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精霊使いの村  作者: 西玉
第一章魔物の要塞
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9 燃焼の爪痕

 金の術者モーデルは、水の術者ユーリー・風の術者エリスと共に、地面に掘った穴の中にいた。


「もう大丈夫かねぇ?」


 狭く、暗い。薄い衣しか来ていないエリスとユーリーの肉の感触を押し付けられるようだった。

 モーデルは同じ女であり、精霊使いでありながら、金の術者として肉体の鍛錬を義務付けられていた。柔らかい二人の肉体に複雑な思いを抱きながら、偉大な術者であることを見せつけられ、畏怖してもいた。


「大丈夫よ」


 風のエリスは保証するかのように頷いたが、密閉された空間では大気に触れられず、エリスの能力は使えないはずだ。あくまで推測にすぎない。


「うん。あたしも大丈夫だと思う。それにしてもよくこんな穴、あの時間で掘れたね」


 水のユーリーも同意した。ユーリーも推測で話している可能性はあるが、歴代の水の術者でも不世出の天才と呼ばれている。土の中から、通常の術者には感知できないものを感じ取っている可能性は否定できない。

 止める間もなく、ユーリーは土の中から顔を出した。術による燃焼は一瞬で終わると聞いているが、その一瞬が済んでいるという保証はない。だが、守るべきユーリーが飛び出したのなら、モーデルが隠れているというわけにもいかない。


 動こうとしたが、先んじられた。ユーリーだけでなく、風の術者エリスが穴から這いだした。

 もともと、武器庫の中に隠れれば安全だという計画でいたのだ。湿気が少ない土地柄もあり、武器庫の地面は土だった。モーデルは武器庫の地面を掘ろうとしたが、短時間で人間三人が隠れられる穴が掘れるはずもない。万が一のための用心か、武器庫には地下倉庫が備えられ、その中に大量の武器が隠されていた。


 モーデルは埋められていた武器をとり出し、エリスとユーリーと一緒に地下倉庫に潜り込み、炎が入ってこないように土で封をしたのだ。シリウスには隠れる場所がないと厭ったが、実際には大人一人分の余裕ぐらいはあった。

 モーデルはシリウスがあまり好きではなかったため、意地悪をしたのだ。困った様子でも見せれば、入れてやるつもりではあった。だが、シリウスが余計な女を連れていたため、計画が変わったのだ。


「よく、地下倉庫のことを知っていたわね」


 のんびりと、エリスが伸びをした。この肉感的な美女は、他人の苦労をごく軽く受け流す傾向がある。 

「知らなかったよ。たまたま、地面を掘ろうとしたら埋まっていたのを掘り当てたから、利用させてもらっただけさ」

「じゃあ、間一髪だったわけね」

「ああ、そういうことだ」


 言ってから、モーデルは自身のうかつさを呪った。もし運が悪ければ、エリスとユーリーが死んでいた。そのことを、金の術者が認めたことになる。聞きとがめる者がいれば、絶対に許されないことだった。


「この計画にかかわった金の術者は、全員責任をとることになるわね。どんな責任か、私には解らないけど」

「シリウスも?」


 モーデルが顔色を変えて黙っていると、ユーリーがエリスの前に回って尋ねた。恐ろしい能力とは裏腹に、本人に悪意があることはほとんどない、純粋な少女だ。少なくとも、モーデルはそう思っていた。

 ユーリーの問いかけに、エリスはすぐに答えなかった。


「どこにいるの?」


 しばらく間を置いて、エリスはモーデルに尋ねた。シリウスの居場所を尋ねていることはすぐにわかった。

 だが、モーデルには解らない。ただ追いだしたのだ。その時には、すでに地下倉庫は見つけていた。手伝わせれば、もっと楽ができただろう。だが、モーデルの思いとは関係なく、もしシリウスが死んでいたら、エリスはモーデルを絶対に許さないだろう。


「探してくる。近くにいるはずだ」


 祈るような気持ちで、モーデルは外に出ようとした。武器庫内の様子が目に入った。

 武器庫の内部も、炎で焼かれていた。魔物の死体が転がっていたが、炭と化していた。


 物体の燃焼を助ける、というのが『酸素』の持つ特性のひとつである。自然に大気中に存在するが、純度を高めるほど燃焼は激しくなる。エリスの行う風の術は、大気の成分から『酸素』だけを集めることができた。濃縮された『酸素』は、ごく小さな火花をきっかけに、爆発にも似た突発的な燃焼を引き起こす。要塞全体を、一瞬で焼きつくすほどの火力だ。石造りの要塞に機密性を期待できる建物はなく、爆発的な炎の範囲にいた者は全滅しているはずだ。

 範囲内に余計な火があれば、純度が上がる前に火に反応して酸素が消費されてしまう。あちこちで小火が起きるだろうが、小さな事件を起こすことが目的ではない。水のユーリーは、事前に小さな火を消すため、エリスの補助をするために同行したのだ。


 また、精霊使いは自然と会話し誘導する能力だと解されているが、金の術者というのは例外である。精霊使いの一族に産まれ、自然と会話できない者は全て金の術者と呼ばれる。精霊使いが人工的に造られた金属の道具を嫌う反動であり、男は例外なく金の術者である。その中で、一部本当に金属と会話できる者たちがいる。女のモーデルは、金の術者と断定された時点で村からは不要な者と言われたのも同義であり、明らかな劣等感を抱いていた。モーデルは金属の声を聞く事ができず、おそらく金属の声が聞こえるだろう数少ない術者の一人、シリウスのことを嫌っていた。


 おそらく外に生きた生物はいないだろうが、モーデルは念のために剣を抜き、武器庫の出口に近付いた。耳をそばだてて様子をうかがうが、物音は聞こえなかった。細く、隙間を明けた。

 まだ外は暗かった。表面上は建物に変化はない。全てが一瞬のことだったのだ。


「生きているよきっと。シリウスが簡単に死ぬはずないもん」


 若いユーリーの声を背後で聞いた。エリスに向かって話しているのだろう。声は震えていた。モーデルは、エリスの顔を見られなかった。


「心配ないよ。奴一人が隠れる場所なら、心当たりがあるんでね」

「本当?」


 エリスの声が跳ねあがった。エリスがしっかりとモーデルの肩をつかんだ。爆発の前のことは、ほぼ覚えていないらしい。モーデルとシリウスのやり取りを聞いていれば、『本当』ではないことは明らかなのだ。


「ああ、本当さ。仲間を見殺しになんかするもんか」

「……よかった」


 エリスの懇願するかのような口調は、ただ仲間を心配するだけのものとは思えなかった。モーデルはエリスから離れた。もし、見つけたシリウスが死体となっていたら、二度と村には戻れないものと覚悟した。



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