表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

外伝:エデンの一日

「やべえ、うめえ、こりゃ禁断認定待ったなしだぜぇ」


 語彙の乏しさと表現力から滲み出るINTの低さを露呈しているのは、そう、カッスである。

 今日は紫苑に寄生した状態ではなく人間の姿を取って林檎のキャラメリゼに舌鼓を打っていた。

 見た目はロリぃな感じゆえそこまでおかしくはないのだが、如何せん口調が三下なもんで微笑ましさは皆無だ。


「そのまま食うのも悪かねえが、パウンドケーキに混ぜ込んだのもグッド極まるな畜生。雲母、良い仕事するじゃねえか」

「ふふ、ありがとう」


 さて、良い感じに脳がスイーツ(笑)になっているカッスだが彼奴は何故分離しているのか。

 答えは単純、紫苑に邪魔だと追い出されたから。

 エデンにて再会を果たし一週間。

 悠久の時を経ての、再び交わることが出来たからだろう。

 カッスはそれはもう、毎日のように紫苑に絡んでいた。

 何が無くても話を振ったりと……常人ですらちょっと鬱陶しいレベルで。


 ――――であれば常人より心の狭い紫苑がどうするかなど語るに及ばず。


”うぜぇ”


 で追い出された。

 無論、そのうぜぇまでに積載過多の罵倒も盛り込まれていたのだが割愛しよう。

 奴のくだらない発言を一々拾っていたら日が暮れてしまうから。

 まあそれはさておき追い出されたカッスはこれが人の形を得た弊害かと思いつつ内心ガッカリしながらも大人しく紫苑の私室を後にした。

 表に出さないのは紫苑の体面を気遣ってのことだ。存外健気な爬虫類である。


 で、やることが無くなったカッスはブラブラと屋敷を探索していて小腹が空いたので食堂へと向かった。

 そこではおやつ時だし何かお菓子でも、と雲母がキッチンで頭を悩ませている真っ最中。

 ならば、と大好物の林檎を使ったスイーツを所望し紫苑さえ絡まなければ母性に溢れる雲母がそれを受け入れたと言う訳だ。

 ちなみに食堂内には同じくおやつを食べに来た天魔とアリスも同席していた。

 ちなみに後者はジオラマ作りの息抜きらしく、作業用のエプロン姿で何時もとはまた違った趣である。


「「……」」

「あんだよ? 俺様の顔に何かついてんのか?」


 天魔とアリスが何とも言えない表情で自分を見ていることに気付いたカッスが首を傾げる。


「ほっぺたにクリームついてるわよ?」

「マジか」


 二股に分かれた長い舌でペロリと頬に付着したクリームを舐め取るカッス。

 基本的には童女なのに何故、舌部分に蛇要素が残ったのか。

 軽く不気味なのだが……まあ、その程度のことで怖じる可愛い人間はエデンに誰一人として居ないのだが。


「いや、そう言うことじゃなくてね。君の見た目だよ。分離出来るのは聞いてたけど……やっぱ違和感半端ないよ」

「あぁん? 俺様の何処に違和感があるんだよ」


 この三下チンピラ口調はどうにかならないものか。


「蛇が人の形してるって時点でおかしいじゃないの。と言うか被ってるのよ、ロリ要素が」

「(被っていても関係ねーよな。紫苑からすればどっちも平等に無価値だし)」


 様々な属性が重複していたとしても紫苑は優劣をつけない。

 それだけならまあ立派と言えなくもないが真実はカッスの言った通りなのでとってもとっても諸行無常。


「君、らしき蛇を二回ぐらい見たことはあるけれど……今の姿とはまったく重ならないよ」


 一度目は酒呑童子と戦った際にカッスの力を借りてギリギリまで覚醒した紫苑が蛇を顕現した時。

 二度目はカニとの決着をつけるためにイギリスへ赴く際に紫苑が蛇を顕現させた時。

 どちらのケースでも乗り物としてだったのであまり良い扱いとは言えないが。

 ちなみに天魔が”らしき”と付けたのは肉体を捨てる前のカス蛇を見たことが無いからだ。

 だが間違ってはいない。紫苑が自身の幻術を以って実体化させた蛇はサイズこそ違えどかつて荒廃したエデンで対峙したカス蛇その物だから。


「んなこと言ったらお前、蛭子命とかどうなんだよ」


 蛭子命はアリスと対峙する際に彼女の2Pカラーのような形を取ったし、今もその姿で固定しているが本来の姿はまったく異なる。

 不定形で何処からか呼び声が聞こえるCOCな姿こそが蛭子命本来の形だ。


「お前アレ性別も何もねえただの肉塊じゃん。なあ、育児放棄ママ」

『止めろ、その呼称は我に効く』

『い、今はママと和解してるもの!』


 突然話を振られた挙句に凹まされたイザナミだが自業自得なのでしょうがない。

 和解を果たしていても、いや果たしているからこそか。


「この子の場合は、私とやり合うために適した姿を取ったんじゃないの」


 まだ道理に適っているとアリスは言う。


「だけどあなたは違うでしょう? 元が完全なる爬虫類。

しかも蛇の時は野太い声だったし、性別も雄だったんじゃないの?」

「んー……性別ねえ、どうだったかな。雄でも雌でもなかったような……うーん……」


 カス蛇自身は己の性別などを気にしたことはなかった。

 いやそもそも性別があったのかさえ不明だ。

 言ってしまえばカス蛇は始まりの蛇だ。

 ありとあらゆる蛇の起源にして人間にとっても大きな影響を与えた人の知る常識で括り切れる存在ではない。


「そこら辺、どうだったっけルシファー」

『さあ? 僕に聞かれても困るよ。同じ聖書出身だけど絡みあった訳じゃないし』


 本来の姿ではない、と言うのならば蛭子命だけでなくルシファーもそうだろう。

 天魔と己の領域でゲームをした際に彼女の姿形を取りそのまま今に至るが本来の姿はまったく異なっている。

 男でも女でもない、だが男でも女でもある。

 美しくおぞましい、神聖でありながら邪性そのもの。

 矛盾背反を備えたこれまた正気度が下がりそうな容姿で、サイズも桁違いだ。


「そっかー……まあ俺様と直接絡んだことあるのアダムとイヴ、んでゴッドぐらいだからなぁ」

「……百歩譲って性別は良いよ。でもやっぱ人間の姿取るのはおかしい。

だってあれじゃん、ルシファーは魔王だし蛭子命は言うても神様の子供でしょ?」


 何か不思議な力で人間の姿を取っていてもまあ……納得は出来ると天魔は言う。


「(紫苑と魂レベルで一心同体の女ってことで色々モヤってるんだろうけど……後にしてくれねえかな)」


 カス蛇としては面倒でならなかった。

 アリスと天魔がこうも深く絡んで来る理由は分からないでもないが、そこはそれ。

 今は林檎スイーツを味わい尽くすと言う当人にとっては崇高な使命があるのだ。


「君蛇じゃん。言うても蛇じゃん」

「聖書でのあなたの活躍、イヴ唆して禁断の果実食べさせたことぐらいじゃない」

「(それ言うなら蛭子命も海に流されて終わりだけどな)」


 と思ったが話が長くなりそうなので御口をミッフィーに。


「まあこの際、どんな方法を取ったかは良いよ。でも何故女?

ルシファーや蛭子命のようにベースとなる人間を真似てと言うなら男、そして紫苑くんの姿が一番じゃないか?」

「(まあ確かに一番好感度稼ぎ易いだろうな)」


 俺と同じ姿をするとかコズミック不敬!

 だが中身が違うので俺には劣るが中々のイケメンじゃないか。

 俺の垢レベルには認めてやっても良いとか言うだろう、絶対言う。


「バッカ、それじゃあ関係性の幅が狭まっちまうだろうが」


 メンヘラーズの攻撃性を考えれば伏せて意図を伏せておいた方が良いだろう。

 だがカッスはあることを思いついたのである。


「……関係性の幅ぁ?」


 不穏な発言に天魔とアリスのみならず雲母まで怖い気配を漂わせ始める。

 母性に溢れていようとも基本的には”女”。

 自分の男(一方的なものの見方)が関わると母性よりも女の顔が出てしまうのだ。


「ああ。蛇と人間じゃあ、どうしたって種の壁が付き纏う」


 だから人間に成った。

 性別が女なのは、


「男じゃあ、行くとこまで行っても親友止まりだろ?」


 同性愛を許容する人間であれば話は別だが相手は紫苑、あの紫苑だ。

 同性愛どころか異性愛でさえ真っ当に結べない自己愛の権化。

 なのでカス蛇が言うところの関係性の幅も、正直望み薄どころの話ではないのだが……まあそこは置いておこう。


「だが、女になればその先がある。

以前言ったように、大昔も大昔だから覚えてるかどうかは分からんが俺様は人間を愛している。

だからこそ幻想の身でありながら人に組し、人の未来を切り開く手伝いをした。

基本的には人間と言う種そのものを平等に愛しているが……特別な人間三人だけ居る」


 生まれて初めて心を奪われた始まりの人間、アダムとイヴ。

 そして――――


「昔日の心残りを拭い、人類を新たなステージへと押し上げた春風紫苑」


 かつて渡せなかった生命の果実。

 悠久の時を経て、ようやく出会えたのだ。

 アダムとイヴを除けば人類史上初めて現れた生命の果実を受け入れる土壌を持った人間に。


「俺様はアイツの”特別”になりたいのさ」


 生命の果実は渡せたし幻想による人類の滅亡も避けられた。

 最早心残りも使命も無い。

 であれば折角得られた望外の生、謳歌しなければ嘘と言うものだ。


「現時点でもまあ好かれては居るだろうが、そりゃ恩とかそう言うアレだ。それじゃ物足りねえ。

だってそうだろ? 俺様が愛した人間ってのはその程度で満足するような種じゃねえもの」


 何処までも深く愛する誰かと繋がっていたい、それが人間と言うもの(※紫苑は除く)

 友人だけでは物足りない、恋人だけでは物足りない。

 もっともっと好きになりたい、もっともっと愛されたい。

 それが人間で、カス蛇はそんな人間のように生きてみたいから人の形を得たのだ。


「だから俺様はこうなったのさ」


 そろそろメンヘラーズの目がヤバイことになっているがお構いなしだ。

 ……と言うか、腐る程の時間が流れたと言うのに未だに嫉妬心が尽きないとか独占欲強過ぎだろう。


「……成る程ね」


 不穏な気配を醸し出しているが実力行使に出ないのは見た目が童女だから――ではない、当然違う。

 不老不死同士ゆえコンビニ行くぐらいの気軽さで殺し合うメンヘラーズだが、理性が無い訳ではない。

 カス蛇も同じ不老不死だろうがメンヘラーズと違い紫苑と魂レベルでリンクしていると言う問題がある。

 痛みが紫苑にまで伝わってしまえば悔やんでも悔やみ切れないから手を出していないだけだ。

 それゆえグッと堪えているのだが――やっぱ頭おかしいよコイツら。


「ああそれと、ベースになった人間が居ないつったがそりゃ間違いだ」

「? どう言うことかしら?」

「年齢性別、カラーリング、蛇要素があるせいで分かり難いだろうが……全体的な顔立ちとかよーく見てみろよ」


 カス蛇とて何も考えずに人間のカタチを取った訳ではないのだ。

 カッスの言葉に三人はじーっとその顔を観察し、


「…………紫苑お兄さん?」


 その答えに辿り着く。

 縦に裂けた瞳孔を持つ黄金の瞳、二股に分かれた舌。

 ぞっとする程白い肌などに目が行きがちになるがよくよく見れば目鼻口の形は紫苑に似ていた。

 紫苑の性別を変えて年齢をロリぃにまで引き下げてやればこうなるんじゃないかなぁ……? と言った感じだ。


「正解。ほら、折角女になったんだし?

男と女の関係以外にもポジション狙ってみようかなって

アイツ小さい子には弱いし、自分に――ってよりは血縁を感じさせる顔立ちなら妹ポジもイケるだろ?」


 紫苑に似せたことは本当だが妹云々は方便だ。

 紫苑の好みが自分自身だから、好かれ易くするために似せたのが真実だ。

 しかし、それでは紫苑がとんでもナルシーであることが露呈しまう。

 紫苑の外聞を傷付けるのはカス蛇にとっても本意ではない。それゆえ、”らしい嘘”を繕ったのだ。


「俺様も、紫苑お兄さん★ とか言っちゃうかな!?」

「こ、この爬虫類……ろ、ろろろロリ属性だけでなく妹属性まで……信じられない! 恥を知りなさい!!」


 見た目ロリとは言え実年齢億越えが属性だの何だのと、恥を知るのはアリスも同じである。


「(ふむ、そろそろだな)」


 ガチャ、と食堂の扉が開かれ紫苑が現れた。

 片手には読みかけの小説があり、読書の途中だったことが窺える。


「すまない、小腹が空いたんだが何かあるか?」

「え、ええ。今丁度お菓子を――――」


 と雲母が答えるよりも早くに動く者が居た。


「えへへー、紫苑おにーさーん♪」


 そう、カッスである。

 三下口調を投げ捨てて媚びた声色で紫苑の右腕に抱き付く蛇ロリ。

 突然の蛮行にメンヘラーズの思考が一瞬停止、次いで凄まじい殺気が放たれるも物理的に手が出せず歯噛みするだけ。


「な、何だ急に?」

「良いから良いから、ほらこっち」


 とこれまで自身が座っていた席へ紫苑を誘う。

 カッスは当然とばかりに紫苑の膝に座りフォークに刺したパウンドケーキを口元へ持っていく。


「はい、アーン★」

「お、おい……」

「(み、見た目が子供のせいで紫苑くんが強く出られないのを良いことに……!)」

「(あ、ありえない! それは私、私のポジションでしょう?!)」


 グギギっているメンヘラーズに向けカッスはニヤリと笑う。


「(どうっすか紫苑さん、良いもん見れたっしょ?)」

「(ぬはははは! ああ! 見ろよアイツらの顔!!)」

「(もう戻って良いっすかね?)」

「(チッ……しょうがねえな。此度の功に免じて特別に許可する。が、また次喧しくしたら……)」

「(へへ、分かってますよ兄貴ィ!)」


 カス蛇が思いついたこと、それは先の話題を利用してのご機嫌取りである。

 シチュエーションを整えメンヘラーズをぐぬぬさせる場面を紫苑に見せることで帰参の赦しを狙ったのだ。


「(計画通り……!)」


 この嫌に打算的な行動、紫苑の影響力が窺えると言うものだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ