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外伝:とんでも腐れビッチ紫苑ちゃん Ⅵ

 零次達との戦いとも呼べぬ戦いの後、結局は解散と相成った。

 職業としての冒険者を志す子供達にとって紫苑の魅せたものは値千金。

 教師陣がそう判断したがゆえに、後は各々が考える時間として放課にし時間を与えたのだ。

 普通の学校ならば此処までフレキシブルに予定を変えられはしないが、そこは冒険者育成学校。

 臨機応変は冒険者の常、幾らでも融通を利かせられると言うわけだ。


「……ふぅ」


 醍醐栞は戦いの後、紫苑から二人だけで話がしたいと屋上に呼び出されていた。

 紫苑は教師に呼ばれたためまだ来ていないが、今の栞にとってはありがたかった。

 紫苑が魅せたもの、その熱の余韻に浸っていたかったから。


「やっぱり紫苑さんは、私の理想通りの人でした」


 自らが正しいのは当然として、他人にも正しい道を示してあげられる。

 溜息が出てしまうほどに美しく正しい。真の正しさとは他者にも伝播にするもので、それこそが栞の理想だった。

 こうしろ! と頭を押さえ付けて言い聞かせるのではない。

 自身の輝きと想いを他者に伝え、その上でどう在るべきかを選ばせる。強制する必要すらない。

 紫苑の言葉を受け取った者はまた自らもそう在らんと奮い立たされるから。

 誰もが持つ正しさの光を喚起する姿は栞にとって涙が出るほど眩いもの。

 かつて犯した過ち。正しくあれと強制し両親を手にかけた自分と比べて――――。


「ごめんなさい、待たせたわね」


 暗い思考に踏み入りそうだったところで屋上に紫苑がやって来る。

 栞は少しだけ悲しそうな顔で笑い、胸を撫で下ろす。

 一人だったらこのまま何処までも沈んで行きそうだったから。


「いえ、御疲れ様です紫苑さん。先ほどは良いものを見せて頂きました」

「御疲れって言うなら栞とアイリーンでしょう? それに……さっきのは、私、反省してるのよ」


 苦笑気味の紫苑だが勿論反省はしていない。

 そのような言葉、紫苑のディクショナリーには登録されていないのだから。


「それはまた何故?」

「説教臭いじゃない。第一、他人に自分の考えを押し付けたみたいでどうにも……ね?」

「そんなことはないと思うし。そんな風に想えるのなら、決して押し付けではないと思いますよ」

「そう言ってくれると気が楽だわ」


 言いながら紫苑は屋上に来る前に買って来た缶ジュースを栞に手渡す。


「ありがとうございます」

「いえいえ……ってあら? ストッキング伝線してる……」


 身嗜みに気を遣う紫苑にとっては見過ごせない事態だった。

 まあぶっちゃけ割と使い古してたやつなので気にするぐらいならケチらず新品を使っておけと言う話だが。


「はぁ……みっともない(まあこれはこれで私の色気が出てるんだろうけど……サービスショットをタダで見せたくないし)」


 ストッキングが伝線した脚をサービスショットと言い張るこの厚顔さよ。


「ちょ、ちょっと紫苑さん!? い、いきなり何してるんですか!」


 いきなりストッキングを脱ぎ出した紫苑を見て何故か慌てふためく栞。


「女の子同士だし、他に誰が見てるわけでもないんだから平気平気(え? 何この反応?)」


 脱いだストッキングを学生鞄に入れて中から新しいストッキングを取り出す。

 一応、もしもの時のために用意はしていたらしい。

 ペタンと腰を下ろして生脚をストッキングで包み込んでいくその光景に頬を赤らめる栞。

 紫苑はその反応を見て貞操の危機が迫ったら本気で殺すことを検討し始めた。


「(私の純潔とか、命を差し出してでも釣り合わんからな。狙うだけで万死よ万死)」


 穴は新品でも心はガバガバユルユルの阿婆擦れが何か言ってやがる。


「え、えーっと……その、私に話があると言ってましたが……何でしょうか?」

「ああ……栞って、姉妹とか……もしくは従姉妹とかこの学校に居る?」


 瞬間、百合百合しいオーラを醸し出していた栞の顔が蒼白になる。

 両親が既に亡くなっており、自分が醍醐の家を切り盛りしていることは話していた。

 しかし、姉が居たと言うことは話していない。

 アイリーンに少しだけ漏らしたが彼女の性格上、紫苑に伝えるとも思えない。

 なのにどうして急に?

 断罪の白刃を突き付けられたような冷たさが栞の首筋を伝う。

 憧れている紫苑にだけは知られたくない――己の罪を。

 が、


「(ははぁん……この女、やっぱ脛に傷持ちかよ。ふへへ、苛めてやろうwww)」


 当然このビッチは見抜いていた。

 元々、何処か後ろ暗い背景があるとは睨んでいたのだ。

 会話の節々、自分を見る視線に混じる複雑な感情などから。

 それが確信に至ったことで下衆の極みシッオの下卑た嗜虐心が音を立てて廻り始める。


「……何故、急にそのようなことを?」

「幻術をかけた時にちょっと、ね」

「(もしや……)」


 頭の中を覗かれたのか? と一瞬考えるも、紫苑はそんなことはしないと思い直す。

 と言うかそもそもそんなことが出来るのかも不明だし。

 いや、常軌を逸した幻術を使う紫苑ならばそんなことが出来ても不思議ではないのだが。


「複数の人間に幻術をかける時、先ず私は目には見えない"場"を造り出すの」


 紫苑は目には見えないし、感じることも出来ない力を流れ出させ檻を形成しそこに複数の人間を囚える。

 囚われてしまえば最低でも可能性世界において神魔と合一した最強の一角に居るレベルの者達でもなければ脱出は不可能。


「場を造り出すと……上手く表現出来ないのだけど、場の中に居る人間が分かるのよ。

気質、と言うべきか或いは魂の波長? そんなもので自然と個人を把握出来るの。

血縁関係にある人間ならその波長も多少は似通ってるんだけど……。

今回幻術をかけた時に私も初めて見るくらいそっくりな波長を見つけたの、栞と瓜二つ」


 だから血縁にある人間が居るのだと紫苑は判断した。

 そして、栞と似通っている以上大人ではない。間違いなく十代の女子だ。

 であればそれに該当するのは姉妹か従姉妹ぐらいのものだろう。

 叔母と言う可能性も――まあ無理をすれば無くはないが、その場合栞の父、または母はどれだけ歳の離れた妹が居ることになるのか。


「今までそんな話は聞いてなかったけど、もし居るのなら話しておこうと思って」


 身内が同じ学校に居れば世間話の中で話題に上がることもあるだろう。

 特に栞は両親が死んだことも話していたのだ。

 だったら姉妹や従姉妹の話も話題に上がっていても不思議ではない。

 しかしそれがなかったと言うことは何か訳アリと考えてしまうのが普通だろう。

 ゆえに二人きり――気遣いの出来る女アピールである。


「……」


 一方の栞は混乱の真っ只中に居た。

 魂の波長と言うものはよく分からないが、紫苑の言うことだから間違いはないのだろう。

 自分よりも遥か高次に居て、隔絶した力を持ち信に値する心根の持ち主である彼女が嘘を吐くことはない。


「(私にそっくりと言うのならばそれは……)」


 姉、醍醐紗織でしかあり得ない。

 しかし紗織は死んだ。自分が殺したのだ。

 居るはずがない、過ぎ去った時間の中で永遠に眠り続ける存在なのだから。

 それがこの学校に居る? 自分達の戦いを見ていた? あり得ない、あり得てはならない。

 過去より這い出た断罪者であり、咎人でもある紗織の存在が栞の心を苛む。


「(フォォオオオオオオウ! キタキタキタ、たまらんよその表情! 折角換えたパンストが濡れちゃうかも!!)」


 品性下劣――目を覆いたくなるような惨状だ。


「……ごめんなさい、話さない方が良かったわね」


 勿論そんなことは微塵も思っちゃいない。


「……いえ」


 か細い声でそう言ったっきり、栞は俯いてしまう。


「(何だ何だ? ひょっとして身内でも殺っちゃった?)」


 その通りなんだけどそんな軽いノリで言うな。


「(こりゃ直ぐ聞き出すのは難しい……かな? 後、二分四十五秒待って何も話さなきゃ帰ろう)」


 二分四十五秒と言う時間は一体何処から来たのか。

 恐らくは待ち過ぎていては離脱するタイミングを逸するとか、栞が話す可能性があるとしたらその間と言うことなのだろうが……。

 こう言う紫苑にしか判断出来ない独自の基準があるから恐ろしい。

 他人と会話する時、この女はどれだけの判断基準をその個人に対して持っているのか。


 接する人間の数だけ判断基準を持っていて、だからと言って集団を動かせないわけでもない。

 集団を踊らせる術は熟知している、そう先ほどの幻術オンパレードからの悲しいカコバナ(笑)が正にそれだ。

 集団の中の全員の心を掴む必要は無い。半数から七割いけば上等。

 その掴んだ人間が発する同調圧力によって残りも捕縛するのだ。


 性質の悪いことに、その同調圧力をかけられている側はそれを自覚出来ない。

 自覚出来ぬまま、胸に抱いた感情が自らの裡から出て来たものだと錯覚する。

 扇動者の資質で言うのならば春風紫苑と言う人間は鬼才だ。

 何せ聖書の蛇と寄り添った世界では人類総てを踊らせたのだから。


「(よし、二分四十四秒――――)」


 さあ帰ろうとした矢先だった。


「……紫苑さん、少しだけ昔の話に付き合っていただけますか?」

「(はぁ!? 何滑り込みで話そうとしてんだよ! 私の頭の中はお昼御飯で決まってるのに!!)……ええ」


 知ったこっちゃねえ。

 そも、自分で定めた時間なのに何を理不尽に逆ギレしているのか。


「醍醐の家を、私が切り盛りしていることは話しましたよね?」

「ええ。事故で御両親が早くに亡くなって、家を護るために家令の倉橋さんが支えてくれて頑張ったのよね?」

「はい。ですが、私、嘘を吐きました。ごめんなさい」


 大丈夫、常時を嘘を吐いてる阿婆擦れが君の直ぐ傍に居る。


「両親は事故で死んだのではありません――――私が殺しました」


 温かい陽気、春そのものと言っても良い。

 しかし栞は極寒の中に放り出されたように震えながら自分の身体を掻き抱いている。


「……私を、軽蔑しないんですか?」


 恐る恐る隣を見れば、紫苑は瞳を閉じてただ静かに自分の言葉を待っている。

 何を想っているのか、栞は不安で不安でしょうがなかった。


「人殺しは罪。それでも、ねえ……人を殺して何とも思わない人間がそんな顔をする? 理由がったあったのでしょう?

(逮捕されろ逮捕。犯罪者じゃねーかよ、こんなんと組んでんのかよ、私の経歴に汚点がついたらどうすんだ)」


 経歴はクリアでも中身が糞塗れの阿婆擦れなのだからどうもこうもない。

 汚物に汚物をプラスしたところで汚物である事実は揺らがないのだから。


「理由があれば殺しても良いのかってなるけど、それでも私は別に法の番人でも何でもない。

ただの一学生で、ただの私人、ただの――――栞の友達。だから、軽蔑なんてしない。

ねえ、聞かせて? どうして、そんな辛い道を選んだのか。あなたの言葉で、ゆっくりで良いから。

(うーむ、私の聖母ムーブをこんなとこで安売りしてしまって良いのだろうか?)」


 バビロンのグレートビッチの間違いだろう。

 だが、


「ッッ~~~!!!!」


 栞はもう耐えられなかった。

 グレートビッチの胸に飛び込み顔を埋めて言葉にならない呻き声をあげる。

 嬉しくて嬉しくて、自分があまりにも醜くて醜くて。

 その胸中を渦巻く複雑な感情を何と表現すれば良いのか。


「(私のバスト様に顔埋めるとか最低でも一秒一万は貰わなきゃ割りに合わんぞ)」


 うるせえ、その肉袋抉り取るぞ。

 ってな具合の内心とは裏腹に、慈母の眼差しで栞を見つめながら優しく頭を撫でる紫苑。

 何処からどう見ても偉大な母性の発露にしか見えないのだから納得がいかない。


「どう、落ち着いた?」

「……はい。でも、もう少しこのまま、このまま話をしても良いですか?」


 紫苑の背中に回された栞の両手は震えていた。

 メンヘラ覚醒を果たしてしまえば鬼メンタルなのだが如何せんこの覚醒前は限界ギリギリなのだ。

 過去の罪に蓋をして、それでも忘れきれずに苛まれながら徐々に徐々に破綻へと向かっていく精神状態。

 今の栞は両親と姉を殺めてしまった昔日の栞に回帰していた。


「ええ、こんな胸で良ければ幾らでも(私って寛大過ぎるわぁ……だってこれで金取らないんだよ?)」


 その肉袋に如何程の価値があるのか。人って見た目じゃないよ、中身だよ。

 幸か不幸かその中身を知ることの出来ない栞は涙声で感謝を告げ、悲劇の始まりを語り始める。


「私が当主となる以前の醍醐の家は放置しておけば理不尽に誰かの命が塵屑のように哂い捨てられる。

そんな言葉にするのも忌々しい人倫にもとるような稼業をやっていました。

幼い私は何も知らずに日々を過ごしていたのですが……ある時、偶然それを知ってしまった。

子供だった私には耐えられない目を覆いたくなるような非道。それを愛する両親が行っていた。

信じたくなかった、嘘だと思いたかった、けれども現実は何時だって非情なもの」


 世界は美しいと信じて疑わず、正しさを体現しようとしていた幼子の嘆願は聞き入れられず。

 このまま両親を放って置けば薄皮剥いだ先にある澱んだ世界で理不尽に誰かが死ぬ。

 そんな状況にまで追い詰められた幼子が狂乱しても不思議ではあるまい。


「私は半狂乱で両親を殺害し、直後にやって来た姉様――醍醐紗織をもこの手で殺めました。

両親を殺めた私を糾弾する姉様、弁解は口にしましたが……それすら、自分すら騙せないもの。

両親への愛を捨ててしまえば良いのでしょうけど、今を以ってしても憎みきれずに居る。

そんなザマで姉様を説き伏せることも出来ようはずもありません。

もし、逆の立場だったのならば私が泣きながら姉様に襲い掛かったでしょう」


 総てが終わり総てが始まる並行世界に比べて随分と素直な栞。しかしそれも当然だ。

 あちらでは親代わりだった家令を殺され無辜の見合い相手も殺された挙句に栞の光となりつつあった紫苑を攫われたのだから。

 あちらでは箍が外れたがこちらでは外れなかった。

 その差異があるため、栞は紗織に対して憎悪を抱いていないのだ。

 それゆえ、素直に自分の咎を認めることが出来ている。


「紫苑さんが見つけた私に似た何かを持つ身内と言うのならば姉様以外には思い浮かびません。

自分で言うのも何ですが、私達姉妹は瓜二つでしたから。

太陽が好きか月が好きか、白梅の香りが好きか紅梅の香りが好きか、些細な趣向の違いはありましたがそれぐらいです。

容姿、声、糸を操るのも同じ。私は姉に教えてもらい、姉と共に磨いた糸繰りで姉を行動不能に追い込み炎の中に置き去りにした……!」


 その時から、今に至る醍醐栞が始まったのだ。

 昔日の後悔が癒えぬまま時を重ねてしまった。

 膿んだ傷口から流れ出す濁った血が更なる痛みと罪悪感を掻き立てる。


「だから、姉様は生きているはずはないんです……でも、紫苑さんの言葉を嘘だとも思えないし……わ、わたし……わたし……」


 言葉にならずに舌先で解れてゆく感情。

 紫苑は演出のため片手で栞の顔をぐっと強く強く抱き寄せ彼女の肩に自分の顔を乗せ、


「――――辛かったね」


 心にもない言葉をほざいた。


「……そんなことありません。世の中には私よりも――――」


 辛い人が居る、顔を上げてそう言おうとした栞だが二の句が告げなくなった。

 視界に入った紫苑の瞳があまりにも哀しみを滲ませていたから。


「それは違うわ栞」

「ちが……う……?」

「辛いと感じる気持ちにね、万人共通の物差しなんて無いの。

当人が直面したそれこそが総てで、それはどう足掻いても完全に共有することは出来ない。

だから、あなたは辛かったって言って良いの。言わなきゃ……駄目よ。

じゃなきゃ、何時まで経っても苦しいままだから。私は私の大事な友達が苦しんでいる顔なんて一秒たりとも見ていないたくないわ」


 永遠に続いたって飽きが来ない生粋の屑が何か言ってるぞ。


「ッッ……!」

「私には辛いってことは分かっても、それがどれほどの痛みなのかは想像もつかない。

知った風な口は聞けない。それでも、それでも……そんな顔をしているあなたが辛くないわけがないの。

認めなきゃ、辛いんだって、どうして自分はこんな目に遭うんだって……栞には叫ぶ権利があるの」


 痛みに泣き叫ぶことは大事な儀式だ。

 痛いものを痛い、苦しいものを苦しい、辛いものを辛い。

 そう認めることで初めて人はようやくそのマイナスに対して向き合えるのだと諭す紫苑。


「私は父様を、母様を……ね、姉様を……そんな私に……!!」


 悔やむことが出来るだけ栞は実に真人間だ。

 そんな当然の機能すら搭載されていない何処かの阿婆擦れとは大違いである。


「なら――――私が赦すわ(罰せられたいんだよな? そんな人間に、優しさは劇毒だよなぁ……ゲヘヘヘ)」


 罪を悔いる者にとって罰は救いでもある。

 それを分かっているからこそ決して紫苑は栞を咎めない――腸から滲む腐臭が酷過ぎる。


「さっきも言ったけど私は法の番人ではないし、正義の味方でも無い。

不相応な力を持ってるけどただの(三千大千世界一美しい)女の子。だから、友達を優先させてもらう。

栞のやったことは正しくもあり間違いでもある答えを出せない類のもの。

それを正確に判断出来る誰にも共通の物差しはこの世の何処にも無くて、それならば私は私の物差しを使う。

私の物差し――心が言ってるのよ。もう十二分に苦しんだ大事な大事な友達が自分を赦せないのなら私が赦してやれって。

何の慰めにもならないかもしれない。それでも、私は叫び続ける、私は栞の味方だって」


 優しさで偽装した悪意。

 向けられた相手が悪意を感じ取るのでは二流、三流。

 真の一流は悪意なんて考えがチラりとも相手の頭をよぎることなく騙してのける。


「でも……でも……」

「ねえ栞、私ね、今ひとつだけ悪いことをしたわ」

「え……」


 え……存在すること自体が害悪なのにひとつだけ?


「町内一帯に幻術を仕掛けたの。誰にも私達の存在が認識出来ないように、ね」

「あ……」


 これは頭の悪い相手では即座に気付くことは出来なかっただろう。

 紫苑は相手の知能レベルに合わせて言葉をチョイスする。

 そして、栞は頭の良い人間だから直ぐに気付いた。


「――――女の子の涙は安くないもの」


 もう、限界だった。


「~~~――――!!!!」


 涙腺が決壊し、止め処なく溢れ出す涙と嘆き。

 そんな栞を慈母の如き瞳で見つめる紫苑は……。


「(フヘヘヘ……私の読みが当たってりゃ、まだまだ楽しめるドン!!)」


 君は知るだろう。目先の快楽に飛び付いたところで果てに待つのは絶望だけであると。

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