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精霊使いの村  作者: 西玉
プロローグ
4/38

4 要塞への侵入

 金の術者シリウスは、護衛役として、水のユーリー、風のエリスに付き従って要塞への侵入を果たした。交易品にまぎれ、武器と一緒に箱に詰められて運び込まれたのだ。

 外の様子はわからなかった。狭い箱の中に押し込められ、ただ揺られ続けた。長い振動が終わり、大きな衝撃の後、辺りは静まりかえった。


「……エリス、ユーリー、どう思う? もう武器庫に着いただろうか?」


 シリウスは、同じように武器の隙間で小さくなっている仲間達に囁いた。


「解らないわよ。私もユーリーも、それどころじゃないもの」

「そうだよ。こんな金属に囲まれて平気でいられるの、金の術者だけなんだから。シリウスと一緒にしないでよ」


 ほぼ真っ暗なため、二人の顔色は解らなかった。声からして、元気とはいかないようだ。金の術者は金属との相性が抜群によく、シリウスはその金の術者である。金属を鍛えた武器に囲まれて、快適そのものだった。

 逆に、金以外の術者は、ほとんどの場合金属との相性が悪い。作戦を決めたとき、エリスとユーリーに随分なじられたのである。作戦を決めたのはシリウスではない。ガリギュアという金の術者だ。そのはずなのだが、エリスとユーリーはシリウスを責めた。


 理由はシリウスにもわからず、シリウスは反論しようともしなかった。特に風の術者エリスのなじられることが、むしろ愉快だったのだ。


「では、俺のタイミングでいくぞ」

「どうぞ」


 エリスの声はかなり弱っていた。


「お好きにぃ」


 ユーリーの声はふてていた。


「了解」


 シリウスは、武器を詰め込んだ木の箱の中から、外に向かって剣を突き立てた。くぐもった声が上がる。木箱の中からでは、外の様子はわからない。

 目には見えていなくとも、手が、生温かい液体で濡れるのが解った。血だ。剣を伝い、血が木箱の中に落ちた。武器とはまた違った、鉄分を含んだ血の匂いが立ち込めた。


「幸運だったな」

「何がよ! 誰もいなくなってから、こっそり抜け出すんじゃなかったの?」


 風のエリスが慌てるのは、珍しいことだった。


「少なくとも、一人は即死だろう。騒がなかったからな。見張りが一人なら、誰もいないということになる」

「やる前に、合図ぐらいしてよ!」


 ユーリーも声を荒げた。


「『俺のタイミングでいく』って、言ったろ」


 剣に貫かれた何者かが、死体となって崩れ落ちる。手に伝わる剣の感触から見張りの死亡を確認すると、シリウスはさらに剣を横に動かし、木箱の側面を破壊した。

大きな木の箱に穴を開け、武器庫に躍り出る。木箱の中と同様暗いが、木箱の中とは違い真っ暗でもない。

 武器庫の中はたいまつが一つ、壁に備え付けられていた。新品の武器を収めた箱の傍らに、死体が転がっているのがわかった。シリウスが殺したのだ。他に、人影はなかった。


「幸運だった。見張りは一人だけだ。武器庫の中まで見張りがいるっていうのは、予定とは違うけどな」

「でも、他はほとんど情報通りみたいね」


 シリウスの後から、木箱の穴から顔を出し、エリスが鼻をひくつかせた。大気の様子から風の術者が読み取る情報量は、他の術者の理解は遠く及ばない。


「ティエラの情報だもん。間違いっこないよ」


 武器に囲まれているのがよほど嫌だったのか、ユーリーがエリスを押しのけるように這い出した。

もっとも、武器庫の中であるため、金属に囲まれている状況はあまり変わらない。木箱から脱出したものの、壁際にびっしりと並んだ武器の山にユーリーが嫌そうな顔をするのが、暗闇でもわかった。

 ティエラというのは、別行動を行っている精霊使いの仲間である。情報収集に長けており、作戦の大本となる情報をもたらした人物だ。


「この武器庫で、大丈夫か? 精霊使いの術の中でも最も破壊力の大きいあの術に、耐えられるのか」


 壁を軽く叩き、シリウスが建物そのものの頑丈さを確認した。


「武器庫より頑丈な建物なんてないわ。そうじゃないの? 金の術者さん?」

「ああ……そうだな」


 エリスが可笑しそうな声を上げたので、シリウスも笑った。楽しくなる状況ではない。敵の真っただ中に侵入し、命がけの任務を遂行しようとしている最中だ。それでも、エリスの機嫌が悪くないのはありがたかった。

 シリウスの任務は、二人の護衛である。金の術者は数が多く、他の術者を守るのが仕事だ。当然、身を挺してということが前提となる。たとえ任務でなくても、嫌がられようと、シリウスはエリスであれば、守ったに違いないが。


 火口箱と火打石で素早く火を熾し、持参してきた大きな松明に火を移す。途端に、辺りの様子が目に飛び込んできた。


「本当に……情報通りだね……」


 情報が正確なのは歓迎すべきことだが、ユーリーの声は沈んでいた。エリスやシリウスより若く、エリスとは対照的に華奢な体つきをした少女である。

 手足は長く、成長すればエリスとは違ったタイプの美女になるだろうとシリウスは想像していた。もっとも、本人に成長する意思があれば、である。自らの成長すら操れるのが上級術者である。


「どうした?」

「ううん。別に……ただ……」


 床に屈みこんだユーリーは、床に崩れ落ちた兵士の死体を見下ろしていた。シリウスも屈みこむ。死んだ兵士の顔は、人の形状をしていなかった。

口もとから牙が突き出ていたし、焦点を失った瞳は黄色く濁っていた。鼻は潰れたように上を向き、尖った耳は頭頂部近くまで達するほど大きかった。


「魔物の要塞……か。魔物といっても、命令を受けて武器庫を護衛するような、知恵のある連中がいるんだな」

「でも……魔物に知恵があるなら、外見が醜いだけで人間と一緒じゃないの?」


 ユーリーは屈んだまま顔を上げた。シリウスは答えられなかった。エリスが、小さく首を振る。


「人間が異端者を排除しようとすることは、よく知っているでしょう。私たちはただ任務を果たせばいいのよ。余計なことは考えない。早死にしたくなかったらね」

「ああ……魔物が人間と同じだとすれば、俺たち精霊使いはどうなる? 外見が同じだけで、本当は魔物よりも人間とかけ離れているかもしれないぞ」

「まさか……やめてよ」


 震えるように自らの肩を抱く水の精霊使いに対して小さくうなずくと、シリウスは武器庫の入り口に移動した。扉には隙間がなく、覗き見ることはできなかった。機密性が高いほどありがたい。シリウスはむしろ満足しながら、外の様子を伺うために耳をすませた。

 剣を構えるシリウスの肩を、エリスが掴んだ。


「どうした?」


 シリウスが振り向くと、エリスは寄り添うように体を寄せながら、耳元で囁いた。


「扉を傷つけたら、私達の命も危ないわ。後できちんと閉められるように、壊したりしないでよ」


 囁かれた内容はきわめて散文的なものだったが、シリウスはこんな状況でも顔が紅潮するのを自覚した。闇に紛れるため黒い衣をまとっているが、エリスが着る服の生地は薄い。風の精霊使いであるエリスは、大気との接触を好む。できれば、何も身につけたくないというのが本音らしい。


「わかっているさ。この武器庫が俺たち全員の生命線だ。二人は下がっていてくれ。俺がやる」

「もちろんそのつもり。シリウスに任せるわ。ただ、気をつけてね。ユーリーが動揺しているし」


 少女はまだ立ち上がらない。シリウスはうなずき、エリスを下がらせた。シリウスが扉を叩いた。すぐに反応がある。扉が、外側から開いた。

 二体、魔物だ。一体の腹を剣で貫き、一体の顔に燃え盛る松明を押し付ける。魔物の腹から剣を引き抜き、怯んだ魔物の喉を貫く。

 死体を武器庫に引きずり込み、シリウスは外を窺った。動く影はない。新月の夜だった。星明かりだけの、暗い夜だ。


「いいぞ。二人とも」


 シリウスが武器庫から外に出た。エリスとユーリーが続く。


「どこでやる?」

「ここから離れるわけにはいかないでしょう」

「そうだな」


 武器庫は平屋建ての頑丈な造りで、鉄板と岩石を組み合わせた堅牢なものだ。屋根は平らにできていた。シリウスが屋根を指差すと、二人はすぐに動き出した。

 まずシリウスが上がり、誰もいないこと、人目が無いことを確認し、すぐに降りた。ユーリーの梯子になり、エリスの踏み台になった。水の術者であるユーリーも、エリスと同じ理由で衣装は黒く、薄い。空気中の水蒸気に働きかけるためである。


「役得ね」


 柔らかいお尻を支えている時、エリスが笑った。


「俺は、別に、そんなつもりじゃない」


 尻を押しながら、シリウスが真っ赤になって顔を反らした。


「嬉しくないの?」

「いや……そう言うわけじゃないが……」

「冗談よ」


 エリスの柔らかい足の裏で、顔を踏まれた。地面を踏んだのと同じ足の裏である。怒ってもよかったのかもしれないが、踏まれたシリウスは、首の力でエリスを押し上げた。シリウスは周囲を確認した後、もう一度屋根に上った。二人の護衛のためである。

 からかわれた恥ずかしさでエリスをまともに見ることができなかったが、シリウスが屋根に上った時には、エリスは別人のように真剣な顔つきをしていた。


「始めるわ。シリウス、よろしくね」


 無言でうなずき、金の術者であるシリウスは、剣を抜き、手元に置いた。辺りを警戒する。


「ユーリー」


 風の術者が呼びかけると、水の術者ユーリーは静かに応えた。


「もう、始めているよ」


 武器庫の屋根に仁王立ちした華奢な少女は、全身で何かを受け止めようとしているかのように、両腕を自然に広げていた。風の術者の言葉に、かすかにうなずいて返した。


「南東の空気が重いわ。そっちから風を集めるわね」

「任せるよ。でも、もうじき、飽和する」


 周囲の空気が湿気を帯びる。大気の声も聞けず、解け込む水蒸気と会話することもできないシリウスにも、それはわかった。

 大気中に溶け込める水蒸気の量には上限があり、それを越えた部分は結露となる。シリウスの剣と鎧に、水の膜ができていた。空気に溶け込める水蒸気の量は、温度が低いほど少なく、結露しやすいのだ。水の術者、ユーリーの周辺は、すでに飽和を迎えている。


「要塞を全部包むまで、どれぐらいかかる?」


 尋ねるエリスも、もはや相手を見てはいない。自分の術に集中していた。


「風が運んでくれる南東の重い空気次第だけど、一時間はかからないかな。計画通りに雨で浸すなら、二時間はほしい」

「わかったわ。じゃあ、私もそれにあわせる」


 風と水の術者の会話を背に聞きながら、シリウスは闇の先に意識を集中させた。


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