3 王と妃
将来デンマークと呼ばれる国が建国されるユトランド半島に、デン国という国が存在していた。国王ブリストル・バッカラは王女アルバとの会見を終え、陰鬱な気分で自室にたたずんでいた。時刻はすでに深夜を過ぎ、月明かりに浮かぶ領国の国民も、寝静まっているように見える。
「まだ、お休みになりませんの?」
若い妃に、背後から声をかけられた。王は振り向かず、窓に目を向けたまま答えた。
「アルバの話、そなたはどう思う?」
「政治のことを、女に尋ねるのですか?」
「アルバも女だ。男の政治が常に正しいのなら、我が国の現状はないであろう」
デンの隣接に、ノウリアという国がある。王族が姻戚関係にあり、もっとも近い同盟国である。小さいながらも北欧の盟主として名を馳せていたが、それはごく最近のことだ。真実はわからない。だが、噂ではノウリア国王は魔物と契約し、魔物を使役することによって無給の労働力と無限の兵力を得たと言われていた。
勢力を拡大し富み栄える隣国は、この国にある提案を示した。
我が国の秘密を教え、ともにヨーロッパを支配しようというものだった。
ノウリア国とデンは血縁も深く、供に栄えようと誓った仲だった。その一方、ヨーロッパ大陸の南部ではローマ帝国が勢力を広げ、周辺の小国を次々に飲み込んでいた。
ローマの勢いは全ヨーロッパを飲み込もうというほどのものだった。支配に屈するか戦うかを迫られ、多くの国々が軍事力によって滅ぼされていた。デン王国も、近いうちに戦うか、服従するかを迫られるだろう。ノウリア国王が戦うつもりであることは間違いない。デン国は現在、盟約によってノウリアとともに戦うか、盟約を破ってローマに従うか、選択を迫られているのだ。
王女であるアルバは、魔物の力を借りてでもローマと戦い、独立を守るべきだと主張した。ノウリアとの盟約を確実なものとするための使者として、自らが名乗りをあげたのだ。
ノウリアと契約を結ぶための条約に、王は署名を施した。国内の意見は割れ、ローマ帝国に服従するべきだという意見も多かった。王は決断することができず、求められるまま署名に応じた。ノウリアと盟約を結ぶ条約とローマに服従する条約の双方に、王の署名が施されたのだ。王はただ、デン国の行く末を運命に委ねたのだ。
アルバは供の護衛数百騎を連れ、王都を脱した。道中で頼もしい護衛が付くと語っていたが、王にその詳細は知らされなかった。