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外伝:とんでも腐れビッチ紫苑ちゃん ⅩⅠ

 GWも半ばを過ぎた頃、醍醐姉妹は休みだというのに学校を訪れていた。

 栞と紗織、姉妹の決闘から今に至るまで二人はとても忙しかった。

 先ず紗織の戸籍を復活させること、偽造戸籍で冒険者学校に入学していたこと、その後始末だ。

 かなりダーティな手段を使ったが、栞は躊躇いなく当主としての強権を振るった。

 姉が手を加担させられていたことに比べればこの程度の泥、何するものか。


 ついでに、両親から決められていたが凍結中であった見合いも解消。

 紗織の真実を知った今、此処まで姉を苦しめた両親に対しての義理など最早消え失せている。

 姉妹揃って幸せを目指すと決めてやり直すのだ、決められた縁談など知ったことではない。

 さて、そんな二人が学校を訪れている理由だが後始末は終わっているのでその手続きではない。

 紗織は既に転入試験という形で試験を再び受けて、黒姫百合の時とは違ってその実力を十全に発揮しAクラス入りが内定している。

 筆記、実技共に本気を出せばAクラス入りなど容易いことだ。

 では何故かというと……。


「春風さん、ずっと入り浸っているみたいね」

「はい。それだけ、姉様のご友人の甲殻類さんが特別なのでしょう」


 紫苑の様子を見に来たのだ。

 凄まじい本意で殺しても文句を言われないシチュを構築したあのビッチは生まれて初めて努力をしていた。

 確実に勝利ジャンキーの甲殻類をぶち殺すために特訓をしている。

 が、阿婆擦れ紫苑ちゃんが本気を出せる場所は限られている。

 例えばそう、現世で存分に力を振るえばリアルで日本が沈んでしまう。


 それゆえ、学校にかけ合って転移装置を使わせてもらいダンジョンで行うことに決めた。

 それも如何にもな迷宮風ではなく、ちゃんと思う存分暴れられるただただ広がり続ける閉塞感の無いダンジョンでだ。

 GWに入ってからビッチは一度たりとて外に出ていない。

 休日に自己鍛錬のため学校の設備を使ってダンジョンに潜る。

 それ自体は申請を行えばちゃんと出来るのだが、一度たりとも出ないというのは異例だ。

 一応、最初のうちは安全管理のためにモジョが残っていて、半日経った辺りで声をかけたのだが……。


『先生の目から見て、私は消耗していると思いますか?(失せろ雑魚、お前とは生物として格が違うんだよミジンコめが!!)』


 単細胞生物を馬鹿にしているが、それでも命としては腐り切ったビッチよりゃマシである。

 という本音を知らぬモジョは静かに紫苑を観察――発汗し、そのせいで多少顔も赤くなっていた。

 それでも自分が紫苑をどうにか出来るか、ダンジョン内部のモンスターが紫苑をどうにか出来るか。

 そう問われれば否と否定出来る。モジョは改めて実感させられた。

 春風紫苑はまるで本気を出していなかった――否、出せる環境ではなかったと。

 脆過ぎるのだ、彼女の前に普通の人間では。


 どれだけ強い冒険者であろうとも紫苑から見れば一般人と大差ない。

 それこそ、世界最強たるアレクサンダー・クセキナスぐらいでなくば鍛錬の相手さえ務まらないだろう。

 ゆえに、自分を抑えていたのだ。しかし、その紫苑が今、努力をしている。本気を出そうとしている。

 ようやく出会えた誰かと、紫苑は詳しくは語らなかった。精々が名前ぐらい。

 が、ギルドを経由してモジョはその正体を知る。


 紫苑らと同じく選別パーティとして他府県のパーティと戦うことを定められている冒険者達の一人。

 その一人とどういう経緯かは分からないが戦う気なのだ。

 春風紫苑が本気を出す相手、私闘であれば止めていただろう。

 しかし両者共にギルドの選別に加わっている以上、そのままぶつけるべきだ。

 隠匿されていた紫苑が本気を出して良いと見做した加藤二乃という少女。


 ギルドでは一流ではあるが紫苑には遠く及ばないという認識だったがその紫苑がこうして努力をするほどだ。

 であれば、実力を隠匿していたということに他ならない――まあ、実情は違うのだが。

 選別の目的上、実力は確実に正確に把握せねばならない。

 だからこそギルドは紫苑とカニのパーティをぶつけることにした。

 紫苑もその話をモジョが来た際に知らされたが、


『だったら、私と彼女は何処かのダンジョンで。他の皆は外で別に戦わせてください。巻き込んでしまうから』


 とだけしか答えなかった。

 特例に特例を重ねるようだが、ギルドはそれを許可。

 GW明けに行われる戦いでは栞とアイリーンは別の場所で加藤二乃の仲間達と戦うことになっている。

 さて、話を戻すがそういう事情もあり学校側としても紫苑の鍛錬を止められず。

 特例ということで紫苑が自分の意思で出ない限りはダンジョンに潜り続けることを許可した。

 醍醐姉妹はそんな紫苑の様子を見にやって来たのだ。


「そう、ね……栞、あなたは春風さんの力について……」


 あの日吐露した自分の力に対する想いを知っていた? と問うも……。


「……いいえ、何も知りませんでした。何か重く暗いものを抱えていることは分かっていましたが……」


 悲しげに目を伏せる栞――だが悲しむことなかれ。

 奴は、あの道徳観ユルユルビッチは常にシンプルだ。

 私至高、それ以外は全部屑以下! うん――――度し難いほどの、言い訳のしようもないドがつく下衆だ。


「けど、知っていてもどうにも出来ない問題なんですよね。……あれだけお世話になったのに、本当に情けない」

「でも、何かをしたいのでしょう? 私はそうよ。だったら、別の形で春風さんのために少しでも恩を返せるように頑張りましょう」

「姉様……はい」


 そんなやり取りをしながら校舎に入るとアイリーンに出くわす。


「おや、アイリーンさんは今日も来てましたか」

「うん」


 メールで様子を見に来ていることは知らされていたが、この様子だと毎日らしい。


「忙しくない?」

「ちょっと栞、ハーンさんは何を言ってるのかしら?」


 ザ・コミュ障たるアイリーンの意思表示は面識があまりない紗織には難易度が高かった。


「えーっと……私は忙しいのではなかったのか? もう忙しい終わったの? とか多分そういう感じです」

「うん」

「成るほど……大丈夫ですよハーンさん。お陰様で雑事は済ませましたから」

「お気遣いありがとうございます。さ、一緒に行きましょうか」

「うん」


 アイリーンが発した言葉の四分の三がうん、とはまたコミュ障の面目躍如だ。

 三人は揃って転移装置がある部屋――の隣へと入室。

 此処で可能な限りダンジョン内部をモニターしているのだ。

 まあ、ダンジョンで大暴れしているせいで監視機器などとうにぶち壊れているので紫苑が居るダンジョンに限っては意味を成さないのだが。

 それでも此処に訪れたのは、


「ん、お前達か」

「はい。桃鞍先生、紫苑さんの居るダンジョンへは入ってもよろしいですか?」


 モジョの許可を得るためだ。


「ああ、構わんよ。人が入れば気付くから危ないこともない。装置は自分で操作出来るか?」

「はい、大丈夫です。では参りましょうか、姉様、アイリーンさん」


 紗織は紫苑のパーティではないが止めることはなかった。

 醍醐紗織の試験を監督したのはモジョだが、彼女をして認めざるを得ない力。

 学生が持ちえぬダーティな部分が垣間見える立ち回りは学生達にも教えてやりたいほどだ。

 今現在紗織の所属するパーティは決まっていないが、


「(春風と同じパーティにするのが一番だな)」


 学生レベルではないのだ、精神的に。

 実力的な意味で語るならAクラスの人間は軒並み学生レベルではない。

 が、精神面だけを見るのならばタフさに欠ける。

 タフさは修羅場を潜ってこそ得られるものだから。

 まあ、それはさておき、だ。このモジョの判断を知ればあのビッチはキレることだろう――塵を増やすな、と。

 一番の塵が誰かを思い知るべきだ。コズミック産業廃棄物とはあの腐れビッチのことである。

 地球の環境を護るためにも多分どっかブラックホールとかに投棄すべきだ。


「こ、これは……酷い有様ですね……」


 ダンジョンに踏み入った瞬間、紗織はそう漏らした。

 総てが死に絶えた荒野、そう表現するのが相応しいのだろう。

 ダンジョン内部にはただ無限に続くように見える荒野が広がっていて、あちこちに巨大なクレーターが穿たれている。


「アイリーンさん、これは何が?」

「ん、隕石」


 アイリーンは知っている、この惨状の理由を。

 最初は森林があって、巨大な山々が幾つもある世界だった、このダンジョンは。

 しかし、


「い、隕石……とはどういうことですかハーンさん」

「紫苑が降らせた」


 ウォーミングアップがてら流星群を降らせたのだ、あの人にも環境にも優しくない自己愛の化身は。


『はい!?』


 と、驚くものの直ぐに納得する。

 現実を改変する幻術を使えばそれも可能だろう、と。

 だとしても此処までの惨劇を可能とするほどの力ゆえ、流れ出る冷や汗は止まらないが。


「でも、その春風さんは一体何処に……」


 その時、


「――――呼んだかしら?」

『わ!?』


 再び姉妹は揃って驚きの声を上げる。

 紫苑がいきなり目の前に出現したのだ、幻術改変を用いて転移したのだろう。

 理屈は分かるが、だからとて驚きが無いわけではない。


「今日は……アイリーンだけじゃなく二人も来たのね(塵屑が雁首揃えて私の邪魔とかマジ万死)」


 黒と白のウェットスーツのような肌にぴたりと張り付くタイプのトレーニングウェアに身を包む紫苑。

 心底癪だが、見た目だけは特級なので魔性の色気を放っている。

 豊かな肢体を惜しみなく浮かび上がらせるだけでなく、臍は太腿など肌を露出させている部分に浮かぶ汗。

 何もかもが紫苑の妖艶さを掻きたてる要素となっていて、醍醐姉妹は思わず生唾を飲み込んだ。

 欲情するタイミングまで同じとか流石は姉妹だ――いやまあ、良いことではないのだろうけど。


「(おいおい、拝観料払えよ! 何ただ見して良い思いしてんの?)」


 コイツは大仏か何かか。


「は、はい……えと、春風さん。先のこと、改めてお礼を言わせてください」

「(だったら土下座からの五体投地はどうした?)良いのよ、私も得るものがあった。二人に、救ってもらったのだから」


 だからお前は仏か何かか。


「紫苑さん……」


 もじもじと肉付きの良い太腿を摺り寄せながら瞳を潤ませ、上目遣いで紫苑を見つめる醍醐姉妹――百合ん百合ん臭が半端ない。


「(うげー、ばっちい……)?」


 あくまで鈍感な振りをして醍醐姉妹の発情モードに首を傾げる紫苑。

 二人は直ぐに自分の状態に気付き、ごほんと咳払いをする。

 メンヘラーズになっていないと慎みもあるんですね。


「と、ところで飲食もせずにずっと籠もっていると聞きましたが大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ栞。元々、食事も睡眠もあんまり必要ないタイプだから」


 少しだけ寂しげに笑う紫苑に栞は自身の失言を知る。

 生命が必要とする食事や睡眠ですらも趣向に分類されるほどの巨大な力。

 しかし紫苑はその力を厭うていて、だけど、ようやくそれを超えてくれるかもしれない誰かに出会えたのだ。

 だが、証明が成されたわけではなく今もその力を厭うているのだろう、諦観の力を……。

 そのことを強く想わせる発言をするべきではなかった。そう自省し俯く栞に、


「――――そんな顔をしないものよ」


 紫苑は優しい抱擁を以って答えた。


「(制服が汗臭くなれば良い、汚れれば良い……いや待って、私の汗じゃむしろ聖遺物とかに変化するじゃないの!)」


 しねえよ。疑問調ならまだしも断定口調で何を言っているのか。

 制服を汚すことを目的にした抱擁をする人類とかコイツぐらいである。

 というかこれは、この阿婆擦れは自分の汗をナザレのあの人の血とかと同類に思っているのだろうか。

 ダイナミック不敬とはこのことで、コイツを殺すためだけに十字軍が結成されてもおかしくないレベルだ。


「と、ところで春風さん! 鍛錬の成果は如何ですか?」


 紫苑の胸に顔を埋めて夢心地の妹を引き離しつつ紗織が問う。


「そうねえ……ん、ならちょっと見てみる?」


 瞬間、三人は上空に移動していた。

 ぎょっとする三人だが重力に従って落下することはなく完全静止。

 この場の重力を弄っているのだとこともなげに言ってのける紫苑だが内心は、


「(これが貴様ら下等なる生命との違い! いや最早私と比肩すれば命と呼ぶことすらおこがましい!!)」


 おこがましいのはどっちなのか。


「元々、世界を書き換えるって意味で私は空間に干渉していた」


 言いながら三人を結界で包み込む。


「……凄い」


 ぽつりと漏らしたのはアイリーンだ。

 不可視でありながら絶対の存在感を示す結界。

 それは自分では例え何億年かけても疵一つすら刻めないであろう強度を誇っている。

 試すまでもなく、見るだけで理解させられるほどの力。


「そして時間にも干渉したことがある」


 甲高い音と共に世界が仕切られた。

 此処に、ダンジョンという小規模な世界は紫苑の手によって更に隔離されたのだ。


「私は考えたわ、時間を武器に出来ないか。単純に静止させて攻撃を加えるってことじゃない、時間そのものを武器に」


 何を言ってるんだこの女は。


「"時よ止まれ、世界はこんなにも美しいのだから"」


 世界=私、ですね分かりたくもありません。

 というのはさておき表面上、何一つとして変化は無いように見える。

 しかし、三人は理解した。

 もし此処に木々がそびえ葉がさざなみを立てていたのであれば止まっていたと。

 今、時間が止まっている。結界内部の自分達以外、この世界は完全に停止している。


「時という絶対不変の摂理を曲げれば、それはきっと恐ろしいことになる。

なるべく威力は絞るけれど……結界内部にもちょっと衝撃が届くかもしれないわ。覚悟は良い?」


 恐れ、しかしそれ以上の好奇心を以って三人は頷いた。


「――――"時よ流れ出せ、繚乱に咲き誇る命の輝きと共に"」


 そんな言葉を紡ぐや、世界は軋みを上げて流れ出した。

 静止した時間、その揺り戻しが莫大な熱量となって爆ぜていく。

 その破壊、仮に現世で行われていれば地球に深刻なダメージを与えて滅びに向けて一直線であっただろう。

 終末を思わせるこの攻撃ですらしかし、威力を軽減させているのだから本気でやれば……。


「此処に入るまでは出来なかったこと……成果は見えたかしら?」

「じゅ、十分です」


 絶句する妹とアイリーンをよそに、問われた紗織はようやっと返事を絞り出す。

 やっとのことで出した返答はしかし、震えていた。

 どれほど、どれほどの力を持っているのか。潜る前ですら絶大な力を持っていたのに、まだ先があるのか?

 先を――――往くしかないのか?

 成るほど、確かに忌むべき力だろう、紫苑にとっては。

 強くなればなるほどに、それほど彼女は諦観しているということだから。

 紗織も、栞も、アイリーンも、その瞳に悲哀の色を宿していた。


「(ぷぎゃーwww貴様らとは違うんだよ私はぁああああああああああああああ!!!!!)」


 紫苑は自分が更に強くなることに微塵も疑いを抱いていない。

 だって自分は絶対だから、だって自分は至高だから――と。

 呼吸をするようにそう思える狂った想念の持ち主、それが春風紫苑。

 何たる邪悪、何たる醜悪、何たる害悪、生命として何処までも間違っている、この阿婆擦れは。


「(だって遥か下界に住まう下等種たるお前らがするような努力をこの私様がしたんだぞ!?

お前らは努力しても大して成果をあげられないどころか、皆無だろうが私は違う!

だってこの私が、この私が努力したんだぞ? 莫大な成果を生まなきゃ間違っているだろう。

成果なしならば宇宙的に間違ってる、私直々に宇宙を立て直すしかなくなるね!)」


 得意絶頂の紫苑、しかし彼女は気付いていない。


「(フハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!)」


 紫苑が強くなり相対せば、彼女と伍する魂の持ち主もまた底なしの成長を得るのだと。

 その時が来て、その事実に直面したら精々笑える無様を晒してくれ、それが今何よりもの願いであり望みである。

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