この世界の常識
「リズ、今大丈夫か」
「扉越しなら、多少はへい……」
俺はリズが返事をしている最中だったが、かまわず部屋に入った。
リズは発情中なので、俺が部屋に入ると目の色を変えてスリスリし始める。
「どうして入って来ちゃったんですか」
俺は自分の意志では我慢できなくなっているリズをなでる。
「寂しい思いをさせて悪かったな……」
「ご主人様のにおいを強く感じられます。幸せです」
俺はリズが満足するまで待つことにした。
リズは涙を流しながら……。
「ご主人様、私は自分をこれ以上抑えられません。ご主人様が発情中の私を抱かない事はわかっています。だから離れていてくれませんか」
会話の最中もリズは俺のにおいを身体中に付けようと必死だ。
これでは正常な判断ができそうにないか。
早く教えたかったが、発情中じゃダメか……。
アイテムの使用期限は明日まである。それでも……。
「リズ、俺の声をよく聞け」
「……はいニャ」
やっと『ニャ』が戻ってきたか。
「俺はリズに1秒でも早く伝えたいことがある」
リズは発情が止まったように大人しくなった。
「今なら大丈夫です。話して下さい」
「リズが俺の子供を宿せる方法が見つかった……」
「え……、でも……」
リズは信じられない思いで耳を塞いだ。
「そんな方法は存在しません。ご主人様は嘘を言っています」
俺はリズの手首を掴んで無理やり耳から手をどける。
「方法は2つある。ただし片方はリズの体に負担をかけてしまう方法だ」
「2つも……」
リズは呆然として手の力が抜ける。
「あぁ、1つは俺の称号による恩恵だ。今日の儀式で手に入れた」
「え……、ですが……、それらしい種族はいませんでした……」
「俺のいた国では〈コウノトリ〉と言われる鳥は子供を運んでくると言われている」
「それではノルターニさんと……」
「あぁ。これは俺の恩恵だから妊娠する確率は低いだろうが、その分、体へのリスクは少ないと思う」
「……もう1つはやはりフローラさんですか」
「よくわかったな……」
「昨日ご主人様が寝た後にフローラさんに確認されました。あれは夢物語ではなかったのですね……」
リズは涙を拭いて俺に向き直る。
「体に負担がかかることは昨日のうちに聞いています。もしその時がきたら私は躊躇わず受け入れることを誓いました」
フローラはこうなることを最初からわかっていて昨日から準備をしていたのか……。
「リズ、俺はリズに俺の子供を産んで欲しい。産んでくれるな」
「当たり前ニャ」
俺はリズに〈赤の遺伝子〉を飲ませた。
リズのステータスには状態異常〈妊娠〉(2ヶ月)と表示された。
「リズ、体は大丈夫か……」
「……成功したニャ」
「わかるのか……」
「発情期を脱したニャ」
妊娠するための発情期だから妊娠したら止まるのか? これは異世界だからか?
「リズ、これからは母体だから当分迷宮には入れないな……」
「何を言っているニャ」
あれ? 会話が成り立ってないぞ……。
「子供を産むまでゆっくり……」
「元気な子供を産むために、これから迷宮に行きたいニャ。みんなを起こすかニャ」
本気でみんなを起こす気なのか扉の方に歩き始める。
「まだ言っている意味がわからないんだけど……」
「妊娠するとモンスターを倒しても経験値がもらえないニャ。でもその経験値はお腹の子供の成長を促すニャ」
「まさか……早く産まれてくるようになるのか」
リズは力強く頷いた。
「それだけじゃないニャ。産まれた時からレベルが高いから病気になりにくいニャ」
妊娠期間が2ヶ月なのにも驚いたが、さらに妊娠期間が短くなるのか……。
※猫の妊娠期間が約2ヶ月です。
「それって大丈夫なのか……」
人間だと完全に未熟児だぞ。
「皇帝、王、貴族がやっていることニャ。普通は迷宮に足手まといは連れて行かないからできないニャ」
「俺たちは平気で料理班を同行させるからな」
「そうニャ。さらに私は後衛だから、魔法なら打てるニャ。強くてたくましい子供を産むために、やっぱりみんなを起こすニャ」
「待て。落ち着け。お母さんになるんだろ。みんなにはまだ事情を説明していない。どうせ明日からは迷宮に行くんだから休ませてやれ。今日は旅で疲れているはずだ」
久しぶりにネコ掴みをするとダラーンとなったリズが降参した。
「部屋に戻って一緒に寝るぞ」
「はいニャ」
俺たちは興奮して眠れない夜を過ごした。
翌朝、俺は『コウノトリ』の話だけをした。
ユニコーンの秘術は今後も隠すべき恩恵だ。
「私もご主人様の子供を産みたいのですが……」
ギラーフが早速デレデレモードで話しかけてくる。
「シマリスなので1ヶ月で産まれてきますよ」
左腕に抱きついて上目遣いで言ってくる。
何か動物って妊娠期間短いよな……。小さいからか……。
日本人の感覚から言うと1ヶ月って生理が遅れているって思う程度だと思うぞ?
「全て許可するニャ。淑女の嗜みニャ」
リズさん……、使い方を絶対に間違っているからな……。
上機嫌のリズが何でもかんでも許可を出していく……。
クラリーが手を上げて発言してくる。
「あの……、その称号があればどの種族とも子供を宿せるようですが……」
「俺だけの恩恵だと思うから口外を禁止する。バレたらリズはどこかで妊娠してきたことにするか……」
リズは今まで有頂天だったのに、誰の子供かわからない子供にされそうになって焦ったようだ。
「ご主人様、それはさすがに……」
「バレたら研究のためにどこかに連行されるぞ。一緒にいるためだ。子供のためにそれぐらい背負えなくてどうする」
「う……」
「バレたらみんなで移住しましょうかね」
モズラがあっさりと締めくくった。
そしてそのままリズに確認していく。
「やはりリズさんも迷宮に行くんでしょうか」
「行くニャ」
「そうですか。そうしましたら半分以下の期間で産まれてくることも想定して準備をしておかなければいけませんね。妊娠後半はレベルが高くなっていると思いますので、お腹に声をかけてあげれば言葉を教えられますよ」
何その異世界の出産前からの教育システム。
「それでは私は装備を用意しておきますかね」
「んじゃ服は私が……」
「アクセサリーは私が……」
エヴァールボ、コーシェル、クラリーがそれぞれ名乗りをあげる。
「みんな気が早くないか……」
「ちょっとご主人様こちらへ。この世界の住民じゃないから知らないんですよね……。例えば産まれた時点でレベルが20になっていたとしたらレベルだけなら、今のギラーフよりも上なんですよ」
「レベルがあっても歩けないだろ」
「あ、すみません。そこからでしたか。レベルが上がっていれば産まれた直後から歩けますし、喋れますよ」
「嘘だろ……」
「これは本来『英才教育』に分類されます。えらい人やお金持ちの人が短い期間で世継ぎを育てるために行われています」
なるほど。
「先日まで〈村人〉で花売りをしていたギラーフと今のギラーフを思い比べて下さい。別人ではありませんか。レベルを上げると言うことは絶対的な力を得るのと等しいのです。それが生まれたての子供であっても……」
ギラーフは初日から動きが良かったが、今と比べるとスピードが全然違う。
「約3日で1歳成長するぐらいの速度で体が強くなりますよ。精神的にも成長しますので、理解力のある子供になります。これが『この世界の常識』なので、変な質問をして身元が明るみに出ることは避けて下さい」
もう遅い気がする……。
「今度からはモズラに『この世界の常識』を習うかな……」
「いつでもお待ちしておりますよ」
3日で服が変わるなら今から準備が必要なのか……?
服を作る期間よりも体が成長する方が早いとか恐ろしいな……。




