



「アルバート…?」


スターリンが俺の様子に気づいて呼びかける。

奴の呼びかけは俺の耳には入らず、俺はあの二人から目が離せない。






アレが口元に手をやり、頬を染める。

この距離で、聞こえるはずもないのにアレの笑い声が聞こえた気がした。





男はアレの手を取り、歩き始めた。

向かうのはダンスホール。





曲が始まる前の数秒の静けさ。

ダンスのために相図を待つたくさんの招待客たち。

見つめ合う二人に息が止まった。




音楽が始まり、




ステップを踏む、




楽しそうにくるくると回っているアレが浮かび上がるように不思議と見失わない。





アレが頬を染める度に今度は体のどこともなく電気が走り、胃の奥にずしんと居座る鉄塊は冷たさを増した。






(くだらん…)






気付いた時には曲の終盤にもなろうかという頃、俺は思考とは裏腹にいつの間にか歩き出していた。



歩いているうちに楽隊の連中は一人、また一人と最後の音符を奏で終わっていく。

最後の一音が奏でられ、余韻が会場内を包みこむ瞬間、俺は男の手からアレを奪った。










「お前は、こっちだろう」












何故だ。

自分でも驚くほど声が出なかった。

てっきり苛立ちまぎれの低い声だろうと思った第一声は思いのほか苦しい。

男を睨みつけるのも忘れて視線は腕の中の女に注いでいた。

驚きと戸惑いで見開かれる視線を無視して手を握れば音の消え去った会場に、また一音一音と新たな曲が流れだす。



踊るわけでもなく一歩踏み出し、男は置き去りに俺はアレの手を離すことなく庭へと抜けだした。






人気のいない大きな木々の合間で立ち止まる。

何度か訪れたことのある場所。昼間には明るいこの庭も夜には少しばかり鬱蒼とした雰囲気を持っていた。








「旦那様…?」







怯えるでもなく呆れるでもない声色。

いつもの声にほっとしながらも先ほどまでの苛立ちがふつふつと舞い戻ってくる。

訳のわからない焦燥感も相まって俺はいつの間にか先ほどのようにアレを腕の中に収めていた。





あの男は誰だ。

聞けるわけもない。

今になって律儀に『プライベート不介入』が頭をちらついてしまって言葉が出ない。

知っている。

これは嫉妬だ。

わからないふりをするつもりはない。


ただコイツは離れて行かないと思っていた。

何故かなど知らない。

あの契約書を作ったのは俺で、同意したのはコイツだというのに。

何に囚われるでもなく楽しそうに働く姿を見てきた。休みの日は気になりつつも、プライベートは不介入なため探ることもなかったが、いつからか冷たい鉄塊を抱えながらもコイツが外に出て行くのを窓から眺めるのが日課になっていた。





大丈夫だと思っていた。




でも、あの男がコイツを呼んだ時からは腕の中に収めている今でさえもとてつもなく遠く感じる。






また腕の中から遠慮がちな声。






「旦那様…?」





俺は少しばかり腕を緩めて腕の中のそいつを見た。

不安そうではないのにむしろ心配そうに見つめてくる視線につかまる。

信頼しきったその態度にまた少し苛立った。



だがそれについてはすぐに治まった。

抱きしめている本人がそわそわと身をよじり、暗闇でもきっと頬を染めているだろうぐらいに照れだしたからだ。



「だ、旦那様…その、私めにはちょっと刺激が強くてですね…。」



(これでか…)



コイツの免疫のなさにしたくもないのにほっとする。

これでこれならきっとこの先を知っているということもないのではないかと推測された。

依然として解放する気のない腕の中でもぞもぞとしている。




「エミリア、」

「は、はい。」

「王都に移る前に契約書を組みなおす。」

「え…?あ、いや!ま、まさかクビでしょうか!」



初めてビクついたように反応するそれが面白い。

しかし、面白がっている場合ではない。ややこしい事態は無しだ。




「…お前恋人は出来たのか。」

「い、いえまだです…ね。」

「恋人が欲しいか?」

「はい、あー、ソウデスネ。出来る気は正直しませんが…」



いない、という言葉と出来そうもない、という返答にじんわりと温かい何かが体の中を染み渡っていく。





「なら、俺にしておけ。」





許可を取るわけでもなく、顔を上げたソイツに「え、」と言う暇も与えることもなく、俺はそこにある唇に口付けた。














不思議なもので。

夜の庭は少し肌寒いのに、背中に回された腕が妙に温かい。その腕の存在に気がつくと同時に、胃の奥にあった冷たい鉄塊はどこかに消え去っていた。
















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