乱舞
戦闘の開始位置は国の外門の二〇〇メートル先。
そのため『魔闘大会』のリングを倍にした程度の狭いスペースに一〇〇近い人が隊列を組むしかない。
後衛職がいないので、大量の物資が今もまだ運び込まれている。限られた空間を限界まで使い逃げ道らしい道もない背水の陣。
カルビンが戦闘に参加して上空から援護すれば陣地深くに攻められる前に数を減らせただろう。もし減らせなくても進行の遅延ぐらいはできたはず。
こんな危険な陣形を選択せずに済む。
きっと『迷宮化』を想定していなかったのだろう。それかカルビン同様『迷宮化』とは、炭鉱の町規模で防げるレベルだと勘違いしていたか……。
何にせよ今ある回復薬の量では到底乗り越えられない。
雪崩れてくるモンスターの量は殲滅速度をはるかに超えていた。
「烏合の衆が頑張ってるニャ。ファイトニャ、烏合の衆」
リズ……。烏合の衆って集団名じゃないからね。
丸みを帯びた剣を持つリザードマンのレベルは一〇もない。飛んでいた蜂よりもレベルは高いが、地上を闊歩するモンスターの方が相性は良さそうだ。
「リザードマンの裏に何かいるニャ」
夜目が利くリズが目を凝らして新しいモンスターを発見した。移動速度の関係でモンスターが種類別に登場しているようだ。
リザードマンの中に混ざって槍を持った二足歩行のラッコがいる。こいつはレベル一〇だが、得物が長くて危険だ。
サイズがリザードマンの半分程度なため盾に隠れて接近してくる。兵士たちはリザードマンの陰から突如飛び出す槍に後退を余儀なくされた。
怪我をした者は後ろに下がり手当てを受ける。
ビエリアルだけでも戦場に送れれば違うのに……。
「内緒で妖精魔法【カマイタチ】にゃん」
内緒って何? 一人だけさりげなく戦闘に参加している。
妖精さんはいつも通りアイーリスの肩の上で魔法を放つが、どういうわけか遠く離れたモンスターが当たり前のように斬り刻まれた。
突然の見えない刃の援護に近くで戦っていた兵士は驚いて辺りを見渡す。もちろん援護者がいるはずもない。
アイーリスの狙いはラッコ。
戦況を見極めて危険なモンスターを減らしている。
「アイーリスは内緒で攻撃ができていいニャ……。次はあっちニャ」
何も考えていない母は協定を破っている娘の隣で指示を出す。
カルビンが青筋を立ててアイーリスの行動を小声で非難する。
「手を出さない約束じゃないのか?」
「本人は『内緒』で援護しているから俺たちにはバレてないと思ってるぞ……。子供のすることだ、許してやってくれ」
ペコペコの中の一体がポンッと手を叩いた。みんなで輪になって相談した結果、全員がおしゃぶりをくわえる。
「お前たちはもう子供じゃないから勝手に戦場に行くなよ」
炭鉱の町で生まれたペコペコは生後二週間程度だが、ミニペコペコを卒業した時点で大人の仲間入りだ。
俺の忠告に歩き出そうとしていた体勢からクルクル回転を始めて誤魔化す。おしゃぶりもいつの間にか片付けて証拠隠滅をはかった。ちょっと目を離すと遊び感覚で出かけそうだ。
頭が痛い。
「こんなんで三時間も待てるのか?」
「待てないだろうな」
この状況下で一〇分も我慢しただけで上出来だと思う。
誰が一番最初に痺れを切らすか……。
「犬の国も『迷宮化』鎮圧に参加します」
んっ? 何か聞き覚えのある声が崖の下から聞こえてきた。
犬の国に関係するメンバーは全員ここにいるよな? 家族全員で顔を見合わせる。
「たった三人で何が出来る。これは遊びじゃないんだ! さっさと帰るか『宮廷魔導師』を連れてこい」
三人? 三人も? いったい誰だ?
俺たちは慌てて崖下を見下ろす。
乗り物から下りた三人が確かにいる。
「同盟国でもないのに、いきなり出ても邪険にされるだけじゃワイ。お主は忍耐力が足りないのぅ。もっと視野を広く持つのじゃ。情けないワイ」
「ですが、師匠! 刻一刻と人が倒れているんですよ!」
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ。邪魔だから今すぐ帰れ!」
まだ前線に出向いていない親衛隊に叱られていたが、現王が「危険だからそなたたちの命を優先してくれ」と犬の国に配慮した。
「三人で何が出来るのか。見せてあげるとするかのぅ、婆さんや」
「もう若くないんですから、取りこぼしだけにしてくださいよ」
馬を引いて二人が仲良く近くの木に向かっていく。
到着するとお婆さんは爺さんに小さな薬を手渡した。
あれは特訓の時に飲んでいた一時的に能力を上げる薬……。なるほど、お婆さんの〈薬師〉が調合した物だったのか。
お婆さんは戦闘に興味はないと言わんばかりに周囲を探って草集めを始めた。
「あれはギラーフニャ!」
「特訓の成果がどれ程のものか、お手並み拝見といきましょうか」
「そうですね。戦闘には参加できませんが、その分、観戦といきましょうか」
エヴァールボもモズラも久しぶりにギラーフを見れて楽しそうだ。声が弾んでいる。
他のみんなも暇潰しには丁度いいと崖下を覗き込む。
「今『犬の国』って言ったぞ。手を出さないって約束したではないか! きちんと説明してもらおう」
カルビンの苦情が耳に響く。
高名なお方で国ではカルビンの言う事を無視する人はいなかったのだろう。自由奔放な俺たちに我慢の限界を迎えた御様子。
「あれは家族だが修行中で別行動を取っていた者だ」
「犬の国が動いたという事はリズさんと私の『魔闘大会』優勝の報せを受けたためですね」
「それでわざわざ駆けつけたのか……」
祝辞じゃなければギラーフが使者に選ばれる事はないだろう。
きっとたまたま宝石の町『コスモス』に向かう途中でモンスターの大群に出くわしたんだ。
「『魔闘大会』優勝? リッキー、前衛の国に優勝されたのか?」
「そうだ。テイールの野郎は自慢のしっぽを失って無様に気絶してたぞ。内容は一方的なもので、子供と大人の試合以上に実力差があった。それもかなり手を抜いた状態でだ。今ならわかる、あの会場にいた全員で挑んでもたった一人にすら勝てる見込みはない」
「もしかしてさっき言ってた一人で倒せるという話は事実だったのか? 狂言ではないのか?」
「あぁ。俺も火魔法でいいなら可能だが、恩人が反対する以上、今は手を出さない」
「戦闘の前に〈ガラスの刀〉を新調したかったんですが、無理でしたね」
ギラーフは刀を抜いて状態をチェックした。
犬の国の〈鍜冶師〉が手入れをしてくれたのだろう。逆に+一が取れて性能が落ちている。
海のモンスターに対して武器が錆びる事は確認済み。ガラスの装備も下がりにくいというだけで、下がらないわけじゃないようだ。
修復に使った鉱石の入手方法も気になるところだが、国のバックアップがあれば可能か……。
ウリボー君に預けている武器も取り出すが、こちらは鋼の刀が二本と短刀が一本だ。
「いいのか? 新しい武器が欲しいらしいぞ」
「もう少しだけ様子を見ましょう。一撃で殺られるような人じゃありません」
エヴァールボはすぐに代わりの刀と交換できるように、宝箱から出して準備を済ませた。不在でもきちんと用意している辺りはさすがだな。
モズラはモズラで宝箱からナイフを取り出し、一度刀身を確認する。
お前たちギラーフの事になると早いよな。
「そのナイフはいったい何だ……? 銀とも違う。見たことがないぞ」
後ろから話しかけられても、モズラは無視する。いや、聞こえていないんだ。もうギラーフしか見えていない。
「前線が決壊しました。兵士の士気が低すぎます!」
伝令が現王に報告をする。
烏合の衆は何とか耐えていたが、コアラの次にカピバラが登場してイノシシのような猛攻にとうとう防ぎきれなくなった。
親衛隊じゃないならこんなものか……。
烏合の衆が前線を維持したおかげで物資の搬入と民の避難が完了したようだ。
時は充分に稼げた気がする。
「なぁ、カルビン。このまま見ているだけなのか?」
まだ弱そうなモンスターを一〇〇体仕留めた程度。コアラの大半はアイーリスが倒している。そろそろ本当にヤバイ。
「前線が崩れた今なら――挟み撃ちに出来ると思わないか?」
「誰を?」
「現王だ。兵士は前を向いているし、国民の目は自分の事でいっぱいいっぱい。こんな機会はそうそう訪れない。奴らにとって想定外な事と言えば、犬の国の登場。特にあの御老人は何者だ? 剣を杖代わりにして前を向いているのに、城の方の警戒を怠っていない」
奴ら? 誰の事だ?
「あの爺さんは犬の国では伝説級の元軍団長殿らしいぞ」
「では、あの三人は実質、国の総戦力にも等しいという事か……。少し頭に血が上っていたようだ。『どんな時でも頭は常に冷静であれ』私の恩師がよく言っていた。今回の件で犬の国には大恩が出来てしまったな」
兵士の数が多ければいいというものではない。移動速度が遅くなるし、食糧もそれだけかかる。
そこまでを瞬時に理解して三人の援軍を素直に受け入れた。親衛隊は文句を言っていたが、現王も犬の国の三人を邪魔者扱いしていない。これが器の大きさか……。
すごいな……。
「前線の立て直しに行ってきます。師匠はこちらで待っていてください」
「頼んだワイ。ワシと婆さんはもう少し年寄りっぽく待機させてもらうワイ」
『よっこいせ』っと言いながら、近くの岩場に腰かけて、呑気にティータイムを開始した。
親衛隊の言葉じゃないが『邪魔だから今すぐ帰れ』と言いたくなる。誰もあの二人を戦力と見るものはいないな。
「ウリボー君、行こう」
ギラーフはウリボー君に股がって走っていく。合戦の中央は混雑しているので、少し時間はかかるが迂回するようだ。
上から見ていると、ギラーフの進んだ先が特にモンスターの進行を抑えきれなくなっているのがよくわかる。
わかっていてそっちに向かったな。
「ところで、奴らって……?」
「現王がいなくなって一番喜ぶ人物を考えれば自ずとわかる」
「もしかしてカーバルの奴か?」
「操り人形のカーバル……。私たちはそう呼んでいる」
「なら、カバ爺か……」
「カバ爺? そうだな、カバ爺か。奴をそう呼ぶのはそなたぐらいだ。奴が黒幕で間違いない」
あの仕事ができそうなカバ爺か。確かに証拠を掴ませないのもわかる気がする。
俺が内情を聞いている間にギラーフが戦場の右端に到着した。
ウリボー君から下りると、鋼の刀を握って目の前のカピバラを一刀両断。ここから左端を目指して戦場ごと分断するようだ。
兵士に迫るコアラに短刀を投げて仕留めると、手前にいた二体をギラーフとウリボー君で一体ずつ仕留めた。
短刀の落ちた地点に近付くと進行方向のモンスターが勝手に死ぬ。
「今何をした?」
「師匠は地面に落ちている短刀の柄頭を蹴りました……」
蹴って短刀を飛ばした? 狙ったのか?
次の目撃チャンスはすぐに訪れる。
今回は俺の目でも捉えられた。足元の短刀が浮き上がり月明かりを反射させた瞬間、それを回し蹴りで飛ばした……。
きっと足元の短刀の柄頭が手前側になかったため、蹴り上げてから飛ばしたんだ。
もちろんその間もコマのように回転して周囲のモンスターを刀で片付けている。
烏合の衆は邪魔にならないように距離を取る事で、この戦闘で初めての一息がつけたようだ。
七〇人で抑えていたモンスターの流れをたった一人と一体で抑えている。いや、押し返している。
「あの娘は……何者だ?」
俺が逆に聞きたい。刀の流れが阻害されない動きを身に付けたギラーフは触れるもの全てを切り刻む竜巻の如く戦場を掌握した。
「えっ?」
「ウーリー、どうした?」
「ギラーフさんが『もうすぐ武器が壊れるので上空から届けて欲しい』と……」
「お前よく聞こえるな……」
俺たちは崖下の声でギリギリだ。さすがウサギさん。
「って、ギラーフは俺たちの存在に気が付いていたんだな……。ノルターニ、すまんが出番だ」
丁度その時ギラーフの刀が折れて二本目の鋼の刀に持ち換えた。
「はい」
「刀の他に鋼の短刀も運んでやれ」
みんなが鋼? ってなったが、ノルターニはエヴァールボの用意した刀と宝箱に眠っている鋼の短刀を持って、少し遠回りをしながら飛んでいく。
「武器の性能が高すぎると貫通して今のような戦い方ができないんです」
「ウーリー、正解だ」
石柱君のガラスの透明槍がまさにそれ。
ギラーフは空から降ってきた刀を受け取ると、まだ使える二本目の鋼の刀をウリボー君の方へ捨てた。余分な短刀も空中で蹴って軌道を変えると同じくウリボー君に渡す。
持ち換えた刀を少し抜刀したギラーフが一瞬ギョッとして、捨てた刀を慌てて拾いに戻る。
「お前、どんな刀を作ったんだよ」
「今作れる最高の一振りですよ」
あの刀の材料が理解できた。お前、馬鹿だろ。




