カジノ
「ご主人様、起きるニャ! もう朝日が顔を出したニャ!」
朝日が顔を出したって今何時だよ。宝箱の中は無段階で明るさ調節ができるため、基本は外の光量と同じにしてある。
現在の時刻はうっすら明るくなった程度だ。
「……まだ早いだろ……」
俺はリズがはがした布団をもう一度かける。アイーリスがベットの隙間に沈んでいたので、ついでに助けてやった。
リズは大人しく布団の端で横になる……。
「目が冴えて眠れないニャ……。ご主人様はカジノが何時から開くのかわかってないニャ……」
そのセリフをそっくりそのまま返したい。
二度寝を諦めて布団から出たリズは昨日やっていた銅鉱物を削る作業を始める。俺は規則正しいゴリゴリ音を子守唄の代わりにして再び眠りにつく。
「リズ、起きろ。早くしないとカジノが閉まるぞ?」
「大変ニャ! 寝過ごしたニャ!」
『閉まる』というのはもちろん冗談だ。驚いたリズは一瞬で目を覚まして辺りを見渡す。
「もうみんな出発したから、あとは俺たち三人だけだ」
「ママは寝坊助にゃん」
「どうせならもっと早く起こして欲しいニャ……。こんな大事な日に……」
「大量の粉末を見たら、起こしにくかった」
見事に楽しんだのか、用意していた銅鉱物が全部削られていた。これは余っていた鉱石の使い道に悩んで休息日を利用して大岩さんと岩小僧に食べさせていた分。大半が鉛鉱石を食べさせていたため、残すは鉛鉱物がほとんどだ。
「今は何時ぐらいニャ?」
リズは手を合わせて水を掬う形を作ると水魔法で手の中に水を出して顔を洗う。
これだけ見ても制御レベルがとんでもない。寝起きに自分に向けて水魔法を放っているんだぞ……。恐ろしい子。
「えーっと、朝食後一時間ってところだ。飯はどうする? アンジェがオニギリを用意しておいてくれたぞ」
「食べるニャ! 朝からゴリゴリしててお腹が空いているニャ」
左手でオニギリを持って、右手は風魔法で送風を作り出す。寝癖を見つけると水、乾かすのに風。と連続で魔法を変えて身嗜みを整えた。
「お待たせしましたニャ!」
起きて、オニギリを食べて、寝癖を直すまでが三分。もちろん同時に服も着替えた。散らかった服はアイーリスが畳んだ……いや、丸めた。
「ママ、行儀が悪いにゃん。ご飯はよく噛まなくちゃダメにゃん」
「ご主人様を待たせないためニャ! これは仕方のない事ニャ! アイーリスも大人になればわかる事ニャ!」
何を真剣な顔で説明しているのか知らないが、アイーリスが奴隷になる事はないから、淑女に育てよう……。
「覚えたにゃん!」
「リズの行儀の悪さは覚えないでよろしい」
用意ができたようなので、早速宿を出発する。
「今回のお小遣いは一人一万モールずつだ」
「そんニャに?」
「メダルに変えると一〇〇枚にしかならない」
「いつものお小遣いじゃ、一〇回しか遊べないニャ?」
一ゲーム一枚ずつで換算したのか?
「一回も勝てなければそうなるな。もしかしたら一時間で無一文になっている奴も……」
そんな話をしていると、カジノに到着した。
「リアラさんが外にいるにゃん」
俺たちは駆け寄って声をかける。
「もしかしてもう破産したのか?」
「最初の五〇枚があっさりなくなったので、今は気分転換中です。メダルがなくなった者が五人以上になったら一緒に迷宮に出発しようという話し合いになっています。よろしければ、旦那様もどうぞ」
「負ける前提で誘うな」
「予約しておくニャ!」
元気よく負け宣言してるんじゃねーよ。
「資金を無限にした方が心置きなく楽しめるニャ!」
「リズさんらしいですね」
「俺もそう思う」
褒めてないが、照れるリズ。少しは気が付け。
「『資金は多い方が楽しめる』覚えたにゃん!」
余計な事ばかり覚えるな!
俺はサブ職業を〈遊び人〉に変更する。
犬の国では称号のオン・オフを切り換えて、キーリアの農作物の成長で恩恵の有無を確かめた。
あの時は周りの目が多すぎて職業の変更までには至らなかったが、この建物内では俺のテイマー職は大した意味を持たない。
やはり遊ぶ時は〈遊び人〉に限る。
クラス特性は【カジノで補正】だ。
「ご主人様が悪い子の顔をしているニャ!」
おっと。リズに表情を読まれてしまった。
「俺の顔より、カジノを楽しむぞ」
「はいニャ!」
「はいにゃん!」
「アイーリスは俺かリズの傍を離れちゃダメだぞ。怖い人に……」
誘拐はされないよな。同じ建物に二〇人近い家族がいて、妖精さんが護衛をしている。
「人に迷惑をかけちゃうかもしれないからな」
「はいにゃん!」
お金をメダルに変えてから、それぞれに配った。
「これは大金ニャ……。盗まれないか心配だニャ……」
メダルの入った容器を両手で抱えて周囲を警戒している。
「みんなが盗人に見えるニャ」
誰も一〇〇枚の人から盗まないって……。
「盗まれたら大変にゃん。ママに半分あげるにゃん!」
「ニャ! それはアイーリスのだニャ! 貰えないニャ!」
「んじゃパパにあげるにゃん!」
「それはアイーリスのだ。アイーリスも休息日を満喫しろ。もし、盗まれてもモールに戻す事はできない。必ず品物の交換所を通るはずだ。パパが犯人を見つけて懲らしめてやるぞ!」
それ以前に妖精さんが守ってくれるだろ。
「はいにゃん!」
二人が同じ体勢で周囲を警戒して歩く姿が面白い。
俺は二人から離れて他の家族の様子を伺う。
ウーリーとコーシェルが仲良くスマートボールにいる。
「調子はどうだ?」
「さっきまで負けてたんですが、急にツキが回ってきましたよ」
ウーリーが楽しそうだ。
「今日はコーシェルに久しぶりに勝てそうです。残り二球で右下の穴に入れられれば、一気に三〇枚ゲットですよ」
「昔からウーリーは何でもそつなくこなしますからね。私は師匠に弟子入りしていなかったらどうなっていたか……」
ウーリーが一球目で右下の穴を仕留めた事で、今度は五〇枚ゲットのチャンスが生まれた。
どうやらコーシェルは完敗のようだ。
俺が離れた直後にウーリーの喜ぶ声が聞こえたから、五〇枚ゲットしたかもしれない。
クラリーたち五人はところ無さげに交換所の前にいた。
「どうしたんだ?」
「炭鉱の町の子にも遊ばせてあげたいと思いまして……」
そういう事か。
「ウーリーたちが遊んでいた玉打ちなら、再現できるんじゃないか? もともと職人さんが作った物のはずだ」
〈大工〉と〈細工師〉が力を合わせれば作れない物は少ないはずだ。
「なるほど。今度近くに寄った時にプレゼントできるように研究してきます。アドバイスありがとうございます」
五人が嬉しそうに去っていったが、休息日じゃなくなりそうだな。自分の好きな事ができるという意味では正解か?
エヴァールボはスライム叩きの行動パターンを解析するためにチマチマ一枚がけ、隣に座るフローラは開始三〇分ですでに無一文。
ミーナとエリスはショーケースに入った景品の品定めに夢中。
ビエリアルは……カジノにいない。モズラの話ではメダルをそのまま景品に変えてスキルLv上げだとか……。休息日だ、好きにしろ……。
そんなモズラは未だに一度もゲームをしていないらしい。
用心深いというか、こういう場所が似合わないというか……。
キーリアは店内の植物の観察。
っと何人か家族の中には不審な行動をとっている奴がいた。
「そろそろ挽回しますか」
リアラが気分転換から戻ってきた。
「今度は何をするんだ?」
「ナイラに勝てるゲームを探してみます」
戦闘センスがあればゲームに勝てるわけではない。それでも得意不得意があるので、探せば……。
「また当てたニャ!」
「ママ、すごいにゃん!」
「五〇〇〇枚っていくらニャ?」
ん? 俺とリアラが同時にリズの不可解な発言を拾った。
二人で声の方を向くと、抱き合って喜ぶ母娘の姿。
「大金にゃん!」
「大漁ニャ!」
それ違う。あ、リズの奴。交換所で景品を見たな。
メダル五枚で魚と交換できる。
お金で考えると五〇〇モールの超高級品ではあるのだが……。
俺とリアラはリズのもとへ向かう。
「リズ、どのゲームで当てたんだ?」
「あ、ご主人様。モンスター同士が対戦するニャ! それで最後まで立っているモンスターを当てればいいだけニャ!」
だけって……。実はそれが難しいんだけど?
「リズさんの声が聞こえて来ましたよ」
ウーリーとコーシェルが近寄ってきた。
ウーリーの手にはメダルが山積みの入れ物。コーシェルは最初より増えていそうだが、ウーリーを見てからだと寂しい。
「ウーリーもするニャ? モンスターの状態を観察して調子の良さそうなのを探すニャ!」
「うーん。〈配合師〉ですけど、私には無理ですよ」
「そうなのか? できそうなのに……」
「私はテイムモンスターと対話する事で調子の良し悪しは判断できますが、さすがに歩いている動作を見ただけというのは……。リズさんの目ですね」
いつの間にか後ろにいたアンジェもウーリーに続く。
「毎日、朝昼晩の水やりでテイムモンスターを見ただけで体調がわかるようになったのでしょう。私も餌の食べた量で判断はしていますが、見ただけというのは……」
ウーリーもアンジェもお手上げらしい。
ゲームの時はモンスター名とオッズでしか判断できなかったが、ここでは競馬場のパドックのように出番前の状態をチェックできるようだ。ただ……それを見ただけで五〇〇〇枚か……。
「次は見送るニャ」
「何でだ?」
「胡散臭いニャ」
「胡散臭い? あぁ……リズが大量のメダルを手に入れたから裏工作をしているのかもな」
「私の目は誤魔化せないニャ。Bの蜘蛛が薬を服用しているニャ」
ステータス表示でモンスターをチェックすると、確かに一時的に能力を上げる薬を使っている。
「そろそろモンスターの動きも操作されそうだから、別のゲームを楽しむニャ」
リズらしくない。潔い引き際だ。
一〇〇〇枚を超えたためリズの手持ちメダルはカードに変わった。
「リズ、不正してるだろ?」
「ご、ご、ご主人様、疑うとはヒドイニャ!」
「風の便りを聞いたにゃん!」
「アイーリス、次は何のゲームにするかニャ……。ささ、急いでご主人様から離れるニャ」
リズがアイーリスの口を押さえて逃げていった。
風の便り……? 風……?
やはり妖精か?
リズがルーレットの玉の行方に白熱している隙にアイーリスに真相を確かめる。
「風の便りって妖精さんか?」
「妖精さんの力じゃないにゃん。ママは魔法で微小の風を発生させて周囲の音を拾ってるにゃん。モンスターの心臓の音まで聞いて判断してたにゃん」
不正か否かがわからない。それができるリズがすごいのか、単なるイカサマなのか。ステータス表示の方がよっぽどズルだよな。つまり〈鑑定士〉も似たような事ができるはず……。
周囲を見渡すとカジノの店員の中に〈鑑定士〉がいた。お客の中に〈鑑定士〉がいないかチェックをしていたのか。いない場合は通常モード。いる場合は裏工作か?
気が付かれなければズルをする輩は多い。
特技の一つとして見逃す事にしよう。
だが、見逃せない事が一つあった。
俺疲れてるのかな……。
「アンジェ……、どうしてペコペコがサングラスをかけて、カジノでゲームをしているんだ?」
「朝から張り切って食糧調達に行ってきてもいいか聞かれたんで、許可を出したんですが……。どうやら迷宮内でお金を稼いできたようです。報告しようか悩んだんですが、実は宿も宿舎ではなく人用の部屋に泊まっています」
「どうしてそれを止める奴がいないんだ?」
「信じがたいと思いますが、字が書けるんです」
「……」
確かに信じがたいな。
「アイーリスに字を教える時にペコペコたちも同席してたニャ。だから一〇単語ぐらいならきっと書けるニャ」
言った事は理解できる。でも、人間の言葉は喋れないから返事ができない。なら、書けばいい?
「ペコペコの胸の『みならい』って文字は誰が書いたんだ?」
リズとアンジェが顔を見合わせる。
「あれってリズさんが書いたんじゃないんですか?」
「違うニャ」
お互いがお互いに書いたと思っていた御様子。他に書きそうな奴はいないよな。
「二人じゃないとすると……ペコペコたち自身だったのか……」
不思議な文字だとは思ってた。俺たちが書くなら『見習い』でいいからだ。
「『休憩中です』は?」
「あれはさすがに私が書きました。ですが、あの文字が休憩中を表す文字であることは理解出来てそうですね」
「今日は休息日だから、人に迷惑をかけない範囲なら自由にさせてやれ。一応説明すれば理解できるはずだ」
「はい」
人間のように育てるとテイムモンスターも人間のように育つんだな……。




