旦那様と美女
「ここには来るなと何度も言ったはずだが?」
「あ〜ん、いけず…でも奥様にご挨拶させてくださいねと先日申し上げたはずですが?」
「許可は出していない。」
「許可など必要ありませんわ。恋の好敵手へのご挨拶は礼儀ですもの。」
「何が恋の好敵手だこのストーカー女が…おいウィルズ、急ぎゴードン殿に迎えに来ていただけ。」
「御意」
苛立ったように指示をした旦那様はどかりとソファに座る。その向かい側には先ほどのご令嬢が座っている。
ジョセフィーヌ・グラント、貴族名鑑の中でも名門なグラント家の長女。
年は21歳とその家柄と美貌にしては嫁き遅れ感は否めない。
しかしそんなのは重要なことじゃない。
彼女の整っていて美しい顔、金色に輝く美しく長い髪、そしてなにより…
(空前絶後のナイスバディ…)
このような方は女学院でも見たことのないレベルであった。
彼女に近い体型の人間がいたとしても顔があれであったり、太りやすかったりと何かしらの欠点は抱えているものだったが、この方は違った。
(ううつくしぃ…)
笑みを絶やさず優雅な所作は小指の先まで無駄な動き一つない。女神がこの世におわすならきっと人の世ではこのような姿に違いないと震える手で私は彼女の前に紅茶を差し出した。
(なにが好み…この方の前に好みなどのたまえるはずない…)
気負っている?旦那様は気負っているだけではないのか?傾国の美女よろしくそういったことを恐れて彼女に手を出さないに違いない。このような方に求婚され何年もソデにされるなんて…。
いや、旦那様すごい…いっそのこと師匠になってほしいぐらい今旦那様のことを見直しました。
多少女王様感はあるけれど、この方ならむしろもっと我が儘でもいいくらいだと思う。
女学院では美しさは賢さに勝る“強さ”だった。美しいだけで生徒たちからは尊敬と羨望の眼差しを注がれるのだ。
そんな彼女に不機嫌な態度を隠そうともせず追い返しにかかる旦那様。本来なら「旦那様、お客様に失礼ですよ。」と窘めたい所だが、それはそれで私が旦那様にそんなことを言えるわけもない。
私は黙って旦那様の隣のソファに腰を下ろした。そこで私は気づいてしまった。
お二人にして差し上げるべきだった?
「あ、旦那様…私は退席の方がよろしかったでしょうか?」
思わず小声で問う。
彼女に見とれていたがこれはとんだ失態かもしれない。内心冷や汗をかくのに旦那様はこちらをちらりとも見ないで相手を睨んでいる。
(ああ、早く返答して、というか普通に退席でしたよね申し訳ございません。プライベートは不介入なのに。)
「お前はここにいろ」
「…はい。」
なのに旦那様はここにいろとおっしゃる。
人の恋路を邪魔(結婚の時点ですでにしてしまっているようだけど)するなんて気が引けてしまうというのに。
ああ、でもどうなるのだろうかと少しどきどきしてしまうのも事実だった。
「その方が奥様?」
「見ればわかるだろう。」
「ねえ、あなた離婚してくださる?」
「む、無理です。」
美しい客人から紅茶いただける?のテンションで離婚をお願いされて思わずどもってしまった。
旦那様はもう面倒臭いが前面に出すぎて喋る元気もなさそうだ。
「でしょうね。」
「え…?」
「いえ、今回はね、お願いに来ましたの。」
ただでさえ微笑んでいた彼女がさらに笑みを深くした。
「一晩、抱いてくださらない?」