執事のすすめ
活路が見出されたのは突然のことだった。
「ううむ、奥様にこのような場所をご紹介するのは気がひけるのですが、うぅ、いや、しかし私には今の所良い策が…思いつきません。」
そう言って連れてこられたのはレンガ調に造られた大きな屋敷。
正確には屋敷跡らしいがその辺地の利はないので歴史的なことはわからない。
所謂“サロン”と呼ばれる場所。
噂程度にしか聞いたことのない場所に最初は戸惑った。しかし、サロンの説明といえば政治への考え方や様々な物事への関心ごとを語り合う場だ。時事的なものは一通り理解しているつもりだが、日頃深く語り合っている方々と肩を並べて交流するなど出来る気がしなかった。
「本日は私がお供致します。おそらく次回…次回があれば侍女を一人お付けしますので、もし、もしも通われるならご了承ください。」
ものすごく“通って”欲しくなさそうな顔をする執事さん。とはいえ、連れてきたのは当の本人なわけで。
(ここが既婚者の交流の場…)
執事さんに悩みを相談した日、それはもう執事さんは頭を抱えていた。
「旦那様があんな契約書を作りさえしなければ…!いやしかし発端はアノご友人…うぅ、何が悲しくてこのような…!」
私の“相談”に悩みこむ執事さんの心の声はダダ漏れ。
それはそうかもしれない。
私ですら自分でなんということを相談したのだろうと思っているのだから。
「恋人が出来ません」
これが私の悩み。
親身に笑顔だった執事さんを凍りつかせ、解決のために苦渋の決断させることになるこの悩み。
愛はないが理解のある結婚のなんと難しいことか。私がいっそ百戦錬磨の女であればこんな情けない事にはならないのに。
そんなこんなで悩みに悩んだ執事さんが連れてきたのがこのサロンである。
「良いですか奥様、このサロンは通常表向きは普通に貴族の方々と語り合う交流の場ですが、その実、裏側では…その、既婚者同士の出会いの場としても、一部の方々には有名なのです。」
「ほぅ、」
ここが、と見上げた建物は華美な装飾品のないシンプルな屋敷だ。
カーテンは全て開かれ、中庭が見える。
カフェテラスのような所もあれば上階には書斎らしき本棚と机が見えている部屋もあった。
「私は、私一個人としては!!奥様がこのような爛れた場所へ参られる事には反対ですが…しかしあの契約書の内容を満たすならば一番手っ取り早い場所ではあるのです…。」
はぁ、と疲れたように頭をふる執事さん。
なるほど、私にとってここは最後の砦となるわけだ。恋を探しにきている方々が多いというのに、ここに来ても成果が出せなければ私は所詮そこまでの女確定というわけか…。
「わかりました…半年、半年で成果がなければ私は諦めます。」
「おお!期限を設けて下さるのですか!なんと、なんと賢い奥様だろうか…申し訳ない、旦那様が風変わりな契約書を出し、私が学院からお連れしたばっかりにこんなことになるとは…」
私が甘うございました…、と本気で悲しそうな執事さんに私は笑いかけた。
「いいえ、私は旦那様と出会えて幸福でした。このように伸び伸びと働き、両親も安心するほどの家柄の方の妻になどそうなれるものではありません。執事さんから頂いたチャンス、頑張って掴んで参りますね!」
「うぅ、出来れば私は頑張って欲しくないのですが仕方ない…朗報お待ち申し上げおります…」
そうしてやっと私達はサロンへと入っていった。
執事も楽ではないな…。
(私の算段では女学院からお連れした女性が他の女性同様、旦那様の優れた容姿に即骨抜きにされて、契約書内容を容認したのち屋敷でおとなしく過ごして頂くつもりだったのに…ばりばり仕事をするわ、真面目に恋人を探すわだなんて、嬉しい誤算と嬉しくない誤算が多すぎる…!!)
だから参観日に一番モテなさそうな女性を選んで来たというのに…!!旦那様の容姿にもご興味を示されず、本人もあのように本当は容姿が整っておられたなんて口にも出せない失態!!夢半ばでお連れしてしまったというのも後ろ暗く、涙を飲んでご相談に乗るしかないではないか!
唯一の救いは期限を設けてくださった所だろうか…。
どちらにせよ、恋人が見つからないよう祈るばかりである。
このような初老一歩手前になる執事の密かな葛藤という名の断末魔を誰も知る由もなかった。