3話目
少し寝苦しく、体が重いと内心呟きながら、眠りから意識が戻った。
『バイトは夜だけだから、午前中に・・・・・・なんだっけ?なんかしないといけなかったはず・・・。』
ゆっくりと起きようとするも、全く体が持ち上がらない。
『え?もしかして、金縛りってやつか?このマンション出るのか・・・?』
自分でも訳の分からない事を考えながら、恐る恐る閉じていた瞳を開くと、目の前は白い毛で覆われていた。
「・・・白?って猫、動けるようになったのか?」
一瞬、考えが止まったが、すぐに昨日の夜の出来事を思い出すことが出来た。
『・・・が、待て。こんなに大きかったか?』
再度、頭を覚まそうと小さく息を吐いてみる。
『・・・とりあえず退かそう。』
白いのを抱き上げようと前足あたりを探るが、触れている部分はどう考えても人間の肌であった。
「は・・・?」
その一言しか出なかった。勢いをつけて体を起こした。すると、案外簡単に起きれたため、小さく安堵の息をついた。改めて上にいたであろうモノを見遣る。
「あのー・・・起きて下さい・・・。」
つい小さな声になってしますが、揺する手つきは緩めず、大きく揺さぶる。そうやら彼は何も着ていないようだ。かろうじて、身体にかかっているのは愛用しているタオルケットのみであった。
『・・・タオルケット?これって猫に使ってたはずなんだが。』
更に疑問が増える。何度か揺さぶっていると、どうやら起きたらしい、ゆっくりと閉じられた瞳がようやく見えた。白い髪だと思っていたが、銀髪であることを改めて気づいた。そして、瞳は綺麗なエメラルドグリーン。宝石の様な瞳とよく比喩で使われるが、この瞳こそ宝石なのではないかと思うほど、見惚れた。
すると、こちらに気付いた彼は気だるげな少し色気の漂う表情から、何とも言えないほど緩い表情へと変えた。
「・・・おはよう、きのうはありがと。」
彼はそう一言、彼の容姿に似合う、聞き惚れるほどの美声。俺は一瞬固まり、またしても考えを巡らせた。
『・・・昨日?何かしたか?ってか、なんで裸なんだよ。それに勝手に入ってきたのか・・・?』
「かってにはいってはないよ。いれてくれたでしょ?」
心の声を口に出してたのか?と驚きながら銀の彼を見る。驚く俺を見てはクスクスと小さく笑みを零す彼。
「くちにだしてはないよ?だから、しまったって顔しないで・・・。」
彼の笑みに見惚れながら、嗚呼とだけ彼の言葉に返事をした。すると、彼の方からくぅ~、と腹の虫がなったらしい。彼を見遣ると、「腹、減ってんのか?」と確認の為に聞いてみると、小さく頷く彼が目に入った。その前にと思い、服を渡してやる。
『・・・って何、すんなり服渡してんだよ。』
服のしまってある衣装ケースから取り出しては自分に悪態をついていると彼はまた笑みを浮かべた。
「あなたのこころのこえはたのしいね。」
彼は戻ってきた俺にそう声を掛けた。俺は言葉の意味をすんなりと飲み込むことが出来ず、彼をじっと見つめた。
「うたがう、よね?・・・でも、ほんとなんだ。」
彼は少し困った様な、悲しい様などっちとも言えない笑みを見せた。
「・・・そんな顔するな。」
心の中で思ったはずの言葉が耐えきれず口から出た。何故だが先ほどの様な表情は見たくなかった。控えめに、綺麗に浮かべる笑みが見たかった。俺は彼が何者で”昨日のこと”というのが分からなかったが、何故だか強く強く彼という存在に惹かれた。
俺の意識とは別で体は勝手に彼に伸びていて、するりと白い陶器の様に綺麗で滑るような手触りの頬に触れていた。俺の行動に少し驚いた様な表情の彼に今度はこちらに小さな笑みが零れた。触られても嫌がることの無い彼をいいことに、そのまま頬を堪能しながら、とりあえず落ち着いて周りを見渡す。
『夜から変わったことは・・・特に気付くことはないな。』
俺の手は頬から柔らかでフワフワとした銀髪へと移る。彼は頭を撫でる俺の手に遠慮がちにスリッと擦り寄った。