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外伝:とんでも腐れビッチ紫苑ちゃん

 ルドルフ・フォン・ジンネマンはこれから新しい生活が始まることに対して不安などは微塵も抱いていなかった。

 これから始まる冒険者学校での日常を思い描くだけで胸が躍る。

 仲間と共に切磋琢磨し、己を更に磨くことが出来るのだからわくわくしないわけがない。

 テンションが上がりまくっていたルドルフは入学式の最中であることも忘れてしまうほど。


「(ん……?)」


 ふと、これから学友になるであろう者達の顔を眺めていると一際目を引く少女を見つける。

 見れば他の男子生徒も自分と同じ少女を見ているではないか。


「(綺麗、だな……)


 肩で切り揃えられた少しシャギーのかかった純白の御髪。

 何処か憂いを秘めたヘーゼルの瞳は見ているだけで吸い込まれてしまいそう。

 身長も女性にしては高く百七十五センチメートルはあるだろう。

 起伏のハッキリとしたスタイルと相まって同年代とは思えないくらいだ。

 黒いストッキングに包まれた細くて長い足がやけに色っぽい。


「(同級生……なのか?)」


 女性らしさを失わない程度に全体的に引き締められた肢体と切れ味鋭い美貌。

 どうにもこうにも、自身と同じ十五歳には思えない。


「あ、お前も見てたのか」

「ん?」


 ひそひそと話しかけて来る誰か、当然面識は無い。


「俺は花形元。お前も春風を見てたんだろう?」

「はる、かぜ……?」

「アイツだよ、あのえらい別嬪さん。春風紫苑、名前ぐらいは聞いたことあるだろ?」

「彼女が、そうか……」


 その名前は聞いたことがある。冒険者と言う職業が始まって以来の鬼才。

 現段階でも世界最強を謳われるギルドの長、アレクサンダー・クセキナスとも張ると噂の日本人。

 本人の気質ゆえか、メディアなどへの露出は少なくルドルフも顔を見るのは初めてだった。

 あらゆる面で日本人離れしているが、そうか、彼女が春風紫苑か。ルドルフは何度も頷く。


「あんだけ美人で滅茶苦茶才に溢れてるって天は何物あの子に与えたんだよって話」

「……そうかな?」


 花形――後のハゲの物言いでは紫苑が恵まれているように聞こえる。

 が、ルドルフにはそうは思えなかった。それはひとえにあの瞳。

 どうにもこうにも、憂いを帯びたあの瞳が気になる。

 それに全体的に何処か影があるようにも見える、とても恵まれた人間の纏う空気ではない。


「え?」

「誰にとて、抱えている闇はあると言うことだ。それが何かは分からんが……卿にも何かあるのではないか?」


 ルドルフにとっては初めての経験だった。

 特定の異性が気になって気になってしょうがない。郷里に居た許婚にもそんな感情を抱くことはなかったのに。

 紫苑と言う少女は確かに己よりも数十倍、数百倍は強いのだろう。

 が、それに対抗意識を燃やすよりも先にその影を祓ってやりたいと思ってしまうのだ。

 それが如何なる理由かが分からず、どうにもモヤモヤしてしまうルドルフ。

 先ほどまでの新生活に対するワクワクは既に消え去っていた。


「(いかんいかん。どうにも私らしくな――――)」


 瞬間、視線が交わった。へーゼルの瞳に射抜かれて言葉を失ってしまう。

 そして、錯覚でも何でもなく、紫苑は自分に微笑んだ。

 それはやっぱり何処か影のある微笑みだったが一瞬、ルドルフは呼吸をするのも忘れてしまった。


「(……ああ、成るほど。どうして彼女が気になるのか、分かった気がする)」


 思い至ってしまえば極シンプルな理由だ。


「(――――心の底から笑った顔が見たいのだ)」


 影のある笑顔も綺麗だ、だけど女性はそうじゃないだろう。

 心の底から総ての闇が祓われ、ただただ嬉しくて笑う方が良いに決まっている。

 ルドルフは紫苑の笑顔が見たい。だって、とても綺麗なはずだから。


「おい、どうした?」

「ん……いや、何でもない」


 紫苑の実力ならばAクラス以外はあり得ないだろう。

 少しでも近付きたいのならば彼女と同じクラスに入り、彼女と同じパーティになること。

 入学式が終わった後に始まる振り分け試験に向けてルドルフは静かに闘志を燃やしていた。


「……ははぁん」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるハゲ(未来形)。


「何だその顔は」


 む、っとなって若干声にもトゲが生まれる。


「いや、お前さ――――春風紫苑に惚れたんだろ」

「な……!」

「いやいや、しゃーねーよ。あんだけ美人なんだもん。けど、高嶺の花過ぎるだろうアレ」


 見た目だけでも顔面偏差値が高レベルな男にとっては高嶺の花。

 その上、才に恵まれ過ぎているのだ、紫苑と言う女は。

 世界最強とタメを張る女なんてハードルが高過ぎる。奇跡が起こって付き合っても劣等感に苛まれる可能性大だ。

 心が強くなければ腐ってしまうこと間違いなし。

 そんな女に近付こうと思えばかなりの覚悟が要る。その時点で大抵の男は膝を折るだろう。

 あくまで遠巻きに眺めているだけのアイドルのような存在以上の認識を抱けない。


「わ、私が惚れているとかそう言うのはともかくとしてだ……」


 直に指摘されたことで思わず頬を染めてしまうルドルフ――これ何て乙女ゲー?


「高嶺の花と卿は言ったな」

「? ああ。実際そうじゃん」

「そうしているのは周りの人間だろう。花の気持ちはどうなんだろうな」


 誰も至れない岸壁に美しく咲き誇る孤高の花。

 が、その花が寂しい想いをしていると、誰かに近付いて来て欲しいと想っているかもしれないとどうして気付けない。


「私も卿も、彼女も人間だ」


 孤独を好んでいると謳う人間は確かに居る。

 が、それらの人種にしたってやっぱり何処かで他者を求めているものだ。

 結局のところ、人間と言うのはひとりでは生きていけないから。

 陳腐な言葉だが、それは真理でもある。


「手折ってくれるのを待っているのではないか?」


 自分から近付くことは出来ないと、きっと理解しているのだろう。

 絶大な力も春風紫苑にとっては呪いなのかもしれない。

 それがある限り、誰に好意を抱こうとも壁が生まれてしまう。そしてその壁を壊せるのは紫苑ではない。

 彼女に好意を抱かれた誰かなのだ、きっと。そしてそんな人間はこの世にそう多くは無い。


「(諦観、か)」


 総てがそこに帰結しているとは思わないが影の一端は自身の力に対する悲観だろうとルドルフは確信した。

 友人でも恋人でも関係性は何でも良い。

 自分が誰かに好意を持って歩み寄ろうとも、相手側が壁を超えてくれねば絆は結べない。

 それが出来る人間が殆ど居ないことを分かっているから諦めているのだ。


「(……放って置けない。私は、あの女を放って置けない)」


 そして、その感情をこそ恋だとか愛と呼ぶのかもしれない。

 ルドルフの胸に染み渡る熱は炎と言うほど猛々しくはないがその熱量は身を焦がすほどだ。

 この感情の理由はともかくとして、紫苑が抱える闇を祓おう、どれだけ時間をかけても。

 一人の男の子がそんな美しい決意を抱いている時、


「(――――キープゲット)」


 腐れビッチ紫苑ちゃんはルドルフのハートを掴んだことを確信していた。

 そう、このクソアマは入学するにあたって才に溢れ尚且つ顔が良く家柄もしっかりしている人間をリストアップしていたのだ。


「(フッ……お前如きが私に惚れるとかマジ身の程知らずだけど赦してやるよ)」


 紫苑は男をアクセサリーか何かとしか思っていない。

 が、それはとっかえひっかえすると言う意味ではない。

 しっかり吟味して自身を飾るために使ってやっても良いと思える一つを探しているのだ。

 ビッチだと思われるのが嫌だからだ――中身はビッチ極まりないのにね。


「(あの馬鹿っぽい金髪と何人かは暫定上位ってことで特別扱いしてやるよ。

身体には絶対触れさせてやんねーけどおめでたくなれるよう上手く転がしてやるか。

他の馬鹿な男には……とりあえず勝手に熱を入れて貢ぐような感じにして様子を見るか。

クズの中でも芽が出そうなのも居るかもしれんしな。フフフ……顔が良くて金持ってる男は何人居ても困らんし)」


 このド腐れビッチが一年後には聖女と持て囃されているのだから笑えない。

 リリスとかバビロンの大淫婦って名の方がぴったりだろうに。


「(つっても悠長に時間はかけられんな。二十二ぐらいで結婚したいし……ま、結婚してもヤらせはせんが)」


 紫苑は最大まで貢献して役に立つと認めた男にすら身体を赦す気は無い。

 自身の純潔を至高と考えているからだ。なので、赦してもキス、それもディープはアウト。

 それで結婚云々とか馬鹿じゃねーの? と思うかもしれないがそこはそれ。

 このド腐れビッチのチートっぷりを舐めてはいけない。幻術を使えばどうとでもなれる。


「(そして二十五くらいで旦那を戦死させて、一途な未亡人に……ぐへへ)」


 見栄に振り切れている紫苑は森羅万象、遍く一切を自身を輝かせる道具にしか思っていない。

 ゆえに、将来的には旦那も殺すつもりである――毒婦とかそう言うレベルじゃねえ。

 チート幻術で絶対に自分が怪しまれない形で旦那を殺し涙に濡れる未亡人にジョブチェンジ。

 その後は亡夫を一途に想い続ける女として生きていくつもりだ――腐っているとしか言いようが無い。

 何だこれは、屑過ぎて笑えないレベルだ。


「(ああでも、それなりに遺産を遺させるためには二十五じゃ早いかな? でも、三十路前には……)」


 紫苑にとっては明るい未来予想だがコイツと結婚する相手にとってはデスノート並に酷い死刑宣告だ。

 相手は美人で性格も良い女と結婚出来てラッキーと思うかもしれないが中身これだもの。

 さて、とんでも腐れビッチ紫苑ちゃんが薄汚い妄想を滾らせていると……。


「新入生代表、春風紫苑!」


 挨拶の時間がやって来る。


「はい」


 静かな、それでも良く通る耳に心地の良い声が体育館に響き渡る。

 見栄に総てを注ぎ込んでいるコイツにとって返事一つで体育館を静かにさせることぐらい朝飯前だ。


「私達冒険者は普通の人達と違って生まれながらに大きな力を授かっています」


 壇上に上った紫苑はこの上なく目立っていた。

 そのことに下半身を疼かせつつキングオブビッチは順調にペラを回していく。


「それは一つ扱いを間違えれば周囲に悲しみを振り撒く危険なもの。

でも、それから逃げるわけにはいかない。

逃げて怯えていれば力を使うべき時に使えず、大事なものを喪ってしまうから。

逃げずに己の力と向き合わなければいけない――――だけど、私達はまだまだ子供です」


 ある意味でコイツほど自分の力を上手く使えてるビッチも居ないだろう。

 ありとあらゆる行動に自身の力、演技力とか演出力とかを発揮しているわけだし。


「普通の勉学は当然として、それと同じく力との向き合い方も学ばねばいけません。

そしてそのためには同輩、先輩、先生方の協力が必要不可欠。

一人で出来ることなんて限られている。一人でどれだけ学んだ気になってもそこに意味は無い。

独り善がりほど恐ろしいことはないと私は考えています。独り善がりは人を孤独にします」


 独り善がりの世界チャンピオンが何か言ってるぞオイ。


「孤独はきっと、人を殺せる毒だから……何かあった時は私も誰かを頼りにします。

そして私自身も誰かに頼りとされるような心の強い人間になりたいと思っています」


 誰かを頼りにすると言うよりも誰かを利用することしか考えてないだろう。

 とは言え、この悪女の本性を知らぬ者達からすればこの演説は感銘を受けるものだった。


「(孤独は人を殺せる毒……か。が、私には卿が誰かに頼っているようには見えんがな)」


 ルドルフは頼りにしたくても頼りに出来ないであろう境遇にある紫苑を哀れんだ。

 的外れにもほどがある。と言うか他人の心配をする前にルドルフは自分を心配した方が良い。

 キープとは言え紫苑に目をつけられているのだ。将来的に殺される可能性大である。


「(独り善がりほど恐ろしいことはない……ですか。耳が痛いですね)」


 紫苑の演説を聴いていた平行世界ではニャンニャンする関係の醍醐栞が悲しい顔をする。

 自身の独り善がりによって家族を喪ってしまったから過去を思い出してしまうのだ。

 まあ、姉の方は今も生きていて――と言うか同じ体育館の中に居てメラメラ憎悪を燃やしてるわけだが。


「(心の強い人間、か……僕もそんな風になれたら良いんだけどねえ)」


 同じくニャンニャンする関係の外道天魔も顔を顰めていた。

 未だ自身のサガにどう折り合えば良いか分からぬ身だ。

 己が弱いことは分かっていたが、それでもいざ指摘されると応えるようだ。


「先生方、先輩方、そして同輩の皆さん。多くを教えてください、多くを学ばせてください。

私は今日からの三年間で、少しでも大切なことを学べれば良いと思っています。

先ほども言いましたが、それは皆さんの協力なくしては不可能です。

私は何かを誰かに教えられるような立派な人間ではないと思っています。

それでも、何か教えられることがあるならば惜しみなく皆さんの力になりたいと思っています」


 どの世界でもそうだ。覚醒の有無、性別の差異に関係なく春風紫苑と言う人間はペラ回しが上手い。

 その綺麗な言葉で他人を泥酔させてしまえる恐ろしい力を持っている。

 何とおぞましいことか。吐き気を催す邪悪とはコイツのことである。


「以上で新入生代表の挨拶を終わらせて頂きます――――御静聴、ありがとうございました」


 頭を下げる紫苑に振りかかる万雷の拍手。

 こうして、とんでも腐れビッチ紫苑による最低最悪、汚濁に塗れた乙女ゲー(リアル)が始まった。


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