いつも通りにゃん!
リッキーは長椅子に座り、自分の肩を揉んで呟く。
「久しぶりに魔法を使ったら疲れたな」
俺は魔法職じゃないから、魔法を撃つと疲れるのかどうかは知らない。ただし、リズは魔法を撃つとテンションが上がる事はわかっている。
「まさかペコペコに対戦で負ける日が訪れようとは……」
「勝敗はあってないようなもんだろ?」
「お前は本当にわかってないな。『宮廷魔導師』が負けるって事はだな、国王の命が危険に晒されるって事なんだぞ。例え練習試合でも国の威信を背負ってるんだ――っと昔の俺なら激怒していたかもな……」
今はそんなにも尽くしたキツネの国に捨てられてここにいる。人生何が起きるかわからない。
町の酒場の情報では、リッキーの所在は不明。
何らかの手段を使って、すでに町を出た説が有力とのこと。
迷宮の隅に座らせている捕虜をそれぞれ見渡してから確認する。
「奴らは白状しそうか?」
こちらは例の場所で大規模な戦闘が行われた形跡はあるものの、遺体や怪我人は見当たらず、やむなく〈人殺し〉の職業になった者がいないか、守備隊が捜索しているそうだ。
時間があれば血や水も片付けて証拠を隠せたのに……。
「いや、難しいだろうな。俺はもともと拷問が専門じゃねー」
殺し屋から依頼主を聞き出せても俺たちの利益になるような事は少ないだろう。リッキーの事はリッキーに任せる。
「なら、急ぎで別の任務を頼む」
「今度はなんだよ」
「キツネの国がカバの国に攻めるんだったよな? その侵攻を止めてくれ」
「そんなの一人で出来るわけないだろ。『宮廷魔導師』だったとはいえ、接近されれば終わりだ」
「護衛に『みならい』ペコペコを付けてやる」
「アイツか……確かに実力は認めるが、国の戦力を相手にする程じゃねー。俺たち二人だけじゃ犬死にも等しいぞ」
「誰も追い返せとは言ってない。話し合いをしてだな……」
「フン! それこそ無理だ。お宝を前にした山賊に『手を出すな』と言ってるようなものだぞ。馬鹿馬鹿しい」
別にカバの国から接待されたから助けたいわけじゃない。戦争は悲しみしか生まない。
「キツネの国の内情をよく知るリッキーで無理なら奇襲でも仕掛けて足止めをするしかないか……」
「お前、本気で国と戦うつもりか? バレたら侵略戦争だぞ?」
「わかってるが、このままじゃカバとキツネの全面戦争になるだろ。どうにか回避する方法を……ん?」
俺の隣ではリズの膝の上で冷たいミントティーを飲みながら上を向いている少女がいた。
「アイーリスはさっきから何を真剣に見ているんだ? おかわりが欲しいのか?」
アンジェはペコペコ部隊を引き連れて手の空いている者と一緒に食糧調達に向かった。そのためドリンクのおかわりはない。
「ママの首元が寂しいにゃん! 私のペンダントを貸してあげるにゃん」
言われて首元を触ったリズがすぐに返事をする。
「ありがとニャ! アイーリスは優しいニャ」
町の入口の検問で騒ぎになってから、アイーリスはずっとポケットに仕舞っていた。
それをグーで握ってパッと離す。
リズの手にペンダントが……。
「ムムム……これは難敵ニャ……」
グチャグチャにチェーンが絡まっている。
もうペンダントじゃなくて、丸い塊だ。子供のポケットの中だからな。悪気はない。
「貸してみろ。解いてやる」
「お願いしますニャ」
俺は知恵の輪が得意だった。これぐらい朝飯前だ。
「ほら、できたぞ。ジャーン!」
チェーンの端と端を持って、広げる。
「なぁ……その首飾り――いつ、どこで手に入れたんだ?」
「これか? これは確か……一〇日ぐらい前に『アンダリオン』と『アスガディア』の道中で人助けをして、そのお礼にもらったらしいぞ」
「一〇日ぐらい前……? 人助け……?」
「ゴブリンに襲われていた人を助けたにゃん!」
「そんなことで……。いや、待てよ。もしかして普通の倒し方じゃなかったんじゃないのか?」
リッキーはリズとアイーリスを交互に見比べる。
『ママ』と呼んでいたのは関係ない。母娘がうり二つだから、疑いようもなく親子だ。
「亀さんでシュタッと地上に降りて、水弾と魔法で倒したにゃん!」
いきなり亀が空から登場して、三メートル級の水弾と妖精魔法でゴブリンを一掃したのか……。可哀想なゴブリンたち……。
「亀……さん?」
リッキーの呟きを余所に、アイーリスが続ける。
「いつも通りにゃん!」
普通の倒し方じゃねーよ!
俺はリッキーに小さく首を振る。
「この首飾りについて、何か知っているのか?」
テーブルの真ん中に置いて聞く。
特別すごい装飾があるわけではない。
「そうか、そうか。そう言う事か。やっと全ての辻褄があった。そのおチビちゃんのお手柄だ。この首飾りさえあれば、きっとキツネの国を止められるぞ」
「本当か?」
「あぁ……」
テーブルに置かれた首飾りを持ち上げて説明する。
「これは生前のカルビンが持っていた物だ。よく『いつか才能ある逸材に出会えたなら渡したい』と言っていた。でも弟子が大会に出場していたが、認めていなかったとみえて、渡してはいなかった」
「別の物と勘違いしてないか?」
「いや、それはないな。この首飾りは世界に一つしかない。チェーンの三つ目に傷があるのがその証拠だ。つまり、カルビンは今もまだ生きている」
「待ってくれ。カルビンは〈毒針〉で死んだんだろ?」
「あぁ、カルビンが率いていた迷宮探索チームが発見したと聞いている」
「聞いている?」
「他国の事なんだ仕方ないだろ。それにカバの国は犯人に懸賞金をかけて処刑した。葬儀まであげられちゃカルビンの死は本来、疑いようがないだろ。だが、相手はあのカルビンだ。万が一って事もある……」
テーブルにあった自分のミントティーを一気に飲み干して続ける。
「そこでキツネの国は大会の出場選手で情報の真偽を確かめた。だからキツネの国はカバの国に攻め込むんだ」
もしこれが計略の一環だとするなら、大した策士だ。
「カルビンが本当に生きていれば、キツネの国は――負ける……」
そこまでの人物……。
「〈毒針〉の真犯人があのカルビンなら、〈毒針〉事件は全て偽装の可能性もある。全員どこかに移住して生活しているのかもしれん」
「遺体を確認していないのか?」
「身内をジロジロ見られるのに、晒す家族がいると思うか?」
家の中に押し入って警察みたいな捜査ができるはずがない。
残される家族にお金を渡して口裏を合わせてもらえば、あとは内緒で町から逃がすだけで死んだ事にできる?
「でも、町中で死んでいた者も確かにいた。それは目撃情報がある」
ここまでの話が事実だとすると、魔法職ばかり集めて何を企んでいるんだ?
「前に言ってた〈毒針〉調達班は奴隷じゃなかったか?」
「大半が奴隷だった」
「カルビンが集めた山賊かもしれんな。そうすると町中で偽装された死体はその一部か……。やられたな……」
アイーリスはまだ内緒ができない。迷宮都市へ移動する途中に聞いた『忍び』という単語。
あれは『お忍び』の事だったのか? お忍びは身分がある者や有名人しか使わない。だとすると、あの者もそれに該当する事になる。リッキーの話は正しそうだ。
カルビンは『アスガディア』にいる!
いや、待て……。奴はもう『アスガディア』を離れている。
顔は確認していないが、まさかあの噂の張本人がカルビンだったのか? 確かめる価値がありそうだな。
「わかった。俺たちはこれから『イルセン』に入る。今の仮説が正しいかどうか調べてこよう。リッキーには頃合いをみて動いてもらうぞ」
「やっと楽しくなってきたな。あのカルビンに一泡吹かせられるぜ!」
リッキーの目が新しいオモチャを与えられた子供のような目をしている。
残念だが世の中には死んでなお、恐れられた軍師がいたんだぞ……。




