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100日


「私の余命はあと100日らしいのです」


彼にそう告げるとカップに口つけようとしたままの状態で静止した。そりゃああと100日で死んでしまうと急に言われたら驚くだろう。少し申し訳ないことをしたと思うが、これが一番最良だったのだ。

実際私は死ぬのではない。元の世界に帰ると言うのが正しい。私はいわゆる異世界トリップというものをしてここにいる。そしてあと100日で帰れると言うことがわかったのだ。だからこうして仲のよかった彼に話をしたのだが、もう少し言い方があったかもしれない。いやでも私が消えてしまう理由を話すのも信じてもらえる気がしない。死んだことにするのが問題なくこの世界を去れると思ったのだ。


「それは本当なのか」

「ええ、お医者様に言われましたから」

「病に侵されているようには見えないが?」

「そういう病気ですから」


純粋な彼は私の言葉を素直に信じてくれるだろう。

飲まれないままカップはおろされ、彼は思い詰めた顔をする。波打つカップの中身は彼の動揺を現しているようだった。






---






ここは街外れの森の小さな家だ。私のトリップしてきた場所である。


『誤ってトリップしてしまいました。原因解明中。必ずお帰ししますのでご心配なく』


気づいたら居た知らない家の中の机の上の紙に書かれていたのは、短いが自分がおかれた状況がよく分かる文だった。帰れないならここで生活するしかないだろう。冷静を通り越して淡白な私は慌てることなく安定した生活を送るために準備を始めた。幸い、家の中には電気ガス水道と通っており生活は可能だった。代金がどのようしにして支払われているかは知らないが今まで取り立て屋が来たことがないから大丈夫だろう。

お金は持っていなかった。これではたとえ街に出たとしても物を買うことは不可能だ。だから食べ物は森から調達した。家のなかを捜索して発見した釣り竿を利用して魚をとり、食べれそうな野草を探して食べた。野草はたまに外れてすごいまずかった。我ながらアグレッシブな食物調達だった気がする。まあその後とある筋から食物が手にはいるようになったからアグレッシブ食物調達も不必要になって今では遠い昔のことのようである。


そんな私は街の人々に幽霊だと思われていた。どういうことかというと、街外れの森にトリップした私は野生と化しており街に一度も降りずにいた。ということは街のなかに私の存在を知る者はいないわけだ。そしてたまたま森に入った人が私の姿を見て、誰もいないはずの森に誰かいる、イコール幽霊という思考に繋がったらしい。ちゃんと確認して欲しいものだ。しかしこの森には街の人たちは入らないらしい。なんでも迷子になりやすく一度はいると戻ってこれないとかいう迷いの森らしいのだ。そこに人がいるなんて思わなかったのだろう。私のことを幽霊だと思ってしまうくらいには森に人が寄り付かなかったと考えられる。

さて、幽霊がいると街で噂になり、住民たちはとても怯えたそうだ。その恐怖を払拭すべく王宮ではその幽霊を調査することになった。そこで調査に乗り出したのが王宮騎士団長のバルド・ミュール様である。なんと団長自ら民のために調査をしたのだという。バルド様は部下10人を引き連れ森へと入り、幽霊を探した。そして出会ったのが私である。そのときの私はスコップ片手に芋らしきものを入手すべく、地面を掘っていた。ようやく芋を入手し、喜びに思わず芋片手にコロンビアポーズをしたところでバルド様と目が合い、大変気まずい思いをしたのはいい思い出である。


「お前は人間か?」


という若干失礼な質問に


「生物学的区分で言えば人間ですね」


と答えるとバルド様は手にして居た剣をおろした。実は最初の時点で剣を突きつけられていたのだが、自分でも驚くほど冷静に返答したと思う。ちなみにこの世界で死んだ場合命の保証はされないそうだ。しばらく生活したある日に家のなかで見つけた謎の手紙に書いてあった。もう少し危機感を持つべきだとあとから思った。


「何をしているんだ?」

「夕食の調達をしていました」

「街で買うという選択肢はないのか」

「あいにく仕事をしているわけでもないので金銭がないのです。あと街に出たことがないので」

「そしたらどこに住んでいるんだ?」

「あっちの家ですけど」


そう言うとバルド様はそんな家などないと言ったが、あるものはあるんだ。案内して見せるとこんな家、いつのまに…と家の前で大層驚いていた。少し話が聞きたいとのことだったので家の中に招き入れて事情聴取に似たようなことをされた。さすがに部下の皆さままでお家には入れなかったのでバルド様と一対一の対話である。とりあえず早急に親から一人立ちしたくて家出して森で暮らしている少女という設定を自分に付加し、バルド様とお話をすること30分、危険ではないと判断されたのか彼は部下を引き連れて帰っていった。




それからしばらくしてバルド様は再び私の家の戸を叩いた。食べ物というお土産をもって。


「静かで落ち着くからたまに来てもいいか?」


とのことなので


「食べ物を持ってきていただけるならいくらでもどうぞ」


と答えた。正直目の前の美味しそうな食べ物に目が眩んだ。野草や釣った魚を食べるのもいいが、たまには美味しいと保証されているものも食べたいのだ。こうして利害の一致をしたバルド様はときたま私の家を訪れるようになった。






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