外伝:つよくてニューゲーム
少し時間が取れたので
本編ではありませんが外伝を一本投稿します
ある日のエデン、紫苑は湖に釣り糸を垂らしていた。
「……っかし、ここの生態系どうなってんだ?」
胡坐を掻いている紫苑の上にチョコンと腰掛けているカッス(ロリ)が怪訝そうに呟く。
湖の中にはちょっと意味が分からないレベルでおかしな魚が溢れていた。
「何で海水魚までいんだ? つか何あの巨大魚? どこ出身? 食べられるの?」
「…………カッスよ」
「へい、何ざんしょ?」
湖を眺めていたカッスだが紫苑に声をかけられ首を後ろに捻る。
サイズ的に見上げるような感じになってしまうのだが……爬虫類の癖に中々愛らしい。
「俺は完璧だ」
「はぁ」
唐突な根拠も何もない持参、実に何時もの紫苑である。
莫逆フレンズ(一方通行)たるカッスは最早この程度では動揺していない。
「先ず顔が良い」
「はい」
「スタイルも良い」
「はい」
「極め付けに性格も良い」
「はい」
「お前舐めてんの?」
「何で!?」
おざなりな相槌がお気に召さなかったらしい。
性格の良い人間がこの程度で憎しみを燃やしたりはしないのだが、紫苑はメラメラ憎悪を燃やしていた。
「チッ! まあ良い」
半端ない舌打ちであった。
一体どんな打ち方をすればここまで小気味良く舌を鳴らせると言うのか。
「永遠の若さ、永遠の命までをも手に入れた俺は最早神を超越したとさえ言っても過言ではないだろう」
「はぁ……いやまあ、神を超えたっつーのはそうだよな」
ありとあらゆる神を駆逐した張本人なのだから間違いではないだろう。
まあ糞みたいな動機で滅ぼされた神々からすれば堪ったものではないだろうが。
「生命の果実を食す前から”ほぼ”完璧だった俺だが生命の果実を食した事で完璧と言う言葉すら頼りない程に満ち足りてしまったと言える」
「(相変わらず前置きなげーなぁ……自分がやられたらキレる癖に)」
「殺すぞ」
「何で!? 俺様何も言ってねえけど!?」
「何か殺さなきゃいけないものを感じた」
「(たかだかあの程度の愚痴で!?)」
不老不死になったとは言え紫苑は基本的に糞雑魚ナメクジである。
ゆえにカッスを殺せはしないのだが、放たれる殺意は本物だった。
まじりっけのない純粋な殺意。
ちょっとイラついた程度でこれなのだから器の小ささがよく分かると言うものだ。
「すいませんホント反省したんで、紫苑様の素晴らしいご高説の続きを御聞かせください。じゃなきゃ死んでも死に切れません!!」
だがそこはカッス、すかさずフォローを叩き込んだ。
その結果は、
「フン……良かったな。俺がキリストや仏陀なぞ足下にも及ばぬレベルの寛大さを持っていて」
ご覧の通り。
他者の心を撫で繰って、挙句の果てには世界すらも踊らせた割りに実にチョロい。
いや、昔からチョロいのだが何億年経ってもチョロいままと言うのは呆れを通り越して拍手したくなってしまうレベルだ。
「あざぁっす!!」
「まあ何だ。俺が完璧だと言うのは客観的な事実だ」
重々しく頷く紫苑。
「だが俺と言う人間は過去例を見ない程に謙虚でもある。
だからふと思ったんだ、俺は本当に完璧なのだろうかと。
限りなく完璧に近付けども、ほんの少し……足りていないんじゃないかと。
今にして思えば、俺はもっと上を目指せたのではなかろうか?」
「はぁ……つまるところあれっすか? あのメンヘラどもを駆逐出来てたらもっとハッピーだったのになって事っすよね?」
何だ何時もの愚痴じゃねえか。
ややこしい前振りで本題を眩ませやがって畜生めと思うカッスであったが知能の高いフレンズであるカッスは御口をミッフィーに。
「なあカッス、強くてニューゲームって言葉知ってるか?」
「まあ、一応……俺様も暇だから結構ゲームとかやってんで」
「今の限りなく完璧に近い俺が記憶を保持したまま過去へ戻れば、もっと最良の結末を掴み取れると思うんだ」
しみじみと呟く紫苑。
億越えの糞ジジイの癖にまるで中学生のような妄想をする男だ。
「(…………まあ、何時までも少年の心を忘れない男の人って素敵だよな!!)」
そしてこのダメンズである。
「と言う訳でちょっと振り返ってみようと思う」
「あぁ……実際、過去に戻ったらって仮定して局面局面でどうするかを妄想するんすね」
「先ずはクラス分けのあの試験だ」
「俺様と紫苑が運命の邂逅を果たした日だな!!」
テンションを上げるカッスだが、
「は?」
それはまるでゴミを見るかのような冷たい目であった。
「す、すんません……えーっと、でもあれ? あん時って別に何もする事なくね?」
紫苑にとって不老不死は絶対に欠かせぬ要素だ。
となれば自分との出会い、そして同化を外すことは出来ない。
そうなると改変出来る部分が無いのでは? と思うのは当然であろう。
「あ、俺様が喰っちゃった奴らを生かすとか?」
「は? 俺の言う事聞かなかった屑どもを何で助けなきゃいけないんだよ。死んで詫びるのが摂理と言うものだろうに」
「じゃあ何すんだよ……」
「――――モジョを殺すんだよ」
「え、えぇ……」
「あの女のせいで雲母とか言う地雷と関わる羽目になったからな、罰を受けないのはおかしいだろうが」
「(あれ? でも雲母に会いに行ったのは紫苑の意思だったはずじゃ……別にモジョ何も悪いことしてねえような……)」
そんな道理が紫苑に通用するはずがない。
「で、でも殺すってどんな風に? 確か、あの人がエデンに来たのって俺様が紫苑と同化してからだろ?」
「ちょっとは考えろよ。俺は先を知ってるんだぜ? お前にしっかり指示を出してやるから安心しろよ」
「いや、あの、初対面ですよね? あの時の僕ら? いきなり意味不なこと言われても困るんすけど……」
カッスは実際の場面を妄想してみるが……。
『おいカス蛇、もう少ししたらここに女が一人やって来る』
『いやあの、カス蛇って誰だよ? 俺様そんな名前じゃねえよ……や、記憶無いんだけどさ』
『黙れ! お前は俺の言う事を聞けば良いんだ!! 良いか? 侵入して来たのを察知したら直ぐに報告しろ。
そしたらお前は理性が無い振りをして俺を襲う振りをしろ。俺はそこの死体を抱えながら逃げ惑うから。
心底遺憾だが怪しまれないよう俺を多少傷付けても許してやる。で、件の女がやって来たら標的を変えろ。
そして殺せ。だが簡単には殺すなよ? もう助からないがギリ意識あるってレベルで留めろ。
そしたら俺が覚醒した感じでロンギヌスでお前をぶっ殺すから、肉体捨てて俺に同化しろ。分かったな?』
まるで意味が分からなかった。
前知識無しでこんな妄言を聞かされて一体どうしろと言うのか。
と言うかこんな無茶が罷り通ると本当に思っているのか、思っているのだろう。
紫苑は何一つとして自分の思い通りにならない事は無いと根拠も無く信じ切っているから。
カス蛇は改めて紫苑の恐ろしさに戦慄を隠せなかった。
「お前俺を舐めてんのか?
記憶があろうがなかろうが俺に対してコズミックレベルの大罪を犯したお前が絶対服従なのは当然だろ」
大罪、と言うのは紫苑以外の人間にも不老不死を与えたことだろう。
まあ、時系列的に出会ったばかりのカッスには何の関係も無いのだが。
「えー……」
と困惑するカッスだが、
「(ああでも、実際何だかんだで言うこと聞いちゃいそうだな俺様)」
記憶が無くてもあの時点で紫苑に惹かれてことは事実。
惚れた弱みで戸惑いながらも言うことを聞いてしまう自分がありありと想像出来るカッスであった。
「分かったか?」
「うん、まあ……つか、この調子でドンドンムカつく奴を始末していくんすよね?」
「ああ。さしおりは放置してたら勝手に殺し合って死ぬし、雲母も放置しとけば勝手に死ぬ。
アリスに関して言えば俺が選別を辞退すれば必然的にカニとぶつかるだろうし、あのデスキャンサーに始末を任せれば良い。
おお! 邪魔者がどんどん消えていくな!! 素晴らしい、実に素晴らしい未来が紡がれていく!!」
感極まったように震える紫苑を見てカス蛇は軽く引いていた。
決して現実にならない妄想だと言うのに、ここまでのめり込めるのか……と。
「天魔も俺が関わらなければ性癖的に考えてどっかで勝手に死ぬな」
「勝手に死ぬ奴多過ぎね? よくよく考えるとアイツらやべーよ、どんだけ追い込まれてたんだ」
「そうなると地味な麻衣も何か勝手に死んでくれんだろ」
「何か勝手に死んでくれる!?」
随分テキトーになって来ている。
この驕りこそが現状を招いたと何故理解出来ないのか。
仮に紫苑が驕りを捨てて本気で謀を巡らせれば太刀打ち出来るのはカニぐらいのもの。
それ以外の面子は皆、蜘蛛の糸に絡め取られて地獄逝きだ。
そう、実現出来るだけの能力はあるのだ。
あるのに、根拠も何も無いまま自分の思う通りにことが運ぶ妄信しているものだから何時も失敗する。
そこを反省しない限り何度やり直しても無駄だろう。いやまあ、何度やり直しても反省と言うスキルを身に着けることは出来ないだろうけど。
「アイリーンは……悔しいがアホ強いからな。
幻想回帰が起こるまでに殺せるのはプロメテウスと同化してたオッサンぐらいだろう。
だが幻想回帰が起きれば強者に突っ込む本能的に考えて勝手に殺されてくれるはずだ。
ふむ、よくよく考えると俺ってナイチンゲールもビックリな天使っぷりだな。
死ぬはずだった罪人を何人も救ってるとか……だがその甘さが完璧になり切れない原因なんだろう。自省しなきゃな」
「(自省……?)」
「カニに関しては忌々しいが、アレは中々に利用価値があるからギリギリまで放置だな」
うんうんと頷く紫苑だがカッスとしてはどうしてもツッコミを入れたいことがあった。
「あの、紫苑さん。一つ良いっすか?」
根本的に一つ問題がある。
「あん?」
「――――メンヘラーズぶっ殺したら戦力足りなくね?」
これだ。
これまで紫苑が戦いらしい戦いをしたのは二回だけ。
一度目は京都での酒呑童子戦。
二度目はロンドンで行われたカニとの戦い。
だが武力が必要になった場面はもっと多く、それを担って来たのはメンヘラーズやルドルフらだ。
「アイツら居なきゃ最終決戦まで辿り着けなくね?」
「はぁ? 俺が居れば十分だろ。だって俺、最強だもん」
「いやそりゃ、潜在的なスペックは尋常じゃなかったけど……」
紫苑が純化に至ってしまえばそもそも生命の果実を食べられない。
カス蛇の指摘に紫苑は、
「お前がギリギリで引き戻せば良いだけだろ?
先が見えてなかった当時と違って、終わり方はもう分かってんだ。
寿命が幾ら縮まろうとも最終的に帳消しになるんだからバンバン俺TUEEEEEEEE! 出来るだろうが!!」
「い、いや……確かにそうだけど……カニ戦はどうにもならないような……」
カニと本気で戦うのであれば極限まで魂の均衡を崩さなければいけない。
その揺り返しで紫苑は一度完全に死に掛けた。
麻衣の力でどうにか命を繋いで生命の果実まで辿り着けたが彼女が居なければ先ず間違いなく死んでいただろう。
「甘いな。最上の終わりが分かってるなら耐えられる。俺なら出来る、だって俺だもん!!」
「お、おぉぅ……」
この発言に限っては根拠の無い妄言と切り捨てられないのが困りものだ。
尋常極まる”我”こそが紫苑やカニの根源で、力そのもの。
本気で耐えられてしまいそうなのが恐ろしい。
「いやそれでもさ、俺様だって結構ギリギリだったんだぜ?
完全に白に染まり切らないよう踏ん張るのって紫苑が想像してるより大変なんだよ。
何度も何度も上手くやれるか分からないし、リスク高過ぎるって」
「やれ」
「やれと言われましてもねえ……」
「お前がやらなきゃ誰がやるんだ!? 熱くなれよ! やらずに諦めるとか一番ダメなやつだからな!!」
「リスク高過ぎますって。それなら適度に利用して、不老不死与えない方向に舵切った方が良いんじゃね?」
「やだ、嫌いだもんアイツら」
実にシンプルな答えであった。
「俺とお前だけで十分なんだよ」
その言葉を聞いた途端、
「(お、俺様と紫苑だけで十分って……)」
カッスの頬がだらしなく垂れ下がり始めた。
嘘だろマジかよコイツこれで喜んでるのかと思うかもしれないが、これがカッスなのである。
「っとに紫苑はしょうがねえなぁ! 俺様が居なきゃダメなんだからよぉ!!」
嬉しさのあまりバンバンと紫苑の膝を叩いたところでカッスは気付いた。
「(あ、やべ)」
と。
次の瞬間にはもう襟首を掴まれカッスは湖に放り投げられていた。
「うぉおおおおおおおおお!? や、やめろ謎魚類! 俺様を噛むな!!」
幼女に群がる多種多様な魚類。
中々に危険な光景だが中身がカッスなので色気は糞程もない。
「ハン! 調子に乗った結果がこれだよ」
魚に群がられているカッスを鼻で笑い紫苑は去って行った。
こんな酷い扱いを受けても紫苑への好感度が下がらないあたりカッスはもう手遅れだ。
「はぁ……はぁ……ひ、酷い目に遭った」
群がる魚類を全員ぶちのめしたカッスは息も絶え絶えに岸へと上がり大の字に寝転がった。
「…………強くてニューゲームすれば、俺様は紫苑さんをデレさせられるのだろか」
それは無理だろう。




