初戦
さっきまで部屋でゲームをしていたはずなのに、気が付くと森の中にいた。
風は優しく通り抜け、緑豊かな自然が気持ちいい。
「ここが本当に異世界なのか?」
まるで森林浴を思い出す。
地面には草が生えており、寝転ぶと気持ちが良さそうだ。
おっと、呑気にしている場合じゃなかった。
俺は急いで辺りにモンスターがいないことを確認する。顔を振りながら体ごと一周。視界には何も動く動物の姿はない。
安心したところで、今度は服装の確認を行う。
普通は服装の一部分として腰に装備されていそうな『木刀』が近くの木に立て掛けてある。隣には『木の盾』が無造作に転がっていた。
ゲームの初期装備だ。
服は……ボロい布。ペラッペラでダサい。古着屋の一番安い服でももっとましだろうと思う。名前は『村人の服』……。
村人にとっては、これが主流なのか?
今日みたいな春先の陽気には丁度いい。このまま冬を越せと言われれば、死ぬ自信がある。
あの噂は本当だった……。
俺が異世界に来たことを実感していると、突然頭の中にソプラノボイスでアナウンスが流れる。
【ステータスを割り振って下さい】
――――ステータス――――
名前 緑野 赤
種族 人間
性別 男
素質 天才
クラス 村人
レベル 一
HP 一〇/一〇
MP 一〇/一〇
SP 一〇/一〇
筋力 三
体力 三
素早さ 三
かしこさ 三
モンスターの友 三
残りポイント 一〇
――――――――――
装備 ※武器/盾/服/アクセサリー
・木刀/木の盾/村人の服/なし
――――――――――
所持金
・一〇〇〇モール
――――――――――
どうやら素質は引き継げたな……。ゲームを本気でやる人は『天才』が出るまでリセットマラソンを繰り返すから、大半の人が『天才』だった。
レベルの引き継ぎとかはないようだ。引き継いでくれれば、スタートからいきなり俺Tueeeが出来たのに……。
この辺りはゲームの世界に来られたからいいか……、これ以上は贅沢というものだ。
まずは〈モンスターの友〉に極振りする。
※モンスターの友:テイムモンスターの使役可能レベルに作用。また成長促進。
【初期に従えるモンスターを選択して下さい】
一:レッドスライム(レベル一)
二:ブルースライム(レベル一)
三:グリーンスライム(レベル一)
四:ドジッ子メイド(レベル一)
ゲームの時と同じで、一つとてもわかりやすい罠がある。
四番目はメイドだ! 但し、筋金入りのドジな……。
『モンスターテイム・オンライン』では公式の発表通り、罠が豊富に存在する。
四番目を選んだプレイヤーは一人の例外もなく、キャラを作り直していた。
何をさせても役に立たない。戦闘では足を引っ張る。気が付くと装備がなくなる。その上、よく食べて、よく寝る。
そして、真に恐ろしいのは、本当にモンスター枠を一つ使うということだ。
『モンスターテイム・オンライン』では連れて歩けるモンスターの数はレベルによって決まっている。
モンスター一体→レベル一
モンスター二体→レベル四
モンスター三体→レベル九
……
モンスター一〇体→レベル一〇〇
俺は師匠に出会った時に「メイドを選択しちゃったか……。作り直しだね」と言われた事があった。懐かしい。
【ドジッ子メイド(レベル一)でいいですか?】
・Yes
・はい
・もちろん
師匠の事を思い出していただけで、勝手に四番が選択された……。その上、選択肢に拒否がない。
終わった……。俺の異世界生活。早くも完結です。
【ドジッ子メイド(レベル一)を仲間にしました】
すぐに俺の隣にテイムモンスターとして召喚された。
見た目は黒髪にメイド服。きちんと長めの髪を髪留めで束ねて綺麗な立ち姿。
だが、容姿に騙されてはいけない。このメイドは……。
――――ステータス――――
名前 アリス
性別 女
素質 普通
クラス 見習いメイド
レベル 一
HP 五〇/五〇
MP 〇/〇
SP 〇/〇
筋力 二〇
体力 七
素早さ 三
かしこさ -五
モンスターの友 -三
――――――――――
装備 ※武器/盾/服/アクセサリー
・なし/なし/メイド服/なし
――――――――――
所持品
・鞭(攻撃力+〇)
――――――――――
筋力が異常に高い。のに、かしこさがマイナス――脳筋……。
武器じゃない鞭まで所持している……。
何をする気なんだろう。
うーん。考えても理解できない。
まずは最初の町を目指す事にした……。
四方を囲む密林は一ヶ所だけ歩けるようにぽっかりと道ができている。
こっちに進め! と言わんばかりにそこだけ木は生えておらず、俺は導かれるように木々の間を通って進む。
深い森に思えたが、一〇〇メートル程で視界が開けた。
「おー。見渡す限り草原だ」
正面やや左に町のような建物の集落が見える。
きっとあれが最初の町だな。
町の方を向いていると、突然、後ろからガガガガガガッと音がする。振り返ると信じられない事が起こっていた。今通った林道が閉じている。
みんな同じ出現場所だと見張られてしまうか?
手の込んだ仕掛けだ。
「ご主人様、敵がきました」
メイドの告げた方角にはスライムが二体いた。
ジャンプの時は縦に長く、着地は横に広がって。
可愛くポニョン。ポニョンと体の水分を利用してバウンドしながら進んでくる。
ステータスと念じてみた。
――――ステータス――――
名前 ブルースライム
性別 ♂
素質 普通
レベル 一
HP 八/八
MP 〇/〇
SP 〇/〇
筋力 二
体力 一
素早さ 一
かしこさ 二
――――――――――
――――ステータス――――
名前 グリーンスライム
性別 ♀
素質 普通
レベル 一
HP 一〇/一〇
MP 〇/〇
SP 〇/〇
筋力 一
体力 二
素早さ 一
かしこさ 二
――――――――――
「アリス、緑の方を頼めるか?」
「…………。お腹が空いて――動けません。ご主人様が闘って下さい。私は寝てます」
わざとらしく「ぐーぐー」言いながら居眠りを始めた。
敵を目の前にして寝る図太さ。と褒めたいところだが、これがこのメイドにとっては正常だったりする。
ゲーム通りだ。
メイドは使えない! マジで役に立たない! いや選ぶ前からわかっていた。
「はぁ」
まずはブルースライムに接近して跳ね上がる前に木刀で攻撃。ブニュッと木刀がスライムの形を変形させる。衝撃を吸収された気がするが、ステータスで確認すると弱いなりにきちんとダメージを与えられた。
ブルースライムを攻撃し終わった姿勢のまま止まっていたところへグリーンスライムが接近。草がカサカサ音を出したため居場所がよくわかった。
この世界に来て初めての戦闘だけど、落ち着けている。
背後からザッと音が聞こえたので、横に転がって回避。さっきいた場所をグリーンスライムが通過していく。
なるほど。あの位置に木刀を構えておけば、勝手にカウンターになったのか。残念。
起き上がってきたブルースライムが転がって静かに接近。体勢が崩れている俺の顔面目掛けてジャンプしてきたので、顔の前に剣を構えた。突き!
ブシュッと音が聞こえそうなぐらい綺麗にスライムを貫通した。ブルースライムはそこで絶命したようで、その姿を光の粒子に変えて散る。
あとはグリーンスライムと一対一だ。
お互い無傷。
二対一ではない。一対一の表現で正しいはず。
ポニョンッと大ジャンプをしてきたが、万全の体勢で、敵が一体なら、空中に飛んだ時点で隙でしかない。
俺は上から叩き斬って、地面に叩き落として、追撃で刺した。
パシャンッと割れて、光の粒子に変わる。
――――――――――
ドロップアイテム ※( )の中は売却価格
・スライム各種→スライムのかけら(一〇モール)と五モール。
――――――――――
※モール:この世界の通貨単位。
「アリス、戦闘が終わったから起きろ。町に行くぞ」
顔をペチペチ叩いて起こす。この一分弱の戦いで、本当に熟睡していたから驚きだ。短時間で寝た事もすごいが、うるさい中で寝た事もすごい。
「……はい。ご主人様。ご飯を食べに行きましょう」
草原だけだった地面に人が歩いて出来たと思われる土がむき出しの道が見えてきた。
道幅は日本の一車線よりも広そうだ。細い車輪の跡があるから定番の馬車だろうか?
俺たちは町へと続く道を歩きながら、途中出てきたスライムを何匹か倒し、お金を稼ぐ。スライムは最弱なので、無傷で倒せるが、その間メイドは……。
そりゃー寝てるよねー。
寝る子は育つって言うけど、事実だった。
寝ている間にレベルが二になっている。
寝てるだけで、育つってチートじゃない?
――――ステータス――――
名前 アリス
性別 女
素質 普通
クラス 見習いメイド
レベル 二
HP 六五/六五
MP 〇/〇
SP 〇/〇
筋力 二一
体力 八
素早さ 三
かしこさ -六
モンスターの友 -三
――――――――――
装備 ※武器/盾/服/アクセサリー
・なし/なし/メイド服/なし
――――――――――
そして、一つ気になる点がある。
鞭はどこに消えた! 寝てただけで、所持品喪失って……。
かしこさが下がったのはもういい……。見なかったことにする。
町に無事? 到着。
町と言うよりも村に近いかもしれない。道は整備されておらず、土が丸見えなのは町の外と同じだ。
町の出入りには入場料はいらないようで、開放的だった。
小さい町で入場料を取れば誰も訪れる人がいなくなるのかもしれない。
門番の人にこっそり建物を確認すると、俺の目的地は一番目立つ建物の隣のようだ。
さっそくモンスター店へ。
『モンスターテイム・オンライン』ではモンスターをテイムできるが、テイムするためにはクラスを〈モンスターテイマー〉にしなくてはいけない。つまり、クラスが〈村人〉では使役することはできてもテイムすることはできない。
「いらっしゃいませ、なにをお求めですか?」
「メイドを売りたいんですけど」
「「え?」」
店員とメイドの声が重なった。
メイドへは睨みを利かせて黙らせる。
戦闘中寝るだけで、売られないわけがないだろ!
「二万モールになります」
「高すぎないか?」
「こちらのメイドは寝てばかりのメイドで有名なモンスターにございます。本来であればお引取りできないのですが、私どもの取引相手に買取を熱望されてる貴族がおりますので、二万モールになります」
「売ろう」
【ドジッ子メイド(レベル二)と別れますが、本当によろしいですか?】
・No
・いいえ
・よろしくない
でたよ! 罠。
No。
「メイドを売ります!」
【ドジッ子メイド(レベル二)と別れますが、本当によろしいですか?】
・No
・いいえ
・よろしくない
……。マジ?
これどうするの?
No……。
【ドジッ子メイド(レベル二)と別れますが、本当によろしいですか?】
【ドジッ子メイド(レベル二)と別れますが、本当によろしいですか?】
【ドジッ子メイド(レベル二)と別れますが、本当によろしいですか?】
【ドジッ子メイド(レベル二)と別れますが、本当によろしいですか?】
No→No→No→No→No→No→No→Yes!!!!!
やっとYesでたよ! メイドとの初戦を見事に勝利!
いや一〇戦したけどさ……。
システムメッセージも最後の方、声がかれてたな……。
――――ステータス――――
名前 緑野赤
種族 人間
性別 男
素質 天才
クラス 村人
レベル 三
HP 三〇/三〇
MP 一〇/一〇
SP 二〇/二〇
筋力 三
体力 三
素早さ 三
かしこさ 三
モンスターの友 二三
残りポイント 〇
――――――――――
装備 ※武器/盾/服/アクセサリー
・木刀/木の盾/村人の服/なし
――――――――――
所持金
・二万一二五〇モール
――――――――――




