城攻め
「計画は丸潰れか?」
ギラーフが前線を盛り返したため、挟み撃ちできなくなった。カルビンの思惑を知らなければ俺たちも同じ事をしていたはずだ。俺の中でギラーフは悪くない。
「あっ! そうだったわ。あまりの現実離れした戦闘に心を奪われていたわね」
「俺もだ。正直この部隊は後衛職主体のパーティーだと思っていた。まさか前衛職も同等の実力だったとはな……」
「「「…………」」」
ギラーフを褒めてくれるのは嬉しいけど、あの化物と同格な奴はいないぞ。
「あのぐらい魔法で一発ニャ……。単なる目立ちたがり屋ニャ」
「あれでは刀が何本あっても足りないですね。お転婆の武器破壊娘になっちゃって……」
「それにあの動きは無駄に体力を使いそうですしね。きっとすぐにバテちゃいますよ」
リズ、エヴァールボ、モズラが負け惜しみに嫌みを込めている。
ギラーフが特訓をしていた間、俺たちだってただのうのうと過ごしてきたわけじゃない。二一階層で挫折を味わい、高い壁を乗り越える事で、心身ともに強くなった。もちろんレベルも格段に上がっている。
じゃあ、この途方もない置いていかれた感は何だろう……。
コーシェルはギラーフの動きを模写するのに忙しくて自分の世界に入っている。
ゆっくり型をなぞって体に馴染ませ徐々に速く。一つ一つの力強さはコーシェルの方が上ではあるが、スピードのキレが全然違う。慣れとかそういう次元じゃない、あの速度はリス族特有の物だ。
ペコペコたちは箸を片手にギラーフの真似をして斬る役と斬られる役で楽しんでいる。俺たちの気も知らないで……。
束の間の安堵。気が緩んだ瞬間。このタイミングしかない、絶好のチャンス。
カルビンやリッキーがギラーフの戦いに心奪われたなら、他の兵士や親衛隊も同じように心が奪われていて然るべきだ。
現王の無防備な背中に矢が迫る。
ただ一人だけこの戦場の中にいてギラーフに魅了されなかった者がいた。常に城の警戒を怠らず、必ず来るであろう、この時に備え続けた人物。
元軍団長殿は例の薬を飲むと走り出す。
現王に向かっていた矢をジャンプして左腕に食らった。
えっ? 何でだ? あの爺さんならあれぐらいの攻撃、簡単に避けられたはず……。いや、処理できたはず。
爺さんは腕の中程まで刺さった矢を無理やり抜いて、地面に捨てる。しかし、矢に塗ってあった〈猛毒〉と〈マヒ〉が体内を蝕み、片膝をついた。
お婆さんが爺さんに駆け寄り〈毒消し丹〉を飲ませると症状がゆっくりと和らぐ。丹は速効性はないが作り手によって幅広い毒を浄化できる。
減ったHPと傷は〈HP回復丹〉を飲んで自然治癒力を高め内側から治す。薬の錠剤を作るために草を集めていたのか……。結局爺さんを一番理解しているのはお婆さんだな。
傷の癒えた爺さんは立ち上がり、背後にいる人物に声をかける。
「現王よ。ワシはカバの国から攻撃をもろうた。すまぬがここから先は『城攻め』をさせてもらうワイ。悪く思わんでくれよ」
「おいっ! 貴様! こんな時に何を!」
「待て、騒ぐでない。我々は目の前の事で精一杯だ。犬の国の御老人、好きにするが良い。全兵に告ぐ、これからが本当の戦だ! カバの国の誇りにかけてモンスター何ぞに負けるでないぞ!」
「「「おー!」」」
現王が兵を鼓舞すると、この戦闘が始まってから初めて士気が高まったのがわかった。
互いに背を預ける口実として、わざと矢を食らったのか……。
爺さんはカバの国に宣戦布告をした。現王もそれを受け入れた時点で、犬の国とカバの国の合意戦争が始まる。
俺のステータス表示でもさっきまで普通に白文字で名前が書かれていたが、今は色が変化。
敵軍は赤。味方軍が青になった。この戦争に関係ない者はいつも通り白で、同盟国は緑だ。
「『城攻め』ってなんだニャ?」
「『城攻め』っていうのはいくつかある戦争の種類の一つで、城の中にいる一番偉い奴の首を取った時点で勝利というものだ。通常は王の首を示している」
「あれ? でも、現王は目の前にいるニャ! もしかしてこれはチャンスニャ?」
「今『城の中にいる一番偉い奴』って言っただろ。現王は城の外にいる。だから対象外だ。あの首を狙ったら国の恥さらしになるぞ。『城攻め』は外門の内側まで、『国攻め』は領土の内側までが対象範囲だ」
「あの爺さん、おもしろい事を考えやがるな。気に入ったぜ。カルビン、貸し一でいいぞ。俺が行ってカバの爺の首を取ってきてやる。どうせカバの領内を通って安全に帰って来てるんだろ?」
そうだ。爺さんの狙いもきっとそれだろう。城に残っている一番偉い奴が現王を苦しめている黒幕。爺さんはその首を取ると宣言した。
「君はキツネの軍勢のはずだ。今回の戦争には参加していないだろ……」
「キツネの国に捨てられて、こいつらと共にいるんだ。パーティーを組んでるから、俺も立派な犬の国の一員だぞ」
リッキーは味方で、カルビンが敵だ。
「まったく。読めない行動を取る者が多すぎる。年寄り一人で『城攻め』を宣言とか聞いたことがないぞ」
爺さんが矢の飛んできた方へ剣を振ると、ドンッと衝撃音と共に国を囲む外壁の一部が吹き飛ぶ。裏側に隠れていた弓の男がその場に倒れた。
兵士たちは突然の爆発音に振り返り、さっきまでの御老人がとても大きく見えて、二度見している。
爺さんにとっては敵が壁の裏側にいても関係ないようだ。杖の三連突きをした時のように剣で突くと、悲鳴を上げて人がバタバタ倒れていく。
恐ろしい事に爺さんはまだ開戦の位置から動いてすらいない。
「……俺やっぱり参加するのやめるわ。巻き込まれたくねー」
「私もこれほどの実力者だとは思わなかった……。恩師が語ってくれた昔話に出てくる『遠当てのゼラ』にそっくりだ」
爺さんのあのとんでもない力は薬の効力が切れるまでしか持たない。若かれし頃はこの状態が普通だったはずだから恐ろしい。
ちなみに爺さんの名前は『ゼラ』だ。
開戦からわずか一分後。
「これで少しは静かになったじゃろ」
遠距離攻撃職の大半が気絶した。残っている者は壁から離れていた者か、逃げ出した者。
これ程の実力差を見せられて反撃を試みようと考える者はいない。
「あのまま好き勝手させておいてもよろしいのですか?」
「では、御老人に攻撃して前線を維持しているあの娘の怒りを買い、大量のモンスターと……崖上の援軍を同時に相手にするつもりか? 我々は今、犬の国に守られておるのだ。少しは敬意を払え」
「崖上ですか?」
親衛隊がこちらを見た。みんなでサッと頭を隠す。しかし、目が合ったアイーリスだけは元気よく手を振る。
俺たちバレてたよ……。
「索敵範囲に引っかかるから下がれと言ったではないか。バカみたいにみんなで顔を出しておるからだ」
後方からカルビンの呆れ混じりの苦情を頂戴した。
「バレたからもう隠れる必要はないニャ?」
「モンスターを先に片付けると『城攻め』が成功する前に兵士が国に引き返す。やっぱり先に悪者退治からか?」
「早くしてあげないと、どんどんギラーフさん一人じゃ支えられなくなってきたにゃん! 内緒で妖精魔法【カマイタチ】にゃん」
アイーリスも手伝ってるからその時点で一人じゃない気がするし……。内緒だ、内緒。気が付いている素振りは厳禁だ。
ギラーフは流れの中心を一人で受け持っているが、モンスターが賢くなってきて避けて通られたり、倒すのに時間がかかり討ち損じるケースが増えてきた。
「一人で無理そうなら、二手に分かれるか……」
さすがのカルビンでも戦争中に『手を出さない約束だろ』とは言わないようだ。
「せっかく作ったし、参戦する前にド派手に行くぞ!」
「ド派手に行くにゃん! でも、何をするにゃん?」
新しい興味を見つけたアイーリスは内緒攻撃を中断して振り返った。楽しみでしっぽが元気よく動く。
俺は大箱君に手を入れて棒付きの球体を取り出す。
「これだ!」
「それはゴリゴリゴリニャ!」
宝石の町のガラス玉で丸いケースを作った。窓ガラスと同じ素材なため透明で入れ物の中に大量の黒い団子がびっしり隙間なく入っているのがよくわかる。中央には魔石をセットした。
「モズリーブランド第三弾ですね……。ところでこれ何ですか?」
作るのは手伝わせたが、お披露目はこれからだ。
百聞は一見に如かず。
「やってみたらわかる。リズは火光線の準備」
着火装置がないので、火魔法を当てて代用する。
「火光線って何だニャ?」
あれ? 火光線って俺の中だけか。
「ほら、右手の人差し指を左手で軽く握って……」
リズがいつもしている手の形を再現する。
「あぁ……それはリズ魔法【ボン】ニャ」
「【火光線】な」
「あれは……【ボン】ニャ……【ボン】なのニャ……」
なおも小声で食い下がる。ボン要素〇だろ……。
「本日リズの出家が決ま……」
「ニャ! 【火光線】だったニャ! 分かりやすい名前で気に入ったニャ。早く次の説明に行くニャ……」
突然の出家話に動揺したリズが目を回して同意した。
「石柱君は槍を投げる要領でコレを上に投げてくれ。リズは上空で玉に【火光線】を当てろ! 上がったらみんな、耳を塞げよ」
みんなが頷いたのを確認した後で、ウーリーの指示が飛ぶ。
「さっそく石柱君、ゴー!」
リズは変な構えから……。
「リズ魔法【ボン】ニャ! 間違えた。【火光線】だったニャ!」
言い直された……。
カバの国ではこの日の出来事をこう語られる。
『天に一筋の赤い光が現れる時、巨大な爆発を巻き起こす』
ドカーンッと夜空に大輪の花が咲く。
「リズ魔法【ドカーン】ニャ! これニャ! これがしたかったニャ! ウヒョー。あと何発あるニャ? ないならゴリゴリゴリ頑張るニャ!」
リズが飛び跳ねて喜ぶ。
「「「綺麗だったけど…………耳が痛い」」」
「カルビン……、なんだ今の魔法……」
「私に聞かないでくれ。君が本人に直接聞けばいいだろ……」
「『犬の国』の援軍到着! 爺さん! 俺たちも『城攻め』に参加するぞ!」
「心臓が止まるかと思ったワイ……。姫様の旦那は派手好きじゃのぅ」




