俺が変なのか?
「用があったら城まで来てくれ」
女王は用事が終わると帰っていく。どうやらアキリーナとナミタリアも女王に付いていくようだ。2人とも小さく手を振って去っていった。
「女王は長い間、城を離れられないんだろうね♪」
青田がのんきにそんなことを言う。
「フーリエンの本性を晒すために、俺たちを狙わせただろ?」
「いい活躍ぶりだったよ♪ はい。報酬♪」
青田が小銭を渡すような感覚で手からスルッと俺の手に報酬を落とす。
今頃手に入る、身代わり地蔵の指輪。
出発前にもらっていれば、ギラーフに装備させておいたのに……。死なない事はわかっていたからいいんだけど。
「予定よりもフーリエンの接触が早かったからね♪ こちらも女王を呼ぶのに時間稼ぎが大変だったよ」
その件を持ち出されるとキツい……。ただ、時間稼ぎをしてくれたのはギラーフとコーシェルだ。青田は何もしていないはず……。
「ギラーフとコーシェルは、あの速度で闘っていて、危なくなかったのか?」
「あれはですね……」
ギラーフがエヴァールボを見て、そのエヴァールボが今度は青田をチラッと見た。
「あれは刃を完全に無くした『無刃刀』という刀だよ♪」
銅鉾の刀版か? ゲーム時代にあった修練用の武器に分類されているのか? きちんと武器として認識されて〈無刃刀+2〉と表記されている。
「それでもあの速度で斬り合えば、指とか細い部位ならあっさり切断されるだろ?」
あれ? 家族の生暖かい視線を感じる……。間違った事を言ったつもりはないぞ。
ギラーフとコーシェルにいたっては、俺の発言の意味がよくわかっていないようだ。そんなに難しい事を言ったか?
「見えている物体に刀を合わせることぐらい造作もありませんが……」
うーん……。俺が悪いのか? 簡単なはずがないだろ……? 目隠し経験者たちは最早達人級なのか? 青田まで俺を同情するような目で見ている……。
「この件はこれで終わりにしよう」
アブノーマル集団にノーマルな俺が何を言っても不利になるだけだ……。
俺も目隠ししてみようかな……。青田を見ると、人間では獣人の身体能力に劣る気がする。
〈殺人鬼〉がペナルティー職である可能性もあるが……。
「まだ調査前だけど、海中迷宮の件を聞いてどう思った?」
ここはモズラ様に教えを乞う。
「単純に迷宮化したと判断するのは早計かもしれません」
「理由は?」
「さすがに1000単位のモンスターが迷宮から溢れてくれば、海に潜るだけでモンスターを山ほど目撃するはずです。それに現在まで人命被害がありません」
なるほど。俺は『迷宮化』に神経質になりすぎたか?
「それじゃ『王位継承の式典』の件も終わったし、迷宮調査に向かおうか♪」
「もしモンスターが大量発生していたら、大惨事になるからな……」
本当は各地を旅して新しいモンスターをテイムできれば、それだけでいいんだけど……。
どこでこんなにフラグを立てているんだろう……。
「僕らは先に宿に戻って準備をしてくるよ♪」
用事が終わると、何事もなかったように引き上げていく青田とワニ子さん。
「俺たちも宿に引き上げるか……」
「そうですね。私たちも厩舎からテイムモンスターを引き上げますね」
ギラーフを先頭にしてフーリエンの邸宅を我が物顔で歩く。私兵は女王の兵が連行していったから、もぬけの殻だ。
歩きながらギラーフに気になっていた事を質問する。
「コーシェルと戦っている時のギラーフの動きが少し鈍かった気がするんだが……」
「あぁ、それはこれのせいですね」
ギラーフが脱いだまま腕に抱えていたコートを広げてみせた。
「とても高級そうだな……」
俺は触り心地をチェックする。厚みのある動物の1枚革を想像させる。どこかの迷宮で革がドロップして、錬金術で大きく錬金しているのだろうか? 継ぎ目が見当たらない。
「はい。おそらくとてもいい生地を使っているのだと思います。ですが……サイズは合っていませんし、腕を上げると、腰の辺りの布が邪魔をしてスムーズに体を動かせないんです。コーシェルが作った物とは違い、かなり動きに制限がかかります」
俺はコーシェルが用意したコートしか着ていなかったからわからなかったが、作る人でそんなに変わるものなのか?
それともコートを着て戦闘をすることを想定して作っていることがそもそも変なのか?
俺も高級コートの着心地を試してみようと、ギラーフの腕からコートを抜き取る。
「あ……」
「どうかしたのか?」
「いえ、そちらのコートをお持ちします」
ギラーフは顔を振った。なぜか真っ赤だ。
俺は着ていたコートを脱いでギラーフに渡すと、早速コートを着てみる。ギラーフの匂いがコートに染み込んでいた……。コーシェルとの戦闘で呼吸は乱れていなくても発汗はあったようだ。
「あー、サイズは男用のようだな……」
俺は腕を動かして確認をする。動くたびに甘い匂いがしてきた。
「そ、そうですね。私にはサイズが大きかったです」
お互いなぜか目線を合わせにくい空気になってしまう。
「あ、そうでした。無刃刀は鉛でできているので、とても重くて扱うのが大変でしたよ。ご主人様も練習で振りますか?」
重り特訓は武器から採用されていたのか。
俺の職業では刀を装備するとペナルティーがかかって、より重く感じるはずだ。重りを使った訓練ならそれでもいいのか?
「俺はみんなと違って、自衛ができていればいいからな……」
「そうですよ。守りなら私が手取り足取りお教えします」
エヴァールボがタイミングを待っていたんじゃないかと思えるぐらいナイスタイミングで割り込んできた。
「守りは私よりもエヴァールボの方が上手ですからね。お願いします」
ギラーフはエヴァールボに張り合わずにあっさりと離れて行く。俺とエヴァールボは拍子抜けした。
「……ギラーフは熱でもあるのか?」
「先程までは普通でしたが……」
「変な子だな……。変と言えば、なぜ弓で狙うのに、フーリエンは煙幕を使ったんだ?」
いたるところにターゲットがいたから、誰でもよければ確かにそれでもいいが……。命中率を下げる原因になるよな……?
「言いにくいのですが……」
エヴァールボが何かを知っているようだ。
「待った。俺にはまだ読んでいなかったメモがある」
俺はエヴァールボを左手で制して、コートに入れておいたメモを探す。あのメモは会話が成立するから今読むとどうなるのか、非常に気になる。しかし、右のポケットに入れておいたはずなのにない……。
「きっと今ギラーフが着ているコートがご主人様のですよ……」
「さっきコートを預けたまま、交換しちゃったのか」
着心地が良かったからすっかり忘れていた。
「それでは私が直接お話しします」
エヴァールボは1度微笑んでから話を始める。
「あの煙幕は私たちが発生させた物です。アキリーナさんと偽アキリーナさん(スケルトン君)を、ナミタリア様と偽ナミタリア様(スケルトンさん)の位置を入れ替えるための目隠しです」
俺の視界では煙幕がなかったから、一部始終を目撃していた。
煙幕の時に悲鳴があがったが、矢に対して発せられたのではなく、突然、体を持ち上げられた事に対してだ。
同じコートに身を包み、同じ顔の人物が喧騒の中を入れ替わっても誰も気が付かない。かなり大胆な作戦と言えよう。
一番すごいのは、あの闘いの中で打ち合わせをしていたギラーフとコーシェルか? 恐ろしいな……。




