お返し
昼食の時にみんなの注目を集めたのはもちろん『オリハルコン装備』だ。
「エヴァールボ、ありがとう。コーシェルも」
ギラーフは家族が自分のために作った作品を見て、嬉しさから泣き出した。
「ギラーフは幸せ者だな」
俺はギラーフを抱きしめて泣き止むまでなでることにした。
「そういえば、がんばった私たちはなでてもらっていませんね」
はい。腕組で満足して下さると思っていました。
「ごめんな。2人ともよくやってくれた」
右手はギラーフをなでるために使用中なので、左手で順番になでることにした。
予想はしていたが、2人で終わるはずがない。
今日は朝から色々あって出発前にみんなの頭をなでるのを忘れていたからだ。
料理が出来上がるまでそんなに時間はないだろうが、みんなが満足するなら俺は時間を割くだけだ。この件で俺に選択肢はない。
「私は旦那様に会うために何百年も生きてきたんですね」
頭をなで終わるとフローラにキスをされた。
「なるほど。なでてもらったら、お返しにキスですか……」
クラリーさん、状況をみんなに説明しなくてもいいから。
「そんな手がありましたか。お返しですね」
「お返しにキスみたいですよ」
絶対エヴァールボの言うお返しと、クラリーの言うお返しは違うからな。
純粋なクラリーを悪の道に誘うな。
リズは食事ができるまでに水を作り終えたので、今日はゆっくり食事ができるようだ。
「スープができたニャ~。やっと私の番ニャ」
姫と新人4人は俺が『餌付け』をしていることを知らない。
「今度は何が始まるのでしょうか? お食事はいつもそのようにして食べているのですか」
気になった姫が質問をしてきた。
「いつもはリズがテイムモンスターの水を作るから手が塞がっているんだ。今日はもう終わっているからする必要はないんだが…………、俺の……」
必要はないって言った時にリズが涙目になったが……、そのあとの言い訳が思い付かない。
「ご趣味なんですね。私も食べさせて頂いてもいいでしょうか」
餌付けって趣味なのか……?
姫が人前でそんなに大きな口を開けてはいけませんよ?
俺は仕方ないので食べさせる事にした。
「味は同じですね」
そりゃ同じ鍋で作っているからな……。
「でも何でしょうか……、少し恥ずかしいです」
俺も恥ずかしがられると恥ずかしいんだが……。
リズは俺と姫を交互に見て何かを閃いたようだ。急に恥ずかしいフリをした。
バレバレだ。大根役者め……。
怒ったリズは、俺とリズのスープを合わせて俺に手渡してきた。
姫に食べさせた時に使ったスプーンは空の器に入れて、リズが持っていた方で残りを食べるらしい。
なぜかリズは俺以外の人が使った食器を使わない。
リズってたまに理解できない時があるよな……。
「アキリーナ、食事が終わったら、もう一度歌ってくれるか」
「はい。喜んで」
姫の頬が少し赤い気がするが……、気のせいだよな?
「ミーナは今度こそ踊れよ」
「わ、わかりました」
ミーナは急に食事どころじゃなくなった。こちらは少し青ざめているような?
「そんなに緊張しなくてもいいぞ。補助がかかるか確認するだけだからな」
「ひゃい」
これはダメだ……。
姫の食事が終わるまで、まだまだかかりそうだから、他の人と話をするか……。
「午後からはいつものパーティー構成に戻すぞ」
「わかりました」
ギラーフが返事をしたから意味は伝わっているだろう。
外部の人がいるとこんなにも面倒なんだな……。
エヴァールボは食事を終えるとガラス装備のメンテナンスをするようだ。
武器を見てウットリしている。こういう時は純粋に色っぽいんだよな……。
オリハルコンの剣の方が素晴らしかったと思うけど……。
装備が好きで鍛冶師なら天職なのか? 静かでいい。
姫の食事がやっと終わった。
俺とリズのペアよりも食べるのが遅いのは、この人が初めてだ……。
食事作法がいいから音を立てないようにとか、よく噛んでとかだろうか?
うちの家族で食事作法がいいのは……、正直いないな。貧民街出身だし、最低限のマナーが出来ていればいいか。
発声練習も終わり、いよいよ歌うようだ。
う~ん。2度目でも歌に魅了されている子がいるな……。
リズも含めてレベルが高いと歌に耐性ができるようだ。
ステータスを見ても状態異常には分類されていない。
状態異常じゃない異常か……、使い方次第では強力な武器になりそうだな。
「ミーナ、踊れよ」
ミーナもレベルが低い組だからな……。
そしてやっぱりと言うか、残念なお知らせと言うか……。
『罠』確定。
歌の最中ならみんなのステータスが底上げされて、補助の分が表記される。
さっき11階層で合流した時に踊ってもらったけど、そんな表記はなかった。
「アキリーナ、ありがとう。どうやら低レベルだと歌を聴いただけで、魅了されてしまうようだ」
「そうだったんですか……。歌うのは好きだったんですが、父に禁止されておりました」
先にその情報を言って欲しかったよ。禁止したからにはそれなりの理由があったはずだ。
「ミーナ残念だが〈踊り子〉の補助は音がないとかからないようだ」
「そうですか……」
「普通は迷宮に〈踊り子〉を連れて来ることはないですからね……」
モズラとの距離が少し近い以外は、いつも通りだな。
「すまないがもう一度転職をしような……」
「音があればいいんですよね」
クラリーには妙案があるらしい。
「『オルゴール』を持ち歩いてはどうでしょうか」
「確かに音楽を奏でてくれそうだけど、作れるのか」
「ここではさすがに材料がないので無理ですが……、それと魔石を少し頂きたいです」
「必要な材料があればいくらでも言ってくれ、魔法が必要ならリズが手伝ってくれるだろう」
「楽しそうだニャ~」
君も手伝うんだよ?
「よろしくお願いします」
ミーナにとっては第1希望の職業だからな。
「頑張ります」
そしてクラリーが頭を差し出してくる。
俺はいつも通りなでると、クラリーがキスをしてきた。
「初めてキスをしました」
クラリーが真っ赤な顔で報告してくるが、状況に付いていけません。
「私もするニャ~」
頭を押さえて阻止する。もっと状況に付いていけません。
「わた……」
振り替えってゲンコツをした。
エヴァールボじゃなかったぞ……。
姫だ……。
この姫は急にどうしたんだ?
「初めてゲンコツされました。痛いですね」
「ビエリアルは笑っていないで回復してやれ」
「はい」
ビエリアルが急に笑うようになったな。やっぱり何か心境の変化でもあったのだろうか?
今日から別人のような行動をとる人が多いな……。
「「姫が行かなかったら、ゲンコツされていました」」
エヴァールボとフローラが安堵のため息を漏らしていた。
お前達もやっぱり参加する気だったのか……。
「ご主人様は人気ですね。私ならゲンコツを避けてキスしますが……」
避けられるのはギラーフだけだと思うぞ。
そして、そこまでしてキスをしたい奴はいないと思うが……。
俺は会話をしながらギラーフの肩に向けられた視線に気が付いた。
「ギラーフはそんなことしないもんな」
俺はギラーフをなでながら、肩に付いていた『髪の毛』を1本回収した。
「当たり前じゃないですか……」
ギラーフが顔を赤くして、しおらしくなった。
「お返しのキスはいかがでしょうか……」
俺の用事は頭をなでることじゃなかったけど、このままじゃバレそうだから。
「んじゃ右頬にしてくれるか」
ギラーフにお返しのキスをしてもらった。
「休憩も終わったし、そろそろ出発するぞ」
俺はみんなに声をかけながら、ある人物に近づいた。
「コレが欲しかったんだろ」
俺は『髪の毛』をあげた。
「ありがとうございます」
俺はお返しに左頬にキスをされた。




