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迷宮踏破の前に。(挿絵有り)  作者: サーモン
第7章 宝石商を始めます。(仮)
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〈毒針〉事件の後

 モズラの宝箱の中。

「ゴリゴリゴリ」

「ゴリゴリゴリにゃん!」

「鉱物を石で削って何か意味があるんですか?」

 習字をする時の(すずり)に固形の墨を擦り合わせている感じだ。実際には鉛製の石に鉱物なので、筋力補正も相まって少し力を入れてやるだけでいい。

「楽しいにゃん!」

 アイーリスが手を上げた拍子に、せっかく削ったカスが床に飛び散った……。あとで宝箱に手を入れて床に散らばった粉末だけを選択して採取しなくては……。

「アイーリスさんには負けますね。ゴリゴリゴリです」

 意味は二の次。クラリーはアイーリスの純粋さを真似て、楽しむ事に決めたようだ。

 削っている音を口にするとなぜかアイーリスが喜ぶので声に出している。

「私は火薬と粉末を練り合わせればいいんですよね? 錬金術でもこんな手法は載っていませんが……」

 モズラは文句を言いながら、半信半疑のまま手を黒くして一センチ台の団子を作っていく。錬金術をする際も下準備という工程は存在する。普段のモズラはスキルLvでサボっているだけだ。これはゲームに存在しない下準備なのでスキルLvでサボれない。


「ママが来たにゃん!」

 俺たちがいるのは宝箱の奥の方。入口から三〇メートルは離れている。

「ヤバイ。隠せ」

 三人で作業道具を袋に仕舞って、胡座をかいている足の下に隠した。モズラは堂々と団子作りを続けている。

「やっとご主人様を見つけ……」

 早足で駆け寄ってきたリズが止まった。

「今、何か隠したニャ……」

「銅鉱物なんて隠してないにゃん」

 おい! アイーリス。バラすなよ。

 娘の暴露で俺の方をジッと見る。

「リズもするか? 楽しいぞ?」

「仲間外れは嫌いニャ! もちろんするニャ!」

「ママ、ゴリゴリゴリにゃん!」

「ゴリゴリゴリニャ!」

 リズへのサプライズだったんだけどな……。本人にも手伝わせるとか新しい……。


 ゴリゴリ言いながら作業を続けていると突然リズが騒ぎ出す。

「そうニャ! 楽しすぎて忘れるところだったニャ!」

 えっ? これそんなに楽しいの?

「ご主人様、イルセンにはカジノがあるニャ?」

「あるな」

「休息日はあるニャ?」

「この間……あったばかりだぞ?」

 リズは破壊神に取り付かれ、休んでいなかったが……。

「今日は二人以上で組んで()()()()をしてもらう予定だ。俺たちの家族なら、仮説が間違っていて、〈毒針〉事件に巻き込まれても数分は大丈夫だろう」

 念のため宝箱には緊急時に連絡するように指示しておけば安全度は高まるはずだ。

「カジノが……」

「当然カジノの中もな!」

「ニャ! いい案ニャ! 大賛成ニャ! 急いでカジノの中の情報収集に行くニャ!」

 リズは立ち上がって俺の腕を引っ張って立たせようとする。

「待った、待った。カジノの情報収集は明日だ。本当に出歩いて大丈夫かのチェックをするのが先だろ。今日は大人しく都市の情報収集をしろ! まずはみんなの食事待ちだ。それまでゴリゴリしてろ!」

「……ゴリゴリニャ……」

「ゴリゴリゴリにゃん!」

 アイーリス……、何がそんなに楽しいのかわからんが、さっきから勢いがありすぎて溢してばかりだぞ……。


 仕事がある奴を残し、必要なら護衛にテイムモンスターを連れてそれぞれの宿から出発する。

『迷宮内の情報収集も必要だニャ』と(のたま)う猫さんには予めゲンコツという名の制裁を与えておいた。カジノで遊ぶための資金調達に行くのが見え見えだ。

 母娘のお目付け役にはアキリーナを付ける。


 俺は一人でリッキーの調べた住所を頼りに、俺にしかできない調査をする。結果は上々。カルビンの狙いが少しだけ見えてきた。奴は紛れもなく天才だ。

 ステータス表示がなければ、きっと計画を看破できなかっただろう。

 あとは家族の調査報告を待つ。


 夕方。大箱君の中。

「どうやら〈毒針〉の事件が発生後、都市は住みやすくなったようです」

「あんなに監視の目があるのにか?」

 俺はコーシェルの報告に驚いた。こんなに住みにくい都市はないと思っていたからだ。刑務所じゃないんだぞ。

「その監視の目を嫌がって犯罪が減ったそうです。それも大幅に……」

 家や路上に監視カメラが張り巡らされたのと同じか!

 確かに俺も都市に足を踏み入れた時に口に出してしまった。『こう見られていては何もできない』っと……。


「あともう一つ気になる事が……」

「なんだ?」

「入口で金貸しがいましたよね?」

「いたな……」

「あの人は一〇時間でお金を増やせない者を集めて保護しているようです」

「保護?」

「奴隷の三大原則です」

「主人は衣・食・住の責任を持たなければならないってやつか?」

「はい。一〇時間でお金を増やせない者の大半は犯罪に手を染めるか、一〇日以内に無一文で都市から逃げ出し……、山賊かモンスターの餌になるのが一般的だったようです」

「まさか、そうならないために奴隷に……?」

「はい。その上、自立できるように仕事を与えているようです。開始されたのはつい最近で〈毒針〉事件の後からだそうです」

「うそだろ……」


 コーシェルの報告が終わるとリズが立ち上がった。

「『アスガディア』に比べて『イルセン』は布の質が悪いニャ。これではご主人様人形の服が作れないニャ!」

「お前、真面目に調査する気あったのか?」

 布の質の報告をされても困るんだが……。アキリーナはリズとアイーリスには甘いんだった。きっと三人でショッピングを楽しんでいたに違いない。人選を間違えたな。

「リズさん、それじゃなくて……」

 珍しくリズの暴走でアキリーナが慌てた。報告したい内容と違ったのか……?

「布を取り扱っているおばさんの話では、カバの国から仕入れていた〈カイコの糸〉が一ヶ月以上も届いていないらしいニャ」

「えっ?」

「その〈カイコの糸〉はカバの国に隣接する迷宮の二階層のモンスタードロップらしいです」

 他の報告も俺の想像を超える内容ばかりだった。

 たった一つの共通点は『〈毒針〉事件の後から』というものだ。

 一方は栄え、一方は廃れ始めている。何が狙いなのかわからなくなってきた。


 深夜。

 俺はこっそり宝箱から出る。ここはスオレとリオーニスが用意したクラリーの実家の屋根裏だ。通路とも呼べない狭い空間を腰を屈めて小窓を目指す。

 三階への防音対策は完璧との事で、多少の音程度なら消してくれるそうだ。

「えーっと、二人の話では確か……この辺りに……」

 俺は小窓から入る月明かりを頼りに、手探りで壁を調べる。

 あった。内側のロックを外すと、壁が(ふすま)のように横に少しだけスライドし、外へ出られる。

 あとは屋根伝いに下りればいいらしい。黒いからわかりにくいが、壁にもわずかに足を引っかける窪みがある。


 宝箱内を移動できるとわかったのは、建築後。そのタイミングから無理やり足音を消す床材と壁のギミックを施したようだ。


 俺はフードを被って建物に隠れながら通行人を一人ずつチェックする。

 突然バスッと木の矢が……。違うな、木の枝が俺のすぐ横の地面に刺さった。

「こわっ」

 危険感知が機能しなかったのは、危険がないからだ……。

 俺は枝の刺さった角度から飛んできた方を予測して振り返る。

 視線の先には民家の屋根の上で女の子が小さく手を振っていた。

「もう見つかったのか……」


「驚かせてすみません。団長」

 別に団長になった覚えはこれっぽっちもない。

「俺がここにいる事は……」

「内緒ですね。恩人の不利益になるような事をするわけないですよ」

「それならいいが……」

「また忘れ物ですか?」

「また?」

「先日も狼が運んだ()()から出て、町へ来ましたよね?」

「……どうして知ってる?」

「内緒にしますから大丈夫ですよ」

 この子はどこまで俺たちの秘密に気が付いているんだ?

「そんな怖い顔しなくてもいいですよ。それで今日は何の用ですか?」

「すまん。今日は人探しだ」

「人探し? どなたですか?」

「カルビンという女性を極秘で探している」

「カルビンさんですか……。ちょっと待ってくださいね。今検索してみます」

「検索?」

「〈斥候〉という職業はご存知ですか?」

「あぁ、もちろん知ってる。ケーレルがそうだ」

「モンスター名の他にも実は人名もわかるんですよ。普段は迷子の捜索の際にしか使われないスキルですが……」

 それで俺の存在にいち早く気が付けたのか。山賊の襲撃のおりも、的確に人員を配置できたのもこの子の情報があったからだな。

 戦闘能力が低い職業でも後衛の位置から狙ったところに矢を飛ばせる腕前があれば足手まといにはならない。それどころか必ず先手が取れる職業で弓とか相性が良すぎるだろ。

「名前のみで広範囲検索をしてみましたが、残念ながらカルビンという名前はこの町にはいませんね」

「俺の予想は外れたか……」

 やはり迷宮都市で会ったなら、迷宮都市にいるはずだよな……。こんな田舎町にいるわけないか。

「どんな方なんですか?」

「実はな……」

 隣の都市で起こっている〈毒針〉事件の概要を説明する。


「そうすると、迷宮内に留まっている可能性がありますね」

「迷宮内ではわからないのか?」

「範囲が膨大になりますから、同じ階層にいれば探せない事はないですが……。時間を変えて……あっ、誰か来ます。宝箱はこちらで()の場所へ戻しておきます」

『誰にも気が付かれたくないんですよね? 急いで下さい』と小声で続けた。

「すまん。内側の鍵は後で施錠しておく。見つけたら、壁を二回ノックしてくれ。くれぐれも接触はするなよ」

「わかりました。二回ですね」

 バタバタしたが、これで炭鉱の町の捜索は終了だ。

『アスガディア』を一人で探し回るには広すぎる……。


 奴が姿を現さないなら、自分から姿を現すように誘い出せばいいな……。

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