突然のプレゼント
休日。
いつものように出かけ、いつものように帰るとそこにはなにやら違和感。
ベッドの上に何かある。
割と大きな箱。
落ち着いたラベンダー色のリボンで包装され、箱にも密かに白レースの模様が入っていた。
(な、なにかしらこれは…)
しかもそれらが3つもあるのだから困りもの。
これをどかさなければ私は今夜ベッドで寝ることも叶わないし、そもそもこれを誰が運んだのだろう。
さらに言えば、そちらを向くのも怖いけど、中くらいから細々とした箱がテーブルの上にいくつも置かれ、もうなにも置けない感じになっている。
(え、なにこれ…)
女学院のクリスマスを思い出す。
クリスマスツリーの下に置かれたたくさんのプレゼント。皆実家などから送られてくるそれは色とりどりの様々な大きさの箱たち。この日ばかりはいつもお姉さんぶっている上級生も頬を染めてキラキラとした少女の顔で集まってくるのだ。
いや、しかし、今日はクリスマスでもなんでもない。
現実逃避はやめよう…。
「どなたか間違われたのかしら。」
誰が?
「物置と間違えて…?」
もう11ヶ月も住んでるのに?
「少なくとも私の物ではないわよね?」
私の部屋だけど…。
「駄目だわ、答えが見つからない。」
私は助けを求めることにした。
もちろんその相手は執事さんである。
「というわけなのですが、」
「おやおや、旦那様はサプライズが下手で困りますな。」
「……ん?」
「ほほ」
いや、え、「ほほ」じゃないのよ。
庭で水やりをしていた執事さん。
「サプライズ…?」
「いや、まぁ新しいドレスを贈ってはどうかという話になりましてな。」
「どなたが?」
「皆が勧めておりました。旦那様もスターリン様、ウィルズ殿、メイドたちも、もちろん私も。満場一致でございました。」
「あ、あんなに?」
「おや、そんなにいくつもあったのですか?まぁ王都に赴く頃には社交シーズンが始まりますのでいくらあっても良いとは思いますよ。」
「そう、でしたか…」
「頑張ってこられた奥様へのプレゼントですので。」
なんということだ。
あれが全て私へのプレゼントだなんて…いいのか、いいのだろうか。
旦那様が…。先にお礼を言いたいが感想も伝える方がいいなら一目プレゼントを見てからの方がいいのだろうか。
「お礼ならば旦那様へ。」
「はい、わかりました…そうですね。」
ドキドキと胸を高鳴らせながら部屋に戻る。
先ほどまで誰のものかわからなかった箱が自分への贈り物だと思うとそわそわと開けるのがもったいないようにすら思えてくるから現金なものだ。
(どれから開けよう…)
たっぷり5分悩んだ結果。
私は小さな箱から開けていくことにした。
一個目。
パカ。
開けた。
パコ。
閉じた。
「え…旦那様…?」
思わずつぶやく。
そりゃそうだろう、のっけからめちゃめちゃ高そうなジュエリーなアクセサリーが出てきたのだもの。
そりゃ閉めるよ。
お母様が誰かの結婚式にしていくぐらい上等なイヤリングとネックレス。イミテーション?イミテーションですよね?まさか本物のダイヤとサファイアなわけないよね?
そうよ、いくらなんでもそれはない。ん?いや、ダメね、鑑定書と保証書ついてる…本物だわ…。
その一箱を皮切りに私は無言で箱を開け続けた。
結果。
アクセサリー類が5セット。
靴が5足。
ヘアアクセサリーが3点。
どれもこれも美しい。
美しい。
美しい…けど…。
「買いすぎですよ…」
言わずにはいられなかった。
私がいくらいつも同じものを愛用していたからってこれは買いすぎだ。
しかも一度に。
もはやドレス(と思われる箱)を見るのが怖い。
(でも一応開けないと…)
意を決してリボンに手をかける。
思っていたよりしっかり結ばれていたそれを引っ張り、箱を開く。
「うわ、かわいい。」
中からはとても可愛らしいパステルピンクのドレスが出てきた。
でもまだこれで止まってはいられない。
次の箱から出てきたのは薄紫のシックなドレス。
さらにその次にはクリーム色のこれまた可愛い系のドレスが入っていた。
よし、とりあえず全部開けた。
プレゼントを開けるのにこんなに精神を削られるとは思わなかった。
どれも質の良さそうな高級品にしか見えない。というかそうなのだろう。
お給料だって毎月頂いているのにこれが私へのプレゼントだなんて気が重すぎる。
旦那様は一体どうしたのだろう。
とりあえず、それを聞くためにもお礼を言うためにも私は旦那様の書斎へと向かった。
軽くノックをし、返事を待って中へと入った。
いつもと変わらぬ書斎だというのになんだか緊張してしまう。
「だ、旦那様。あのプレゼントは…」
「あぁ、見たのか。」
見たのかっていうか完全に驚かせにきてましたよね、というツッコミを寸での所で抑え、「あんなによろしいのですか…」と控えめに訪ねた。
「何か足りなかったか?」
ん?
いや、私今”あんなに”って言ったよね?あんなにってことは多いってことだよね?一切曇りのない真面目な顔で返してくるものだから返答に困る。
「いえ、どれも素敵だし可愛らしかったのですが、多すぎるのでは、と…」
「気に入ったのなら良かった。」
「あ、いや、確かに大変好みだったのですが、」
え、あれ、どうしよう今日の旦那様は話が通じない。
だから私は再度尋ねた。
「本当にあんなに頂いてよろしいのですか?」
旦那様は私から視線を逸らしながら言った。
「………税金対策だ。」
そうかそうか、税金対策ね。
そうよね、あんなに仕事してる旦那様だもの、税金対策は大変よね、うん。うん…。
うん…でも、いや、なんだろう。
すごいうそくさい…。
じとっと旦那様を見る。
何故か視線を一切合わそうとしない。
そんな空気の中、控えめなノックの後に執事さんがお茶を持って現れた。
笑顔で言う執事さん。
「おやおや、奥様が旦那様をいじめておいでだ。」
「え、あ、そんないじめてなんていませんよ。」
「はは、大方プレゼントのことでしょう。旦那様は照れ屋でいらっしゃいますからあまり聞かずに受け取って差し上げて下さいな。」
「おい、ジジイ」
(あ、いつもの旦那様だ)
なんやかんやと執事さんの説得(二度目)もありつつ…旦那様は変だし、なんだかよくは分からないものの、私はあのプレゼントを受け取っていいらしい。
旦那様がふと私に視線を戻した。
「今度のパーティではあの中から好きなものを選べ。」
「え、パーティがあるのですか?」
「いくらか前に乗り込んできた女の婚約パーティだ。今日招待状が届いた。」
引き出しから封筒を取り出し、私へと差し出された。
「わぁ、話には聞いていましたがまとまったのですね。」
「ああ、そうらしい。」
「ふふ、すぐにお返事を書きますね。」
楽しみだ。
あれから幾度も手紙のやりとりをしていたが婚約パーティのことはどうやら秘密にされていたらしい。
部屋に戻ろうとドアを開けてから私は振り返った。
「旦那様。」
「なんだ…。」
「プレゼント、嬉しかったです。大事に…大事にします!ありがとうございます。」
ぱっと頭を下げ「では、」と扉を閉める。
なんだか照れ臭い。
両親以外からあんなに素敵なプレゼントの数々。嬉しくないわけはない。
夫から妻へ…ああ、なんと素敵な響きだろう。
私は新たに増えた宝物を整理すべく自室へと帰った。
「今のご様子ですと、ご結婚当初から恋人が出来た時のために奥様専用のお屋敷を建設する気だったのです、など言えませんな。」
「…。」
「それを取りやめたということも、その資金の一部で買ったとも。」
「…。」
「ましてやドレスのデザインを、」
「うるさい…」
「はっはっは、旦那様もすっかり奥様が手放せないご様子。急に建設計画をお止めになった時は驚きましたが、いや失礼。喜ばしい良い傾向ですぞ。ふふふ」
そう言って執事は嬉しそうに笑いながら書斎を去る。後に残ったのは先ほどの「ありがとう」の余韻になんとも言えない気持ちを味わう旦那様の姿だった。