18 罠
シリウスと女達が街道脇で焚火をしていた同時刻、金の術者ガリギュアは執政官より階級では下の役人、エベリン卿に剣を突きつけていた。
扉を守る衛兵が敬礼する。
エベリン卿は片手を上げた。背後のガリギュアは、光の術者ティエラによって隠されていた。
厳重に警備された扉を潜り、エベリン卿とガリギュアだけになった時、耳元でささやく声がした。
「不自然だよ。この先は、地下牢だ」
ガリギュアはうなずき、エベリン卿の背に押し当てた剣に、力を込めた。
「どこに案内するつもりだ? この先は地下牢だろう?」
エベリン卿は足を止めず、壁から松明をもぎ取り、回廊の先を照らした。
数歩先で回廊は途切れていた。下への階段が顔を出す。
「この王宮の構造をどこで聞いたのか知らないが、牢として建設されたことは事実だな。だが、閉じ込めてあるのが、罪人ばかりとは限らない。そうだろう?」
エベリン卿の足が止まらないので、ついていくほかはない。肩を優しく叩かれた。ティエラも行けと言っているのだと解釈し、闇の中を進んだ。
見張りの兵士がいた。エベリン卿の一声で、兵士たちは退出した。大した影響力だ。
鉄格子が並ぶ。手足が鎖で繋がれた、薄汚れた罪人たちが閉じ込められていた。不潔な牢内は、疫病の温床だともいわれている。
こんなところに、罪人たちと一緒に金が隠してあるのだろうか。
金庫の中に納まらないほどの大金だっただろうか。
ガリギュアが不安になった時、エベリン卿が足を止めた。
「ああ、ここだな。うん? 間違えたか? 私としたことが、うっかり勘違いをしたようだ。てっきり金を隠したつもりでいたが、この牢は先日、王宮に忍び込もうとしたあばずれを、捕まえて放り込んだ牢ではないか」
「モーデル!」
真っ暗な牢の中、松明に照らされ、浮かび上がった人影は、金の術者、モーデルだった。
手足に枷をはめられ、衣服は下着だけの状態で、体中が赤くはれ上がっている。
鞭で打たれたのか、無数のみみずばれから血がにじんでいた。
「貴様! モーデルに何をした!」
寝ていたのだろう、牢の中で、女が顔を上げた。
「……ガリギュアかい? ごめん……私、失敗した……」
ガリギュアはエベリン卿を鉄格子に叩きつけ、剣を振り上げた。その手を、背後から掴まれた。
「ティエラ、邪魔をするな」
モーデルが汚された。その思いだけで、何も考えられなくなっていた。
「冷静になりな。ここでおっさんを殺してどうする。指名手配されるだけだ。私はご免だよ。このおやじ、わざわざこんなところまで私たちを案内したんだ。まだ、取引の余地があるはずさ」
掴まれた手を、ガリギュアは振りほどいた。強引に腕を振るったため、透明な何かが倒れた。
世慣れ、術に秀でていても、鍛え上げた兵士でもあるガリギュアの力に抵抗できるはずがない。ガリギュアは、石畳に倒れた透明なものを押さえつけた。
「取引、取引って、もう十分だ。モーデルをこんな目にあわされて、冷静でいられるはずがないだろう。モーデルを傷つけた奴は、全員探し出して八つ裂きにしてやる」
「お前さんも、この程度かい」
目の前で、突然強烈な光が爆発した。ガリギュアの視界が白く塗りつぶされる。見えない女が逃げるのが解った。
「待て!」
横から、蹴りあげられた。ガリギュアは脇腹を押さえ、後退する。剣を構えた。
見えない。
目に痛みは感じない。一時的なものだ。しかし、強烈な光に視力を奪われていた。
「ティエラ」
「軽々しく呼びなさんな。この役立たず」
「お前は?」
エベリン卿の声が、驚いていることを示していた。
ティエラが姿を現したのだろう。ガリギュアは動けなかった。ただ、耳に意識を集中させた。
「あんたの嫌いな精霊使いさ。光の術者ティエラだ」
「いつからいた?」
「あんたと王妃が仲よく始める、ずっと前からさ」
「姿を消せるのか?」
「本当に消えるわけじゃない。人間に限らず、目ってのは、光がないと何も映らないのさ。光の反射を少しいじってやるだけで、姿を映らなくする。さほど力の要る術じゃない。効果は、ご覧の通りだ」
「いつでも……誰でも……か?」
「相手が目に頼る生物なら、まあそうだね」
「私は、取引する相手を間違えていたらしいな。金は払おう。契約通りに。だが、この男にじゃない。あんたにだ」
「エベリン卿、あんたに、今後も協力する条件でかい?」
「話が早いな。あんたがいれば、あのはねっかえりのアルバ王女を殺さなくても幾らでもやり様がある」
「言っておくけどね。私は、金が大好きでね」
「契約の金は用意できる。今すぐにでも」
「金以外は信用しない。金払いが悪くなったら、あんたは透明の刺客に狙われると思いなよ」
「ああ。心しよう」
視力が徐々に戻ってきた。同時に、視界が埋まった。
ティエラが穿いていた赤いブーツが一面を埋めた。
顔に衝撃を受け、ガリギュアは昏倒した。




