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精霊使いの村  作者: 西玉
第五章精霊使い
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34 魔物の正体

 光の術者ティエラは、小さく、卑猥な物体を見ていた。階段を這うように下りてきたのは、痩せこけた人間だった。

 まるで骨と皮だけのようにやせ細り、まだ若く見えるが、丸まった背中は実際の年齢よりも年老いた印象を与えた。


 人間だった。

 この城に入って初めて目にした人間に対して、ティエラはなぜかもっとも強い嫌悪感を抱いていた。

 姿を消したまま、懐からナイフを取り出した。


 一思いに殺してやりたい衝動に駆られたが、情報源を潰すことになる。ティエラは音を立てないように慎重にナイフをしまい、降りてきた人間の背後に回った。

 あまりにも老け込み、性別も判断できない人間は、階段から開いたままの本棚にたどり着き、部屋を見て毒づいた。


「久しぶりに獲物かと思ったら、誰もいないじゃないか。一体、何日あの部屋に閉じこもっていればいいっていうんだ。さすがに、これ以上は飢え死にしてしまうぞ」


 声は男のものだった。ティエラは少し考え、男の体付きを再度確認してから、姿を現すことにした。


「呼び出して悪かったね」

「誰だ?」

「不審者さ」


 男が振り向く。ティエラは階段の上に、つまり男よりも高い位置にいた。男が見た目よりも身体能力に優れていても、対処できると判断したのだ。


「どうやって入った?」

「とがめられもせず、入れてくれたよ」


 実際には姿が見えないようにしていたのだが、嘘は言っていない。誰にもとがれられはしなかった。

 だが、男はそう理解しなかった。理解できなかったのは、当然でもある。


「あいつらは何をしているんだ?」


 男は舌打ちをして、足元に目を落とした。

 ここは最上階である。城にいる全員を見降ろす位置にいる。

 実際に見降ろすことはできないが、城にいる全員を見下している。

 骨と皮ばかりに見えるこの男に、男の身分に、ティエラは疑問を持った。


 ごくかすかな違和感を見逃すことが命取りになりかねないと経験上知っているティエラは、あえて自らの力を明かした。


「そう責めるもんじゃないよ。仕方なかったのさ。だってね」


 ティエラは、自らの腕を消した。正確には、光を屈折させて見えないようにした。

 男の顔が驚愕に変わる。

 さらにティエラは、全身を消して見せた。


「そうか! 精霊使いか!」


 ティエラは全身を再び表した。『精霊使い』の呼び名を知る人間は多くない。

 しかも、ティエラのように光の屈折を操る術者はごくわずかだ。ティエラの起こした現象を見て、すぐにその答えにたどり着いた。


「あんた、この国の王かい?」

「よくわかったな」


 男は引きつった笑いを浮かべた。薄気味悪い。ティエラはそう感じた。


「じゃあ、部屋にいたでかいのは、なんなんだい? 王のあんたがここにいて、何をしている?」

「魔物たちを統べるには、魔物の中で一番大きく、強くなくてはならない。そのために、ワタシが作ったのだ。ワタシはこの上で、魔物を作っている」


「魔物を作る? 材料は?」

「人間だ」


 王を名乗った男は、引きつった笑い声を上げた。


「どうやって……」

「来い。見せてやる。お前たち精霊使いを待っていた」


 男はティエラの腕を掴もうとしたので、ティエラは逆に男の腕をねじあげた。男は悲鳴を上げたが、結局は男が言った通り、ティエラは階段を上がった。

 上り切った階段の先には、真っ赤な部屋があった。

 石畳で覆われている。


 石が赤いのではない。石が赤く染まることは通常ない。だが、部屋は赤かった。

 真っ赤に染まっているかのように見えた。中央にはベッドともテーブルともとれる長方形の台があり、壁中に複雑な道具がかけられていた。


「あんたは、この部屋で一体何を……」

 

 ティエラでさえ見たことがない醜悪な光景に、顔を背け、この部屋の住人に問おうとした。

 精神的に動揺していたのは否めない。油断したのだ。男がやせ細り、力も弱いものと侮っていた。

 後頭部に打撃を受けた。


 振り返りながら、男の手に鈍器が握られているのを見た。

 床に崩れた。

 床は濡れていた。

 血の臭いがした。


 崩れるのは不快だった。

 体が動かなかった。

 ティエラの頬が床に触れた。

 意識が失われた。



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