外伝:とんでも腐れビッチ紫苑ちゃん Ⅲ
アテナと二大糞女頂上決戦をやらかし勝利した翌日。
とんでも腐れビッチ紫苑ちゃんは両腕に包帯を巻いて通学路を歩いていた。
フェイクの傷だが、哀悼演出のために傷を残すと言った手前、しばらくはこれをしておかねばならないのだ。
「(にしても、昨日の腐れ女……何だったのかしら? 高飛車で感じ悪い、糞女のモンスターとか初めてだわ。と言うか喋ってたし)」
高飛車で感じ悪い糞女と言う表現は総て自分に返って来ることに気付くべきだ。
表面上の聖女ムーブとは裏腹に中身は汚物なのだから。
と言うのはさておき、一応紫苑も学校側に不可思議なダンジョンとモンスターについては隠さず報告をした。
しかし返って来たのは時が来れば説明するから、今は秘密にしておけと言う指示のみ。
まあそれでも紫苑は特に気にしていなかったが。
「(ま、何であろうと私の前に平伏すのみだし別に良いか)」
傲慢であるがゆえに、差し迫った危機、あるいは好機でも無ければ常に驕っているのがこの女だ。
それに相応しい実力があるのだからまたムカつく。
「あら紫苑ちゃん、おはよう」
「あ、大家さん。お買い物ですか?」
途上でバッタリと、コンビニの袋を持ってアパートに向かう大家と出くわす。
「ええ、ちょっと共用廊下の電灯が切れてたみたいだから」
「あ、それなら私が帰ってから変えますよ。大家さん、管理人室に居ますよね?」
「ふふふ、ありがとねえ。でも大丈夫よ、私だってまだまだ若いんだから」
優しい少女の心遣いに頬を緩める老婆だが、直ぐに手の包帯に気付き不安げな表情に変わる。
「怪我たの? 大丈夫?」
「はは、大丈夫ですよ。ちょっと見苦しいことになってるから包帯巻いてるだけですので」
「……女の子なんだから身体は大事にしないと駄目よ?」
「はい、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げて大家と別れ、再び学校を目指して歩き始める。
純白と言う概念と形容がこれでもかと言うほどにピタリと嵌る美しい御髪。顔の作り。スタイル。
美人が持ち合わせる要素を総て兼ね備えた紫苑は歩いているだけでも人目を引く。
すれ違った小学生の少年などは顔を赤らめてぽけーっと見つめてしまうほどだ。
そしてそれがまたこのビッチの自尊心を大いに満たしてくれるのだ。
「(うん、今日も良いことありそうだ。いやむしろ、三千世界に轟く至高の美少女に幸運が訪れない方がおかしい)」
世界すら間違っているなどと目を開けたまま寝言をほざいていると校門の前で黒田に出くわす。
どうやら紫苑を待っていたらしく、彼女の姿を見つけるとパタパタと走り寄って来た。
大概の世界で色んな意味で再起不能になっている薄幸少女だが、この世界では大丈夫だったらしい。
「おはようございます、春風さん」
「おはよ、黒田さん。大丈夫?」
「はい、お陰様で。改めて御礼が言いたくて待ってたんです」
「ふふ、お礼なんて良いわよ。それより、クラスは決まった?」
紫苑自身は問答無用でAクラス入りだが、黒田の場合はどうなのか。
そもそもクラスを振り分ける際の試験でああなってしまったのだから再度試験を行うのか。
そこら辺が気になったので話題に上げてみると、
「一応、Aクラスって言われましたけど辞退しました」
紫苑が来るまで生き延びた実績、冷静な判断力を買われての抜擢だったが黒田はそれを蹴った。
真の一流を見たことと、恐怖が未だ完全に拭いきれていないからだ。
「ん、そっか」
それに気付いた紫苑もまた、深く踏み込まず心の中で哂うにとどめた。
表面上は優しい人間を装っているのでここで傷を暴くわけにはいかないのだ。
ゆえに、
「来年は一緒になれると良いわね」
「はい!」
談笑しつつ、校舎に入り教室の前で黒田と別れてAクラスへ。
入った瞬間にざわめきが巻き起こったが、これも紫苑を喜ばせる餌でしかない。
皆さん、腐れビッチに餌を与えないでください。
さて、そんな注意事項はさておき。ざわめきには当然、理由がある。
単純に大物だと言うこともあるが、昨日のクラス分け後のHRに紫苑が出席していなかったからだ。
転移事故を起こした生徒の救出に向かったと言う噂は誰もが知っている。
しかし、かなり時間がかかっていたことは予想に難くない。
あの春風紫苑が苦戦する敵とは一体? 聞きたいが聞いても良いのか? それゆえのざわめきである。
「(ん? ほほう)」
そんな中で、くだらぬ話題とは関係なく純粋に挨拶をして先ずは距離を縮めようと思っているである男子生徒を発見。
話しかけたい、いやしかし、どうにも照れくさいなどと言う心の動きを紫苑に完全に看破されている男子生徒――そう、ルドルフだ。
「(月と砂粒ほどの差もある私様に惚れようなど不敬だけど、利用価値があるから寛大な心で赦してあげる。
どれどれ、ちぃとばかし馬鹿な男心を擽ってやるかねえ。やれやれ、男ってホント馬鹿だわ)」
爽やかな朝に反吐が出そうな思考を垂れ流すTHE・ビッチさん。
ビッチは笑顔で挨拶をしてやろうと思ったのだが、
「おはようございます、春風さん」
それに先んじて挨拶をされてしまう。挨拶をしたのは紫苑に負けず劣らずの美少女。
メンヘラ確変を起こしていない大和撫子、醍醐栞である。
栞は昨日の新入生代表の挨拶で、紫苑に期せずして痛いところを突かれ縁を持ちたいと思っていたのだ。
そうすれば、この胸の中にある闇も少しは薄れて成長出来るかもしれないと考え勇気を出して近付いたのだが……。
「おはよう、醍醐さん……よね?
(ビィッチ! 貴様、私の邪魔をするんじゃあない! 金持ちの御嬢様ってのは空気が読めないからヤァざます!)」
とは言え無碍にも出来ない、そう言うキャラだから。
紫苑が笑顔で挨拶を返すと栞もまた笑顔で、改めて自身の名を名乗る。
「はい、私は醍醐栞です。昨日はHRに出ていなかったようですし、席も知りませんよね? 案内します」
「ふふ、ありがとう」
タイプの違う美少女同士の語らいに男子生徒達のテンションが急上昇する。
メンヘラ覚醒していない栞は素直に美少女だが、紫苑の方はあれだ。中身汚物だから。
知らぬことの幸せを噛み締めれば良い。
「あの、その……」
席まで案内したところで、離れて行くかと思いきやそうはならず。
恥ずかしそうに頬を赤らめながらもじもじし始めた栞。
「(ハッキリ言え、いや言うな。と言うかさっさと去れ、悪霊退散!)どうしたの?」
どっちが悪霊かと言えば紫苑である、いや、悪霊と言うかむしろ悪魔だ。
「その……わ、私とお友達になってくれますか?」
栞にとっては勇気ある決断だった。
紫苑は栞が理想とする正しい人間で、だからこそ眩くて近付くことすら躊躇われてしまう。
幻想回帰を終わらせた世界の紫苑は雑魚であり、栞も気負いなく話しかけられたのだが此方はスタート地点から違う。
だもんで御嬢様栞としてはどうにもこうにも上手く出来ない。
「(嫌だ、死ね)ええ、喜んで。ふふ、この学校で二番目のお友達だわ。醍醐さん、私のことは紫苑って呼んでちょうだい」
腹の中で死ねと詰りながらも完璧に対応してのける紫苑。
一片の曇りも無い笑顔と共に手を差し出された栞は、一瞬怖じるも直ぐに泣きそうな笑顔でその手を取った。
過去と向き合うことはまだ難しいけれど、それでもこの人と一緒なら変わっていけるかもしれないと。
「はい、紫苑さん。私のことも名前で呼んでください」
「なら、栞って呼ばせてもらうわ。栞、改めてよろしくね?」
その後もチャイムが鳴るまで何か百合ん百合んな空気を醸すことになった。
「さて、待たせたな。それでは出席を取るぞ」
担任のモジョは出席を取り、諸々の業務連絡をした後、そのまま一時限目の授業を始める。
一時限目の授業は、授業と言うよりオリエンテーションだ。
これから一年やっていくパーティの発表、並びにパーティ内での話し合いがこの一時間の目的である。
「春風、醍醐、ハーン――以上三名」
次々と名が読み上げられ、紫苑の名も呼ばれるのだが少々勝手が違っていた。
五人体制が基本なのに三人だし、そもそも実力が隔たり過ぎていると言うのに紫苑をパーティに組み込むなど普通ではない。
大概の世界において覚醒した紫苑はソロだったと言うのに、こんなこともあるらしい。
「(チッ……足手まといが二人も居るとかマジ私様不憫)」
表面上はにこやかに席をくっつけ栞、アイリーンの二人と固まる紫苑。
「ハーンさん、紫苑さんは昨日居ませんでしたし改めて自己紹介をしてはどうでしょうか?」
「うん。アイリーン・ハーン、よろしく」
「ああ」
「凄い」
「(コイツコミュ障か……)」
アイリーンとしても遥か高みに居る紫苑に敬意を抱いているので空気は和やかだ。
まあ空気は和やかでもアイリーンはやっぱりコミュ障なのだが。
「えっと……ハーンさん?」
栞が戸惑いを隠し切れない表情でアイリーンを呼ぶ。
「アイリーン。紫苑も」
アイリーンで良い、紫苑も栞と同じくアイリーン呼びで構わないと言いたいのだろうが言葉が足りなさ過ぎる。
美人三人が集まっていると言うのにどうにも間が抜けた感じだ。
「ではアイリーンさんと。それで、何が凄いんですか?」
「紫苑」
「え、えーっと……紫苑さんの何がどう凄いんでしょうか?」
「力も、心も。手合わせ」
力も心も凄いと思う、これから暇な時とかは手合わせなどもしてくれると嬉しい。
意訳するとこんな感じである――何つー面倒臭い女だ。
「じゃあ、暇な時にでも付き合うわ。それで良い?」
「嬉しい」
「……個性的な方ですね、アイリーンさんって」
と言うか単なるコミュ障である。
男紫苑でメンヘラ突入、尚且つ恋敵状態ならば遠慮もなくなるのだが現状では栞も言葉を選ぶ配慮ぐらいはあるようだ。
「とりあえず、全員の適正を確認しましょ」
「前衛、得物は槍」
「となると近距離、投擲を含めるなら限定的な中距離になるのかしら?」
「私は糸を使います。アイリーンさんと同じく近距離と中距離ですね。ただ、応用の幅はあります」
糸を編んで近距離武器に、そのまま伸ばして鞭のようにも振るえるし、他にも様々な用途に使える。
そう言う意味で糸と言うのは実用段階にまで持っていくのは難しいが持っていけば中々に便利だ。
「私は得物は槍だけど、槍術なんかは修めていないし魔法の発動媒介に使うつもり。
オールラウンダーと言う認識で構わないわ。回復や攻撃魔法も使えるし身体能力も前衛としてやっていける程度にはあるから。
(さあ、さあさあさあ! 格の違いに恐れ慄き敬え、崇めろ、奉れ! 朕が神である!!)」
輪をかけてチートなのはこの糞女だ。
前衛は高い身体能力の代わりに魔力が少ないので魔法は武器召喚ぐらいにしか使えない。
後衛は身体能力こそ低いが代わりに魔力が多く適正にあった魔法を使える。
しかし、突き抜けてしまっている紫苑には関係の無い話だ。
前衛後衛なんて括りが意味を成さぬ、真の意味での万能。
槍術などは修めていないと性格の良さを示すために謙遜しているが、実際にアイリーンと戦えばどうなるか。
チート幻術を使わずとも素の身体能力で技術を蹂躙出来てしまう。
全方位に隙が無く悉くが魔人の領域。更に言うならば一点特化タイプでもあるのだから性質が悪い。
紫苑が使う回復や攻撃魔法はあくまで世界改変による幻術の結果でしかなく、大本は幻術。
その幻術が一点特化し過ぎているがゆえに副次効果として万能性を手に入れているのだ。
それだけでもお腹いっぱいだがシオンの例を見れば分かるように伸び代だってある。
現段階では不可能だが、将来的に時間に干渉したりブラックホールまで作れてしまう――何だこのナマモノは。
「……知ってはいましたが、改めて出鱈目ですね」
「でも困る」
「ええ、アイリーンの危惧は分かるわ。私が出張り過ぎたら二人の邪魔をしてしまうし……役割的にも支援に徹するわ」
回復、強化、実際の行動の際にはそこらを担うのが妥当だろう。
「ありがたいです。ついては、後衛で私達を見渡す紫苑さんにリーダーをお任せしても?」
「え……いや、どうなのかしら?」
「賛成」
「でも、栞ちゃんの方が人を動かした経験もあるだろうし……」
「ならばそれを学ぶ意味でも是非に。私達だけが学ぶのも不公平ですし」
「……分かった。その任、全力で果たさせてもらうわ(ま、当然ね。下賎の輩に使われるなんてあり得ないし)」
パーティとしてやっておくべき話し合いはすんなりと終わった。
要となる存在が初めから決まっていたおかげだろう。だがまだまだ時間は残っている。
残りの時間はお互いの仲を深めるために使おうと言うことになり他愛のない雑談が始まる。
「え、じゃあアイリーンって私と同じ中学だったんだ」
「うん」
クラスが一緒になったことはないが、当時から既に有名人だった紫苑をアイリーンは一方的に知っていた。
男紫苑の場合は図書室で地味な面識もあったりするのだが、性別の差異によるものか此方では面識が完全に無い。
入学して同じクラスになったのが初めての邂逅である。
「アイリーンは綺麗だし目立つと思うんだけどなぁ……」
女三人寄ればの言葉通り、話題は尽きず次から次へと出て来るし移り変わりも早い。
お茶とお菓子と時間制限が無ければ何時までも話をしているだろう。
「成長期だと分かってはいるんですけど、やっぱり……ねえ?
下着なんかはやっぱり他人に買ってもらうのは抵抗がありますしちょっと辛いですね」
「分かる分かる。身長が伸びるとかならまだ良いけど胸は……ねえ?
これがTシャツとかなら最初からワンサイズ大きいのを買っておけるけど、ブラはフィットしなきゃ意味ないし」
この場に居る三人は全員が全員、スタイル抜群である。
胸も君ら十五、六歳? とツッコミたくなるほどに豊満なのでそう言う話題も盛り上がるのだ。
「それと数もですね。合わなくなったら他のも合わないわけですし」
「成長期が何時終わるかも分からないから、ホント困るわよね。アイリーンはどう?」
「問題ない、スポーツブラ一択」
「え……いやでも、女の子なんですしそこらも凝りましょうよ」
「そうよ。元が良いんだし(ま、私以下だけどな)」
「あ、それなら今度皆で一緒に買いに行きません?」
「良いわね。アイリーンのも選んであげる」
「ん、分かった」
アイリーンとしても友人とショッピングに行くのは嬉しいらしく微かに笑みを浮かべている。
「(にしても……至高の美少女私様と、私様の足許にも及ばないけど一応は綺麗どころのコイツらが同じパーティ)」
まるでアイドルグループ、宣伝やら何やらに使えそうだと紫苑は嘆息する。
実際、何らかの意図が見えるし今予想した考えは当たっているのかもしれない。
しかしそうなると誰が何の意図で? と言う疑問も出て来る。
「(ま、コイツらならともかく私を利用しようとしてる奴が居るなら報いは与えなきゃね)」
兎にも角にもこうしてK(屑)XILE、もしくはG(下衆)-girls、或いは三代目B Soul Sistersが始動する運びとなった。
主にリーダーのせいで屑やら下衆やらビッチなどの形容がついてしまうのは残念でも何でもなく当然のことである。