2 隠された民族
デン王国王女アルバ・バッカラは、武官からの報告を受けていた。
「では、燃え盛る最中の宿屋に飛び込み、無傷で猫の子供を救出した者たちがいたということですね?」
「はい。猫の子供だと救出後に気づき、かなり怒っていましたが。宿屋に飛び込んだのは男一人でしたが、まるで男を守るように風が渦巻き、炎が男を避けるように割れました。間違いなく、存在を隠されている『精霊使い』の一族です」
時刻は深夜、アルバの自室は深い闇に包まれていた。窓から入る星明りのみを光源としているのは、王女はすでに眠っているはずの時刻だからだ。
「わずか数人で、一国を滅ぼすほどの力を持つという伝説もあります。そのため、住居を限定し、人の集落に近づくことも許されない。その一族に間違いないのですね?」
「伝説は誇張されているかもしれません。ですが、街道沿いの宿場町であるのにも関わらず、彼らは離れた空き地でテントを張り、火事を収めた後は逃げるようにその街を離れました。普通の人間ではないでしょう。差別をされるのに、十分な理由があると思いますが」
「ならば……十分な戦力になり、自分たちの境遇に不満を持っているのならば……意のままに操ることも難しくはないでしょう。どこに向かったのか、わかりますか?」
アルバ王女としては、当然の問いをしたつもりだった。武官に初めて動揺が生じた。暗闇にいて、そうとわかるほどの動揺ぶりだった。頼りになり、失態を犯すことが考えにくい。そんな印象を持っていただけに、アルバは眉をひそめた。
「おそらく……本隊は出身の村に戻ったのだと思います。宿場町から、護衛と思われる兵士たちが少し言い争いをしまして、二手に分かれました」
「『思います』とは、頼りないですね」
「申し訳ありません。私も、兵からの報告を受けたもので。出身の村に戻った者たちを追った兵は、途中で霧にまかれました。おそらく、それも彼らの力かと思います。別れた護衛の方ですが……人ごみに紛れ、行方がしれません」
つまり、その不思議な技を駆使する『精霊使い』と呼ばれる者たちと、接触する方法はないということだ。アルバは天を仰いだ。ただ、闇に包まれた天井が見える。何も見えないのと一緒だ。
「ではあなたに、新しい任務を与えます。その者たちと接触し、私の護衛を依頼するのです」
「アルバ様、その者たちでなくとも……」
「この国に、私の味方はほとんどいないことは、あなたも知っているでしょう。少数とはいえ不思議な力を持つ人たち……彼らの力が必要です。条約を結ぶ約束の期日が迫っています。それまでに接触できなければ、私は信頼できる人間がいないまま、旅立たなければなりません。あなたが頼りなのです」
「わかりました」
武官は退出し、アルバは一人、闇に取り残された。