帰路_その2
昼食ができるまでの間、俺はケーレルとクラリーを呼んで3人で話をすることにした。
1番の馬車に乗っていたメンバーで頭をなでていないのはこの2人だけだ。
「ケーレル、ずっと御者をしてもらってありがとうな」
俺はケーレルをなでながら、今度はクラリーに話しかける。
「そろそろ自由に動けそうか」
「はい。さすがに戦闘はできませんが……。あ、私もなでてもらっていいですか……」
もじもじしながら言ってきたクラリーの頭もなでる。
遠くの方でこちらを見ている……。睨んでいる……。のが何人かいるな……。
ケーレルとクラリーも気が付いたようだ。
「あとでみんなの頭もなでる予定だから気にするな。今はお前たちの番だ」
「ですが……、視線が……」
ケーレルはあまり注目を浴びて事を荒立てたくないようだ。
「午後からは2番の馬車だから待っていろ。大人しく待てない奴はなしな」
俺が声をかけると、みんなの視線が散った。
「これで大丈夫だ。俺はみんなを家族だと思っている。みんな大切だ。のけ者にする気はない」
2人とも安心したようだ。
昼食を持ってリズがやって来た。
「昼食は私の出番ニャ~」
「んじゃ2人とも名残惜しいが、戻って温かいスープを食べて来い」
「「はい!」」
前回よりも馬車の台数を増やしたおかげか、予定よりも進んでいる気がする。
「ギラーフ、今どの辺りかわかるか」
「急いで進んでもどうせ今日中には着きませんよ。無理をさせると馬が弱るだけです」
ギラーフの代わりにモズラが後ろから答えてくれた。
1日半の道のりだからな……。俺たちは順番に寝れても馬はそうはいかない……。
さっき寝ている間に変な夢を見たんだよな……。
「フローラ、午後からは2番の馬車に乗ってくれ。何事もなければそれでいいが、俺の見た夢では肩に矢を受けて猛毒の女性が道に倒れていた」
※お蔵入り話を夢で見ただけです。(機会があったら投稿します)
「わかりました」
その後の山賊戦でおもしろい戦い方をしていたな……。あとで練習をしてみるか……。
「さっきからご主人様は考え事ばかりしているニャ~。私にも食べさせてくれないと、また抜け毛になっちゃうニャ」
「そうだったな。リズは俺が食べさせないと食べられないもんな」
「そ、そうニャ。ネコ舌だからきちんとふーふーしてくれないと困っちゃう子ニャ」
俺の言葉に便乗して要求をしてくるまでに成長したか……。
俺はリズの頭を軽くなでてから。
「なですぎて毛がなくなっても困るからな。ここは太るまで食べさせますか」
「ご、ご主人様は太っている方がいいのかニャ」
「太っていると迷宮で動けないぞ。毎日4kmぐらいは最低でも歩くから太りようがないと思うが……」
食べている物が簡単な肉入りスープだから、太るほどのカロリーはない。
「リズは俺が太ったら嫌いになっちゃうか」
「ご主人様はご主人様ニャ。太っても嫌いにならないニャ。わかりきっていることを質問するニャ」
久しぶりにネコパンチが登場した。
危うくリズの頭にスープをこぼすところだった。
「危ないから食事中は暴れるな」
「ごめんなさい」
午後からは2番の馬車に乗った。
2:ギラーフ、モズラ、ビエリアル、エヴァールボ、フローラ、スオレ(イタチ族の姉)。
「ギラーフはウリボー君とドライブをしてこなくてもいいのか」
「ご主人様が馬車にいるのに、もったいないじゃないですか……」
段々声が小さくなったな。朝のパンツ騒動で乙女モードか。
「先ほどまでは元気だったんですがね。どうしちゃったんでしょうね」
エヴァールボ、お前のせいだ!お前がパンツを隠すからだ。
「今後は俺がギラーフにパンツを穿かせることに決まったもんな」
俺はエヴァールボの言葉に便乗してから、ギラーフの頭をなでた。
ギラーフは「え? え? うそですよね」って挙動不審になる。
「まさか俺じゃ嫌なのか……」
俺はショック受けたように演じた。
「やっぱりドライブに行ってきます」
「「逃げたな」」
エヴァールボと意見があってしまった。
「2人とも、あまりギラーフをからかわないで下さいよ。ギラーフはとても乙女なんですから……」
傍観していたモズラに注意されてしまった。
「ご主人様のためになることなら、たまに行き過ぎた行動をとりますが……」
儀式とかな……。帰ったら儀式なしとかやめてね。俺にも内緒の予定があるんだから……。
「あ、見張り用に順番に寝ておくように指示しておくのを忘れていたな。ギラーフに伝言を頼めばよかった……」
「それならこちらの『笛』をどうぞ。リス族にのみ聞こえる設定になっています」
「そんな便利な物があるのか……。いつの間に作ったんだ……」
「先ほどの昼食の時にクラリーさんが『細工』で作ってくれました。他の種族のもあるので、ギラーフのはリスの絵柄付きですよ」
俺は試しに笛を吹いてみた。
「呼びましたか~すごく遠くまで聞こえるんですね」
「半径100mほどのはずですが……」
まさか……。こんな形でサクランボの称号の【吹き力上昇】の恩恵が効くとは……。
世の中何があるかわからないな……。なくても笛を吹くぐらいは大丈夫なんだろうが……。
「ギラーフ、各馬車に行って、見張り用に仮眠を取ってもらっておいてくれ。まだ順番を決めてないから御者以外は寝ててもいいぞ」
「前回そのタイミングで襲われましたけどね」
俺たちは笑った。
「そうだったな。今回は見えるところに色々配置しているから大丈夫だろう」
サクランボの固定砲台だけでも結構な数の敵を倒せそうだ。
夜の見張りから御者組は外す。
昼間も働いて夜も働かすわけにはいかない。それじゃなくてもこの2日間は朝から晩まで働き詰めだ。
俺とリズは最初の見張りでいいとして……。
料理班は最後だよな……。
中間が一番寝不足になる。
テイムモンスターが増員されたから、見張りをさせればいいか……? 石柱君とかそもそも寝るのか?
師弟関係のギラーフとコーシェルを一緒にするとしたら、ウーリーもセットだよな……。
姉妹はセットの方がいいとして……。
人数が多いと人間関係が大変だな。
「私はリアラさんともっとお話がしたいので、一緒にして下さい」
エヴァールボのお願いは危険な甘いにおいだった。お話ね~。
「また変なことを教えるなよ」
「何のことか全然わかりませんね」
今はこの話題に触れない方が良さそうだな……。
エヴァールボの目が怖い。
エヴァールボ、リアラ、ナイラがセットか。この時点で迷宮に行けるな。
途中で馬休憩をした時に見張りの順番を発表した。
――――――――――
1:俺、リズ、フローラ。
2:エヴァールボ、リアラ、ナイラ。
3:モズラ、クラリー、キーリア。
4:ビエリアル、ミーナ、エリス。
5:ギラーフ、アンジェ、ウーリー、コーシェル。
――――――――――
どうもリアラはエヴァールボを『お姉様』と呼んでいるようだ。
危険だ……。でもこれはガールズラブではない……。たまにこちらを見てナイラまで顔を赤くしている。
意外な組み合わせがモズラとキーリアだ。ミント繋がりか?
野営予定の地に明るいうちにたどり着けたが、急いでも今日中には迷宮都市に着かないので、夕食の準備を始める。
俺は前回の野営の時に好評だった簡易シャワー室を作る。
炭鉱の町でも庭に作っていたので、もう家族にとっては特別ではない。
だが、前回作った時にはいなかった〈裁縫師〉〈細工師〉がいる。
『裁縫』でバスタオルを作った。今までのタオルとは質が違う。
『細工』で作った留め金で板を固定し、ドアノブまで付けた。
野営地で1日だけのために作られたシャワー室にドアノブっているか?
〈大工〉がいれば、さらに完成度を上げられるそうだ。
指輪、腕輪サイズなら『細工』の領分なのだが、板を切るのは『大工』の領分になるらしい。
それでも足元の板のズレがシャワー室の水を外に逃がしてくれるのだからいいことにしよう。
人数が多いので、俺は先にシャワーを浴びることにした。
そして次にリズのシャワーをする時にすごいことが発覚した。
「どうしてご主人様は未だにリズさんの体を洗っているのですか」
モズラの発言の意図がわからない。
「だって、両手を使ってお湯を作っているから、洗えないだろ」
リズは『シーシー』のジェスチャーをしている。何かを隠しているようだ。俺はリズを手で制してモズラに先を促す。
「リズさんはすでに頭の上で手を使わずにお湯を出せますよ」
リズは絶叫して、この世の終わりのような顔をする。
「そうなのか」
「はいニャ」
どうせシャワー室でリズの体を洗う予定だったので、一緒に入って確認する。
火と水が空中で混ざり合っている。そして出来上がったお湯が頭の上に流れる……。
「リズ、すごいじゃないか。何で教えてくれなかったんだ」
「教えたら、ご主人様に体を洗ってもらえません」
なるほど。褒められるよりも俺に体を洗ってもらいたかったのか……。
「今回の野営は今日だけだ。ご褒美に俺が洗ってあげるぞ」
「それは本当ですか」
リズは思わず抱きついてきた。
俺はいつも通りリズの体を洗ってあげることにした。本当は俺がご褒美なんだが……。
俺ら以外にも何人かシャワーを浴びたところで、夕食が出来上がった。
「ご主人様、もしスープを頭からかぶったらまたあら……」
「今度は1人で入れよ」
「う……」
リズはこういう子だったな……。最近ギラーフとエヴァールボのキャラが濃いからリズがすぐ調子に乗るのを忘れていたな。
「夕食が終わってもリズは片付けのお湯とシャワーのお湯で大変だろうから、今のうちになでてあげるからな」
リズの顔が笑顔になった。
「さすがご主人様ニャ~。愛しているニャ~」
俺はみんなのシャワーのためにリズがどれだけ苦労しているのか知っているから先に労っておく。
リズの顔がフニャフニャになるまでなでる。
「ご、ご、むりにゃ~、脇の下はずるいニャ~」
肩で息をして俺から逃げるリズ。俺は手をワキワキさせてリズに近づく。
「も、もうお片づけの時間ニャ、それではまたあとで。きちんといつものご主人様に戻っておくニャ~」
「逃げましたね」
ギラーフが後ろから声をかけてきた。
「今さらだが、ここは山賊の縄張りみたいだぞ」
「本当に今さらですね」
ギラーフが笑った。
見晴らしはいいが、野営ポイントだから罠がありそうだな。
「これだけの人数が起きていれば、簡単には襲えないだろ。一応周辺に罠がないかチェックしておいてくれ」
「わかりました。何かありましたら呼んで下さい」
頭を差し出してくる。なでろということか。俺はギラーフの洗ったばかりの髪の毛をクシャクシャにしてやった。
「はう……。でもせっかくなので、このまま行きます」
え?ボサボサだよ?いいの?
ギラーフが走り出すと髪の毛はすぐに戻った。
罠を探す場合は自分の足で走るようだ。ウリボー君はギラーフのお尻を追いかけていった。
ウリボー君の足の速さがまた上がったかな? レベルが上がったからか? 本能のエロさが発揮しているだけか……。こういう時は本当に伸びるんだよな……。
周辺の警戒はこれでいいとして、野営地か。
俺は夕方を過ぎたので、食肉目の称号をONにした。
※夜目が利くようになります。
「エヴァールボ、安全のために罠でも作るか」
「必要ないと思いますよ。石柱君は常時見張りができるようです。足元は苦手なようですが……」
灯台下暗しって言うからな……。柱だけど……。
「石柱君用に銅の槍でも作っておいてくれ。あまり性能がいいと遠くの敵に使った後に回収できないともったいないからな」
「わかりました。鍛冶場がないので、穂先に銅が付いている程度の物になってしまいますが、用意しておきます」
俺はエヴァールボの頭をなでておいた。今度からはお願いのたびになでることにするか。
「ありがとうございます」
今回はウィンクだけで終わった。頭をなでられて嬉しそうだ。
「モズラ、〈蜘蛛の紐〉って強度はあるのか」
「斬る、焼くには弱いですが、引っ張って切ることは難しいと思いますよ。ギラーフが使っている〈手綱〉は〈蜘蛛の紐〉を使っています」
ウリボー君が走り回っているのを平然と〈手綱〉が耐えるんだから、十分な強度か。
「んじゃ山賊を捕らえた場合には縄として使うか。少し用意しておいてくれ」
「わかりました」
そっぽを向くだけで、全然行こうとしない。
俺は頭をなでた後に、背中を押してやる。
少し顔が赤くなったような? 夕日のせいだよな? モズラだもんな……。
頭を下げて歩いていった。
これだけ準備しておけばいいか。
俺は見張りの最初の班なので、フローラと話をする。リズは勝手に参加してくる。
「フローラ、さっきからもじもじしているが、その……、トイレか」
「違います。あの……手をにぎってもいいでしょうか……」
俺はフローラの手を握ることにした。リズはすでに右腕に抱きついてスリスリしている。
「温かいですね。私はこれまで捕まらないように生きてきました。同じところにこれほど長く留まったことはありません。旦那様は……この世界の住民なのですか」
「……違うな」
隠し事はよくないよな……。
「やはりそうでしたか。だから旦那様はユニコーンがなぜ追われる身なのか、ご存知ないのですね」
「そもそも俺の中ではユニコーンは空想上の生き物だ。背中に乗れるのは『処女』だけというのが、イメージだな」
「古い言い伝えですね。間違っていませんが。認めた相手も乗せますよ。旦那様も乗ってみますか」
フローラは徐に服を脱ぎ始めた。
「フローラいきなり何をしているんだ」
「獣化をしようと思いまして……。旦那様は獣化のたびに皆さんが物陰に移動して疑問に思いませんでしたか」
「それは思っていたが……。まさか……。裸で獣化になるのか」
「そうですよ」
フローラは少し顔を赤くする。焚き火の光だけだとおそらくわからなかっただろうが、今の俺は夜目が利く。
フローラは服を脱いで白い素肌を露にした。
エロいとか失礼だ。神秘的だ。さすが空想上の生き物だ。
そしてユニコーンになった。
「初めて見た時は角は短かったが、結構長くなったな」
「そうですね。レベルアップの影響でしょうか」
「本当に乗ってもいいのか」
「はい。どうぞ」
リズは「いってらっしゃいませ」と言っている。どうやらリズは感覚で乗せてもらえないだろうとわかっているようだ。
俺はユニコーンの背に乗って空を翔けた。
動いているのに風を感じない。包まれているようだ。
「風がないので、不思議ですか? 空気を裂いて進むので、周りの風は避けてくれるんですよ」
よくわからないが、すごいんだろうな……。
「他の人には聞かれたくない話をしてもいいですか」
「あぁ」
風がないから声がクリアに聞こえる。
「ユニコーンは死にません」
「え……」
「正確には死ぬと新しい姿に転生してレベル1の村人からやり直しです」
ゲームでキャラを作り直すようなものか……? それを人生として繰り返すのか……?
「ですので、私は何百年と生きています」
何が言いたいのかよくわからない。
「今まで私は貧民街でお腹を空かせて、何度も餓え死にを繰り返しました。また今回も死を迎えるものだと思っていました。しかし旦那様は私をユニコーンだと知っても態度を変えなかった。それどころか最初から知っていたのに私に力を授けて下さいました。私は人間が憎いです。でも旦那様だけは愛することができます。旦那様が生きている限り私は転生しても仕えることを誓います」
フローラは誓いを立てた。
「ありがとう」
俺はフローラの頭をなでた。
「もし……、旅の途中でユニコーンを見つけた場合には保護して頂けないでしょうか」
「それは構わないが……」
「死ぬことのできない状況で酷い扱いを受けている者がいるはずです」
「死ぬと転生できるから、酷い状況の場合には死んで転生した方がいい時もあるのか。でもそれができないということは……」
「はい」
「気になっていたんだが、なぜユニコーンは追われているんだ」
「不老不死です」
なんだと?
「そんなことが本当にできるのか……」
「ユニコーンは死なずに転生をするので不死。転生すると若い体になるので不老。というのが誤解を呼んだのだと思います」
「確かにそこだけ聞くとそうなるな……」
「私たちが神から授かった本当の恩恵は……」
俺はフローラの言葉を聞いて鳥肌が立った。
ごめん。どうやら俺は近い将来にフローラの力が必要になるかもしれない。
ユニコーンの恩恵を求めてしまうダメな主人になってもフローラは一緒にいてくれるだろうか……。
俺たちは空の散歩から野営地に戻った。
獣化を解除したフローラはやっぱりキレイだった。
「恥ずかしいのであまりじっくり見ないで頂けると嬉しいのですが……」
俺は白い肌を凝視していたようだ。
「あまりにもキレイだったからな」
俺が見ている目の前で、フローラが着替えを終えた。
「旦那様が望むなら、いつでもお相手を致しますよ」
フローラは俺の頬にキスをした。
リズは負けじと逆の頬にキスをする。
俺は見張りの残り時間を2人の頭をなでて過ごすことにした。




