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精霊使いの村  作者: 西玉
第五章精霊使い
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33 魔物の巣

 城内には、魔物しかいないようだった。シリウスと、同行した全精霊使い達は、一か所に固まることを余儀なくされた。

 隣国からの正式な使者であり、本人が王女であるアルバ・バッカラは、敬意を持って遇された。ただし、接待する相手は魔物である。


 全身を甲冑で覆った三人の兵士と二人の侍女は、王女の供としてはあまりにもささやかだ。

 怪しまれることもなく、王女と供に奥に通された。ガリギュアが宣言したようにティエラを探しに行くのは、断念せざるを得なかった。

 王宮の門から会談が行われる間まで、左右を魔物がずらりと並んでいた。人間の姿は一つもない。


「王女様は、自分の王宮をこんな風にしたいのか?」


 魔物が作る道を進みながら、シリウスがアルバの耳にささやいた。

 魔物たちに聞こえないよう、細心の注意を払った。

 アルバは王女として先頭を歩き、そのすぐ背後にシリウスが従った。エリスとユーリーを挟み、ガリギュアとモーデルが続いていた。


「力そのものは罪ではないわ。肝心なのは使い方です。あなた達、精霊使いも同じでしょう」

「できれば、魔物と一緒にされたくはないな」


「一緒ですよ。魔物と。力の使い方を間違えれば、より恐ろしい結果をもたらすのですから」

「……そうかもな」


 アルバの足が止まった。まだ、魔物の作った道は続いていた。

 斜め後ろを振り返り、口元に笑みを浮かべていた。

 浅黒い肌に丁寧に化粧を施してあるのにも関わらず、アルバの顔色が悪いことがわかった。

 緊張しているのだろうか。


「どうした、王女様?」

「冗談です」

「何のことだ?」


「あなた方は魔物とは違う。どうやら、私が間違っていたようです。いえ……魔物についての正確な知識を得ないまま、この国の王や数名の執政官達に踊らされていたようです。後ろのあなたの仲間に伝えてください。私の国を、こんな状態にしたくはありません。この条約は、無かったことにします」


 アルバ王女の顔色は、相変わらず悪い。だが、迷いはないようだった。


「王女様、このまま帰るのかい?」


 シリウスは背後の仲間達を伺い見た。

 突然足を止めた王女に戸惑っていた。

 アルバは小さく首を振った。


「いいえ。そのような無礼はできません。魔物たちのことを詳しく聞いた後、丁重にお断りします。そうすれば、誰も傷つかず、王宮を出られるでしょう」

「俺は詳しいことは知らないが……よく決断したな。魔物の力を借りなければ、国はやっていけないのだろう?」

「わが国には、魔物よりも頼りになる、精霊使いがいますから」


 アルバ王女は小さく片目を瞑って見せた。

 シリウスは頬が紅潮するのを自覚した。面頬をつけているのに感謝した。


「俺達は、馬車は曳かないぞ」

「わかっています」


 低く声を上げて、大人しく笑った後、アルバ王女は再び歩きだした。

 シリウスが背後を見ると、侍女の姿をしたエリスと目があった。物問いたげではあったが、シリウスはただ進むよう促した。






 互いに対等の立場で行う前提の会談は、客間の一つで行われた。

 先に、案内されたアルバ王女が通され、侍女役のエリスとユーリー、護衛としてシリウスが従った。ガリギュアとモーデルは入り口で待機することになった。

 客間があまり広くなかったためだ。


 案内された客間には樫のテーブルが中央に置かれ、向かいあうように籐の椅子が置かれていた。華美ではないが、施された意匠は見事なもので、王族同士の会談を行うのに恥じないものだった。

 椅子にアルバを座らせ、シリウスとエリス、ユーリーは背後に控えた。

 アルバの正面にある扉が開いた。体つきの華奢な魔物が、お盆の上に二客のティーカップを載せていた。菓子盆に、菓子ではなく骨付きの肉が挿してある。


 魔物は、意外なほど器用にカップと菓子盆を置いて、扉から出ていった。

 アルバ王女は、困ったような表情で精霊使いたちを振りかえった。

 シリウスと目が合う。手招かれた。


「王女様、どうかしたのか?」

「見てください。シリウス、これを何だと思います?」


 浅黒い指先が、カップを指していた。器であることは見ればわかる。

 質問したいのは、中身についてだろう。

 赤かった。どろりとした液体が入っている。


「血じゃないか? 臭いをかいでみてもいいか?」


 アルバが体の位置を変える。シリウスが身を乗り出し、面頬を外した。

 どうやら、本当に血のようだ。

 菓子盆に目を移す。菓子ではなく、骨付き肉が入っているだけでも異常だが、骨の一つを取り、持ち上げると、こってりと生肉が顔を出した。

 血が滴り、脂がぶら下がっていた。


「……王族に対する最高のもてなし、なんじゃないのか? せっかくアルバ王女が来てくれたのだから、人間の血と肉を用意したのかもな」


 アルバの顔色は、一層悪くなっていた。


「冗談になりません。人間の血なのですか?」

「何の血かは……よくわからない。だが、この骨の形と肉は……俺には、人間のものに見える。普段食べているわけじゃないぞ。死体を片付けたりするのも金の術者の仕事だから、人間の死体には慣れているだけだ。食べたことはないぞ」

「シリウスが食べたと言っているわけではありません。どう思います? まさか、既に王自身が魔物となっているのでしょうか?」


 骨付き肉を器に戻し、シリウスは手を拭った。

 アルバの唇は、朝は真っ赤だった。今は紫色だ。

 エリスとユーリーを見ると、二人とも顔を歪めていた。

 目の前のテーブルは立派だ。載っているものがいただけない。


「エリス、ユーリー、話し合いだけでは済まないかもしれない」

「みたいね。でもシリウス、どうするの? ティエラの居場所もわからないし、周りは魔物だらけよ」


 シリウスは面頬をつけ直し、アルバを見つめた。


「王が魔物になっていたとして、俺達が殺したりしてはまずいのだろう?」


 アルバはこっくりとうなずく。


「もちろんです。たとえ魔物となってしまっていても、私を歓迎するだけの知性は残っているのですから。交渉がこじれたとしても、武器を抜いたりしてはいけません」

「……できるだけ、気をつける」


 扉が再び開いた。巨大な体躯をした魔物で、部屋は一杯になった。



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