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精霊使いの村  作者: 西玉
第一章魔物の要塞
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8 井戸の中で

 一分の隙もない暗闇で、シリウスは生きていることに感謝した。


「……痛いな……」


 飛び込んだ井戸の底は、腰まで水に浸る程度には水が溜まっていた。爆発を伴う延焼は一瞬で終わり、水の中でやり過ごしたつもりだったが、全身が痛んだ。

 火傷は免れなかったのかもしれないし、井戸に落下した時にぶつけたのかもしれない。


「何が起きたのです? 随分、大きな音がしたようですが」


 気丈にも胸まで水に浸かりながらも声の調子を落とさないのは、シリウスと一緒に井戸に飛び込まされた女だ。燃焼は井戸の中にも及んでおり、その瞬間には女も水の中に頭まで潜っていた。だから、全身が濡れている。

 シリウスはそもそも誘拐犯でもあるわけだが、恐れた様子は見せなかった。


「精霊使いを知っているか?」


 シリウスは女の問いに答えようとしたのだが、女はまったく別の反応を示した。


「どうやってここから出るのです?」

「登れるか?」


 女は井戸の中から上空を見上げた。小さな、丸い星空が遠くに見えているだろう。巨大な燃焼は発生後に空気の間隙を生み、見上げる空は風の音を生んでいた。


「いえ、無理でしょうね」

「では、俺が昇るしかないだろうな。誰か、ロープでも投げてくれるといいんだが」


 シリウスはエリスとユーリーを思いだしたが、専門の術者である二人はあまり世俗的なことに気を配るのが得意ではない。

 気が付くとすればモーデルだけだが、シリウスを助けることに尽力するとは思えなかった。あるいは、喜んで見殺しにするかもしれない。

 体が冷えてしまう前に上るべきだと考え、シリウスは井戸を構成する石積みに手で触れた。四角い石がぴったりと並べられた、というほど気の利いたものではない。指が入る隙間は十分にあり、上るのに問題はなさそうだ。


 いざ力を込めようとした時、シリウスは首に棒状のものが巻き付くのを感じた。鎧も脱ぎ捨ててきたので、背中に温かく柔らかいものが押し当てられるのも感じていた。


「おい、それは無理だろう」


 振り返らなくてもわかった。首に巻き付いたのは一緒に井戸に飛び込んだ女の腕で、女は出る時も一緒なのだと訴えているのだ。


「わたしには登れないと言ったではありませんか。見捨てていくのですか?」

「俺が先に上って、ロープを下ろす」

「わたしをさらっておいて、それを信用しろと言うのですか?」


 シリウスはあきらめた。説得に応じる相手ではないようだ。井戸の壁面に這わせていた手を下ろす。


「どうしました? 登らないのですか?」

「あんたを背負って登るとなると、登りやすい場所を探したほうがいいだろう。少し、考える時間をくれ」

「そうですか」


 女の腕が、シリウスの首から離れた。薄暗い井戸の中だったが、わずかながら互いの顔は見えた。ずいぶん華奢な女だと思った。首に巻き疲れた腕も、あまりにも細い。

 この女なら背負っても、それほど負担にはならないだろうか。それでも、地上まではかなりの距離がある。簡単にはいかないだろう。


 シリウスは通常の人間より、はるかに夜目が利いた。金の術者として、本当に力を持って産れた金の術者としての特性の一つとも言われていたが、シリウスには解らなかった。だが、今は役に立った。井戸の壁を登るのは簡単ではない。地上までのルートを、慎重に調べていた。


「一体、何が起こったのですか?」


 シリウスがどれだけ真剣か全く気にもせず、女は話しかけてきた。共に行動することが多いエリスやユーリーにも同じような傾向があるため、シリウスは怒ることもなく聞き返した。

 金の術者が何かに集中することがあることすら、一般には否定されているのだ。


「精霊使いを知っているか?」


 井戸の壁にそってゆっくりと移動するシリウスの背中に、女はぴったりと張り付いていた。置いていかれてはたまらないということだろう。ついでにシリウスの腰の手を懸けている。賢明な判断だ。

 女の腰近くまで水に浸かっている。つらい状況のはずだが、女の声はそうとは感じさせなかった。


「人と自然を一体化させ、従わせる一族だと聞いています。あなた方がそうなのですね。あなたも、精霊使いなのですか?」


 シリウスの動きが止まる。予想外の答えだった。


「……驚いたな。それを知っているのはごく限られた人間だけだと聞かされていた」

「そうでしょうね」


 まるで、女は当然のことだといわんばかりの言い方だった。シリウスは、急に女の正体が知りたくなった。


「あんたは何者だ?」

「アルバ・バッカラというのが、私の名前です」


「俺はシリウス。精霊使いの村で産れたが、男は精霊使いを守る兵士として育てられる。俺は使い捨ての駒だ。精霊使いは上に居た二人だよ。どうして、精霊使いのことを知っているんだ? 名前だけ聞いても、あんたが精霊使いを知っているという理由にはならないが」

「世間知らずなのですね」


 明らかに、女は不機嫌になった。何が女の機嫌を損ねたのか、シリウスには解らなかった。


「人里離れた一族の村からは、任務以外で出ることは禁じられている。何か、知っていなければいけないことがあったのか?」

「バッカラというのは、王族の家系だという証拠です。私は、現国王の長女にあたります」


「王族? よくわからん。つまり、偉いのか?」

「そういう理解の仕方しかできないのなら、そういうことにしておきましょう」


 なんとなく、シリウスは見下されたような気分になった。


「そろそろ行こう。一緒に行くなら、つかまってくれ」


 上るべきルートは見定めた。これ以上水に浸かっていると、体が動かなくなると判断したのだ。口では軽蔑しようと、アルバと名乗った女はシリウスの首に腕をまきつけた。


「まだ、私の質問に答えていません。一体、何が起きたのですか?」


 シリウスは、人を背負ったままほぼ垂直の岩壁を上るという状況ながら、説明を強いられた。とぎれとぎれながら、シリウスは話した。シリウスが要塞に来た理由と、要塞に何が起きたか。

 顔は見えない。アルバは何も言わなかった。だが、アルバと名乗った女がひどく動揺したことは、背中で感じていた。



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