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精霊使いの村  作者: 西玉
第三章潜入
20/38

20 迫る城壁

 シリウスは荷車の御者台に乗り、馬を歩かせ続けた。

 馬車も馬も、騎士たちからの戦利品である。


 農耕馬であり、足は速くない。

 人が歩くのとさほど変わらないが、荷物を背負って歩く事や三人の連れが全て女だということを考えると、歩くよりはかなり速いはずだ。


 騎士たちの鎧を奪い、シリウスはほぼ完全な武装をしていた。

 死体から剥いだ装備を身に着けることに、禁忌は感じなかった。いつものことである。

 何より金属に包まれることは、シリウスには心地よかった。






 三日も行くと、前方から高い城塞が見えてきた。

 シリウスの目にようやく見えてきた程度なので、アルバ王女には見えていないだろう。

 エリスは見るまでもなく、風の声を聞いて理解していた。

 ユーリーも風に漂う水分から、似たような情報を得ているはずだ。


「魔物っていうのは、家畜みたいなものなのか?」


 シリウスが一人で馬を操っているので、女達は気を使ってたまに御者台の隣に座る。

 たまたまアルバ王女が腰掛けたので、シリウスは聞いてみた。

 シリウスはアルバ王女をさらった経歴があり、要塞の炎上にもかかわっているので、アルバは警戒しているのかあまり話そうとはしなかった。


 精霊使いとしてはエリスとユーリーのほうがはるかに強い力を持っているのだが、どういうわけか二人はすっかりアルバと打ちとけていた。精霊使いの力というものを、アルバが理解していないためだろう。

 要塞が炎上し、五〇〇〇人からの人間を焼き尽くした首謀者だとは思っていないのだ。


 もっとも、エリスとユーリーは人間を焼き殺したという自覚はなく、あくまでも悪い魔物の集落を滅ぼしたと思っていた。

 アルバについては、シリウスがエリスとユーリーを探していたところ、たまたま遭遇したと思い込んでいる。


 本当にそう思い込んでいるのかどうかは、シリウスにはわからなかった。二人は高位の術者なのだ。

 エリスとユーリーの二人は、シリウスと同じ金の術者モーデルからは村に戻るよう言われたらしいが、モーデルと別れるとすぐにシリウスを追ったらしい。


 運悪く騎士に見つかり、捕まってしまったのだ。

 二人が、シリウスが行った方向を感知したのは不思議ではない。風と水の術者に隠し事など意味はない。

 シリウスがどうして追われたか、騎士がどうして二人を捕まえたのか、すでに理解しているだろう。

 二人はそのことは話さなかった。シリウスに責任を感じさせないためだとわかっていた。同時に、旅を共にするアルバとの関係が気まずくなるのを避けるためだろう。






 女達の楽しそうな会話を背後に聞き流していたので、シリウスも事情をある程度は理解していた。

 アルバが王女であり、王の使者として隣国に赴く事も、魔物を使役する技を教授して貰うよう、契約を結びに行くことも。


 魔物を使役することに反対する者がおり、そのために王女を殺そうとしたのだということも。

 アルバはシリウスの隣に座ってから、しばらく考え事でもしているかのように黙っていたが、シリウスの問いに答えて言葉を選びながら話し出した。


「家畜とは違いますね。魔物は食べられませんから」

「じゃあ、奴隷か?」


「そちらのほうが近いでしょうね。奴隷より、ずっと安価な労働力です。呼び出して使役する方法さえ解れば、ほぼただですから。こんなに便利なのに、反対するなんて馬鹿げています。あの国では、馬車ですら魔物に曳かせていると聞きます」

「まあ、見た目は気持ち悪いからな」


 精霊使いは、身分階級からすれば奴隷より下になる。おそらく魔物よりは上だということになるだろうが、素直には喜べなかった。

 便利な魔物が自由に使えたら、むしろ精霊使いは要らなくなるかもしれない。


「多くの人民に苦役を貸す代わりに、ただの労働力や、幾らでも補充の利く兵士が得られるのですよ。見た目にこだわっているうちに、国力に決定的な差がついてしまいます。そうなってからでは、遅いのです」

「ふぅん」


 シリウスに政治のことは解らなかった。そもそも、興味がなかった。

 馬車には幌も何もないただの荷車だったので、エリスとユーリーは荷物に寄りかかって風を楽しんでいた。

 シリウスは背後に目を向け、頬を弛めた。


「あなたが好きなのはどちらです?」

「な、なんだい、急に」


 二人には聞こえていないだろう。アルバはそう思っているはずだ。実際は、二人が聞こえていないなどということはありえないが。

 アルバは前を向きながら、小声で話していた。


「きわめて不本意ですが、要塞であなたに命を助けられたのは事実のようです。この馬車に乗っていた騎士たちも、私の命を狙っていたのだと思います。その件は、私の唇を奪ったことで帳消しですが、一度助けられた借りがあります。あの子たちは私の友達ですから、二人があなたを徹底的に嫌っているのでなければ、協力しましょう」

「俺が唇を奪ったんだったか? 逆のような気がするが」


「ああしなければ、私の身分がばれて、二人とも殺されていたのです。同じことでしょう」

「同じことねぇ……」

「協力してほしくないのですか?」


 シリウスはおかしくなった。アルバ王女はエリスとユーリーを友達だと呼んでくれた。

 実にありがたい話だが、そんなことはありえないのだ。


「……俺はエリスが好きだ。でも、村の掟がある。エリスは風と親和する一族の男と結ばれることになる。俺じゃないんだ。無駄だよ。たとえ王女様がどんなに協力してくれても、俺もエリスも、一族の掟は破らない。ただ掟だからというわけじゃない。精霊使いの力を伝えていくために、仕方ないことだ」

「あなた……シリウスは、本当にそれでいいのですか?」


 前方に大きな石や凹凸がないことを確認してから、シリウスは隣に座るアルバを見た。

 アルバはまっすぐに見つめ返してきた。王女の視線である。見つめられることに慣れている瞳は力強かった。


「……俺に、どうしろというんだ? 何ができるというんだ?」

「見損ないました。こんなに、意気地なしだったなんて」


 アルバは御者台の後ろに行こうとした。

 シリウスは咄嗟にアルバの腕をつかんだ。アルバが騎士たちから隠れるために、シリウスに対してとった行動を思い出した。

 その時の行動ではなく、その後のアルバの涙が、シリウスの胸を抉った。


「王女様は……あの時どうして……あんなことをしたんだ?」


 具体的には言わなかった。言わなくても伝わっていた。アルバの指が、自らの唇に伸びていたから。


「騎士たちから……逃げるためです」

「……なんで、泣いたんだ?」


 突然シリウスは、頬を叩かれた。アルバの細い手が、シリウスを叩いた。

 痛くはなかった。だが、どんなに強烈な打撃より、脳を揺さぶられたような気がした。


 シリウスは一人で御者台に残された。


『シリウス……』


 風に囁かれた。ただの錯覚かと思った。そんなはずはない。エリスだ。


「どうした? エリス」


 口の中だけでつぶやいた。エリスには聞こえるだろう。信じて疑わず、予想通りに反応が返ってきた。


『あまり、アルバを苛めないで』

「どういう意味だ? 俺が、どうして……」

『好きな人に唇を奪われて、うれしくて涙が出たなんて、プライドが高い王女様に言えるはずがないじゃない』


 シリウスは慌てた。あやうく農耕馬を走らせるよう命じるところだった。


「ちょっと待て。どうして……そんなことあるはずがない」

『ゆっくり考えるのね』


 耳元から、風が去った。ユーリーにすら聞こえていないだろう。

 荷台の上で女たちがどんな顔をしているのか、シリウスは振り返る勇気がなかった。

 身分の違いはわきまえている。エリスと結ばれることなどありえない。だが、アルバはどうなるのだ。


 ――王女と奴隷以下……まさか……そんな……。


 荷台を覗き込もうとして、すぐ近くに水のユーリーの顔があるのに驚いた。


「ユーリー、どうした?」

「アルバとエリスから伝言」

「……二人からか……何といっていた?」


 シリウスは全身が汗で浸るのを感じた。ユーリーは簡潔に言った。


「『石頭』だって」

「どういう意味だ?」

「知らない」


 まだ幼いとさえいえる少女の顔が引っ込んだ。


 ――どういうつもりだ? エリス……アルバ……。


 シリウスは、黙って農耕馬の手綱を握り締めていた。

 わからなかった。許されるはずがない。

 だが……許してもらうつもりがなければ、不可能ではないのだろうか。エリスは、それを望んでいるのだろうか。あるいは、アルバまで。


 結論が出せないまま馬を操るシリウスには、近づいてくる前方の城塞が、いかにも不吉に見えていた。


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