旦那様のピンチ
「まずいまずいまずいまずい!!ロビンさーーーん!ロビンさーーん!!」
ガタガタとけたたましく走っているウィルズ・バーキン。
苦手なものは事務全般。
得意なのは渉外関係。
年は19歳だけど、この屋敷に出入りしているのは12歳の時からだ。
最近じゃ成長期も止まってしまったらしく主人をこえたかったのに残念極まりない。平均よりは高いが、せめて身長くらいは自分の主人に勝ちたい願望があったらしい。
しかし今はそんなことを言っている場合ではない。
「いかがなさいましたかな、出来ればもう少し静かに呼んでいただきたいのですが。」
ガチャリと出て来たのはロビン・ポートマン。初老手前なのにご主人様には「ジジイ」呼ばわりされ、奥様は優しく聡明だが、いかんせん年寄り扱いが過ぎる。
そんなロビンにウィルズは飛びついた。
「大変なんですー!!グラント家のご令嬢が!!ここまで乗り込んで来ます!」
「ほぅ、殊勝なことだな。ご自分から来なさるとは珍しい珍しい。いつも呼びつけるのに。」
「呑気に関心してる場合じゃないでしょう!?奥様、奥様をどこかへ隠してください!」
「そう慌てずとも良いとは思いますがね。」
「いやいやいや、奥様が刺されちゃいますよ!!」
玄関でがやがや騒げばホールを渡って伝わるわけで。
そして“奥様”という単語を連呼されれば嫌でも反応してしまう。
ただならぬ雰囲気におずおずと「私がいかがしましたか…?」と出て行けばにっこり笑う執事さんと必死の形相のウィルズさんが迎えてくれた。
「旦那様に求婚中の女性?」
「ええ、何度もお断り申し上げてはいますがこれが中々神経のお太い方で。ははは、困ったものです。」
「笑ってる場合じゃないよー、あのお嬢さんご主人が結婚したって知ってから怒り狂ってるんだもん。」
「いやはや結婚式をしていればまずあの方に壊されていたでしょうな。ここ半年も離婚しろとうるさいのなんの。」
「あらまぁ…すごい…旦那様はおモテなるのですね…。」
私とは雲泥の差だ…と若干へこむが、身内が異性から見て魅力的なのはなんだか誇らしい。
「独身の頃はそれこそお手紙がわんさかでしたが、結婚しても堂々迫って来られるとは思いもよりませんでしたな。」
「あのお嬢さん絶対おかしいよー、黙ってりゃ相当な上玉だけどあれはホント勘弁って感じ…」
唸りあげるウィルズの様子を見ると大変熱量のある女性なのだろう。
でも美人なのか、相当な美人から迫られているというのに旦那様はお付き合いなさっていないとは、なんだかもったいない話である。
「うーん、困りましたね。恋人ではダメなのでしょうか…」
「は?」
「え?」
私の提案に先ほどまで余裕の笑みだった執事さんも慌てっぱなしのウィルズさんもサッと顔を青ざめさせた。
「私が恋人を作る許可をくださっているのだから、旦那様も恋人おつくりになられればいいのに…美女に迫られる体験というのはそう多くの方が体験できるものではないでしょう?」
女学院でもそうだった。
学園一の美人な子はいつも焦る様子もなく、かと言って恋に興味がないわけでもない。
でも、下手に夜会に出れば速攻で求婚されてしまうために深窓の令嬢にならざるを得ない様子だった。
美人ほど望まぬ結婚をする、というのはもはや学園のお約束。よほど家柄がなければ出来ない所業なのである。
つまり、旦那様に迫っているのは大層なお家柄で、ましてや美人。年ばっかりは知らないけれど、そんな女性に好かれて悪い気なんてしないんじゃないかしら…?
「旦那様はその方のことはなんと…?」
「すっごい避けてるね。出来るだけ関わりたくないっぽいよ。」
あけすけに言い放つウィルズさん。
でも、その顔には疲労の色が見えて、どうやら本当に昨日今日のお知り合いではない何かしらがあったようだ。
「旦那様の好みじゃないのかしら…」
「ご主人の好み?…あー、そういや聞いたことないね。ロビンさん知らないの?」
「なにをおっしゃいます。旦那様は奥様にメロメロではありませんか。」
「あらいやだ、もう、笑えないですよー」
「そうだよロビンさん、ご主人だよ?いくらなんでもメロメロってことはないじゃーん。」
「いつまでその茶番続けますの?」
ほんわか三人組が玄関先であははうふふと笑っていたら、いつの間にか開け放たれたドア。そこには大層不機嫌そうな美しい女性が立っていた。