螺旋階段
「すまん。ちょっとこっちに来てくれ」
神妙な顔のリッキーが俺を呼ぶ。みんなに聞かれたくない話か?
「なんだ? 今から忙しくなるんだぞ……」
「『城攻め』に参加ってお前正気か? 誰よりも戦争を嫌がってなかったか?」
「考えてみろ。あの爺さんと敵対するか、それとも手を組むか。自ら『城攻め』に参加する方が命の確率があると思うぞ」
本気ではなかっただろうが、あの青田を完封したギラーフを赤子のように扱う爺さんだ。隠れていようがお構いなしのさっきの遠当てはヤバすぎる。命がいくつあっても足りない。
「……確かにな。爺さんを見た今ならキツネの軍勢が可愛く思えるぜ……」
「『迷宮化』鎮圧の指揮はフローラに任せる」
「はい!」
「できるだけ引き延ばしながら戦ってくれ」
「わかりました」
「『城攻め』が完了したら宝箱で知らせる」
「合図はリズ魔法【ドカーン】を撃つニャ!」
「……そうだな。全員が宝箱の傍にいるとは限らない。合図は【花火】を上げる。少し派手だが離れていても見えるだろ。それからさっきのは【ドカーン】じゃない【花火】な」
「リズ魔法【花火】ニャ!」
今回は覚えてくれそうだ。俺としては【火光線】の方が分かりやすいんだが……。
俺の視界の端でペコペコたちが体を使ってジェスチャーしている。
『胸を叩く』→『崖下を差す』→『その場で駆け足』→『翼で円を作る』→『頭を傾ける』
『もう行ってもいい?』って聞いてるのか?
「アンジェの言うことをしっかり聞けよ」
一回頷いてから二体一組で鞍をセットし崖から飛び降りる。まだアンジェの許可をもらってないぞ……。
「なんであいつらの背にスライムが騎乗しているんだ?」
「ペコペコたちがすぐ調子に乗るので『イルセン』を参考にしてスライムの監視を付けてみました。騎手に手綱を任す事で周囲との連係が良くなったため、一回で正式採用となったんです」
リッキーとペコペコの対戦の後にイタズラ防止用に付けられたんだな……。
母スライムが四体、他のスライムが二体ずつ担当しているようだ。前を古参ペコペコが走り、後ろから新米ペコペコが追う。今まででは考えられない編隊まで組んでいる。
「俺が『アスガディア』に着くまでは、スライムたちに伝令をさせていた事がある。独自の連絡手段でもあるのかもな……」
スライムが騎乗している事のメリットが他にもあった。あいつらはもともとドロップアイテムを体内に吸収しながら回収作業を行う。そのため〈HP回復水〉を数本お腹に常備したままでもペコペコのお世話ができる。
「相性がとてもいいので、リズさんに交渉しようと思っていたところです」
俺たちのテイムモンスターは主人が一緒にいなくても指示を聞いてくれるが、経験値の取得はそうはいかない。
テイムモンスターが取得した経験値は一度主人に集まってから分散される。その時に集計する主人が近くにいなければ戦闘を行ったテイムモンスターにしか経験値が入らない。
今回のケースではスライムは直接攻撃しないが、食糧調達のたびにペコペコとタッグを組んでも、スライムの主人が一緒にいなければスライムは経験値を貰えず成長しなくなる。
「リズの許可はいらん。今からアンジェのテイムモンスターでいいぞ」
「ありがとうございます」
アンジェが俺にお礼を言ってから、相談もしないで勝手に行動した事を謝罪する。
「リズさん、出過ぎた真似をしてすみません」
「あれは私の快眠枕ニャ……。あれがないと眠れないニャ……」
リズは比較的爆睡だ。ひんやりスライム枕は必要ない。必要ないのに何だろう、この言い回し……。
「ショックが隠しきれないニャ……。宝箱の中で落ち込んでくるニャ……」
スタスタ宝箱に向かって歩く。どこからどう見ても落ち込んでいない。
「待て待て、お嬢さん。顔もしっぽも嬉しそうだ」
猫掴みするとタラーンッとなった。
アイーリスもやって欲しいのか背中を向けて近付いて来たので次いでに掴み上げる。母娘が仲良くタラーン。
「ゴリゴリゴリしたいだけだろ! スライムを理由に使うな!」
「なぜバレたニャ! ご主人様は心が読めるニャ?」
「おう、リズの考えている事は全てわかるぞ」
むしろ、この流れでリズの思考を読めない奴の方が珍しい。
「リッキー、あのリズとか言う娘はいつもあぁなのか?」
「そうだぞ。オンとオフが激しい。ただし魔法の事になると、ずば抜けている。お前は杖を使わずに魔法を撃つ姿を見ても驚かないんだな」
「言われてみれば杖を使ってはおらんかったな。あの【花火】だかって魔法が全てを上書きしてしまった」
「なんだ、なんだ。お前もあいつらに興味が沸いてきたのか?」
「何を言う、私は君よりも先に目を付けていたさ……」
「そうだったな」
ペコペコたちがギラーフと交代して、半数の一〇体で前線を構築する。『迷宮化』は長丁場だからスライムの指示だろう。炭鉱の町の戦闘を参考にしているな、さすがだ。
ペコペコたちは一回のトーキックで後ろを巻き込んで二体、回し蹴りだと遠心力が加わって五体を吹き飛ばす……。
レベル一三のイナゴを相手にまだまだウォーミングアップ中と言った感じだ。
ギラーフは休憩しながらペコペコたちに蹴り方のアドバイスをしている。相変わらず面倒見はいいが、騙されるなよ。まだお前たちが卵の頃に両親から引き離したのはそいつだぞ!
パンダ様はパンダ様で爺さんの飛ぶ突きを気に入ったようだ。初めてバッティングフォーム以外の練習を始める。
竹の微妙な凹凸に空気が触れて音を出していると思うのだが、銀竹創がフォンフォン唸りをあげて前後する様は近くにいて怖い。
「俺は責任を持って『城攻め』に参加してくる。ケーレルもこちらに参加してくれ」
「わかりました」
今こそ〈斥候〉の本領発揮だ。もちろん相手側にも〈斥候〉はいると思う。その場合どちらが先手を取れるのかが勝負の鍵になる。
「ご主人様が行くなら私も行くニャ!」
リズは『迷宮化』の方が活躍できそうだけど、合図の関係もあるし連れていくか。
「ママはパパに付いていくにゃん? 私はどうしたらいいにゃん?」
「アイーリスはペコペコの羽根を拾うという大切な任務があるんじゃないのか?」
「そうだったにゃん。私はママと一緒に行けないにゃん」
家族に『任せるぞ』の視線を送るとみんなが頷く。子供を殺し合いの場に連れていくわけにはいかない。
「汚い仕事は俺の担当だろ? お前たちが行くなら付き合うぜ!」
「頼む、期待しているぞ」
「待ってくれ、私も……私も一緒に行く……」
カルビンが俺たちと?
「守備側のルール上、城外にいたものが戦争に参加する場合、一度城内に入る必要があったよな?」
「そうだ。いきなり来て背後から奇襲攻撃ができないように配慮した規則だ。破れば山賊より下に見られるぞ」
この規則があるからこそ、爺さんと現王は安心して背中を預けられる。
「あんたが城内に入ればその瞬間から俺たちとは敵同士。戦わなければあんたの地位も名声も地に落ちるぞ」
死んだ事になっているため、『宮廷魔導師』の地位がどうなっているのかは知らないが、少なくても計略の一環であるなら、復職は可能だろう。
しかし、一緒にいる者が敵と知りつつ、『宮廷魔導師』が手を出さずにいるとなれば話は別だ。
「承知の上よ。国を追放されても構わないわ」
「どうしてそこまで?」
「コイツには弟子がいるんだ。ソイツを探したいんだろ」
あ、そうだ。ペンダントの話を聞いた時にリッキーが言っていた。
『弟子が大会に出場していたが、認めていなかったとみえて、渡してはいなかった』
カルビンの弟子ならカバの国にいるばず。そして出場していた『宮廷魔導師』なら接待された時にカーバルの後ろに控えていたあの女……。
「でも、なんでお前の弟子は現王の味方をしていないんだ?」
「それは私にもわからないわ」
「カルビンが俺たちと戦闘を望まないと言うなら、宝箱の中で待機していてくれ」
「なるほど、さっきの空間にいればいいのね。確かにその方が無駄な混乱を避ける意味でも得策だわ。国の内部構造に関してはリッキーが調べあげてるんでしょ?」
「まぁな。キツネの国は戦争前に隠密で〈斥候〉を潜り込ませていたからなってお前は何を言わせるんだ」
「君が勝手に白状しただけでしょ。私は関係ないわ」
「へいへい、そうかよ。さっさと宝箱に入りやがれ」
夫婦漫才のような息の合った二人のやり取りが終わったようなので、カルビンを宝箱の中に仕舞う。
その際に少し気になる事があるため、ノルターニと一緒に特別任務に就かせる。どうせ宝箱の中じゃ暇だろう。
ペコペコたちは滑空というより、落下をしながら羽ばたいて崖を下まで降りた。
もちろん俺たちに同じような事はできない……。
「リアラは氷で階段を作ってくれ。リズはその上に土魔法で砂を撒け」
アイスバーンに滑り止めの砂を敷く。雪国育ちの俺には馴染みがある方法だ。これで摩擦力が生まれて滑りにくくなる。
「わかりました」
リアラは俺の指示通り階段を作った。崖に沿った螺旋階段でゴーレム先生でも余裕で通れる幅広、左右から落ちないように腰までの高さの壁、意外と親切設計だ。
階段はあっさり出来上がったのに、なぜか待ってもリズが魔法を放たない。
「あれ……? リズ……?」
「ゴリゴリゴリするのに忙しいニャ!」
結局宝箱から道具を取り出して鉛対鉛で全然削れず悪戦苦闘中。
「朝はきちんと削れたニャ……」
「あとで俺も手伝うから……早くしろ!」
「最低ノルマは一つニャ! モズラの話では鉱物五つで【花火】が一個作れるニャ!」
「わかった、わかった」
どれだけ【花火】を気に入ったんだよ……。寝る間も惜しんでゴリゴリゴリしてそうだ。いや、してたのか……。
リズは片手間で火と土の合成魔法を風で走らせる。砂に熱を含んでいるため、氷の表面を軽く溶かしてから付着した。お見事!
時間の余ったリアラが螺旋階段の内側に滑り台を付ける。リズの魔法の後に追加したので、もちろん滑り止めはない。しかも明らかに階段の傾斜より急だ……。
「全員滑り台の方が早いニャ!」
「早いにゃん!」
「時間ができればゴリゴリゴリできるニャ!」
「できるにゃん!」
三〇メートルの高さから半透明の階段を歩くのも怖いのに、急降下する滑り台はもっと怖い。
リズとアイーリスはバカみたいに滑り台を選択する。
移動した二人はスタート位置にある手すりを握った。
リズの前にアイーリスが座って仲良くスタンバイ。
「ママ……? 思ってたのと違って……なんだか怖そうにゃん……」
アイーリスはしっぽの先までガチガチだ。
「これぐらい平気ニャ。スピードが付きすぎたら風魔法でブレーキをかければいいだけニャ……」
そんなリズも強がっているだけで、しっぽの先までガチガチだ。
「さすがママにゃん!」
手すりから手を離した二人が滑り出す。
「「キャアアアアアアアアアアアア」」という絶叫をあげて、二人が落ちていった。
本物のバカだ……。
「まさか女が行ったのに、男が行かないわけないよな?」
リッキーさん、マジ?
「…………」




