おかしな旦那様
最近旦那様の様子がおかしい。
ほんのごく、たまに。
夕食を私と一緒に取られるようになった。以前は夕食の時間が違ったり、部屋で食べていたりしたのに。
もしや今までわざとずらしていたのだろうか。そしてそれが面倒になったんだろうか。
だとしたら、私の努力不足だ。
屋敷の主人に気を遣わせていたなんて申し訳ない。
でも同時に夕食ぐらいなら一緒に食ってやってもいいぞレベルまで近づけた、ということと考えていいのかな…とも思ってしまう。それなら少し、いや、だいぶ嬉しい。
氷の君が…。
懐かない猫が寄って来た時の感動に似ている。
そしてもう一点。
徹夜が減った。
細かなものが残ってはいるが、ほとんどの仕事が終わったとおっしゃっていたくらいだからそりゃそうかもしれない。
でも徹夜明けで寝てる旦那様に毛布をかけるのが密かな楽しみだっただけにこれは残念だ。
そして最後に。
アップルパイが食卓に並ぶ日にはアップルパイを見つめてぼーっとなさるらしい。
執事さん曰く、
「店で買ってると思ってらしたので奥様の手作りだと報告してからもっぱらあのようになってしまわれて…よほど嬉しかったのでしょうな。」
執事さんは時々とんちんかんなことをおっしゃる。
私の見解では旦那様は手作りが苦手だったのだと思う。
プロの料理は食べれるけど素人のは食べたくないというか…自分のお母さんの握ったおにぎりは食べれるけど、よそのお母さんが握ったおにぎりは遠慮したいようなそんな心境に違いない。
なんせ一匹狼気質の氷の君だもの。それなら私の手作りとはバレてほしくなかったな。
綺麗に食べつくされたパイ皿を見るのも密かな楽しみだったのに。
「しかし、それからもパイは喜んで食べておいでですよ。」
さらりと言ってのける執事さんに思わず「え、いつバラしたんですか」と問いたくなった。
え、ばれてたの?
え、恥ずかしいなせっせと差し入れてるのがバレていた上に私はそれをにやにやしながら見ていたのか。
もう駄目だ、もうパイ作れない。
恥ずかしい。
鶴の恩返しで鶴が帰っちゃった気持ちが今ならわかる。ん?いや、鶴の恩返しってなんだっけ。
そんなこんなでパイを作らなくなって一月。
前は週に一度は出していただけになんとなく違和感。二回に一度はアップル以外のパイだったから私のパイ作りスキルはまぁまぁ高くなりつつあったはずだから惜しい気もするけど無理だ。やっぱり恥ずかしい。そしらぬ顔で差し入れしてたとかなにそれ言ってよである。
うん、まぁ、でも。
「パイはないのか」
なんて仕事中に出来上がった書類を持ってきただけなのに真顔でそんな面と向かって言われたら作っちゃうよね。
(旦那様は私の扱いが上手いなぁ)
なんて心底関心しながら私はパイ作りを再開させるのであった。