酔っ払い運転
門まで来るとあの下っ端貴族の姿があった。
〈毒針〉の件がリッキーの狂言だったため、調査は振り出しか? 部下に働かせて本人は暇そうに剣の手入れをしている。傷や埃が付いていないか、チェックして満足そうだ。使われる事がないのに、御苦労様です。
それとも、もうすぐ目の前を通るから、また何か言われるのか?
隣に立っていた側近らしき男が町を出ようとするこちらの馬車に気が付き、下っ端貴族に声をかけた。面臭そうに顔を上げる辺り、やっぱりいけ好かない。
アキリーナが御者席の俺とリズの間から小さく顔を出して手を振ると、慌てて立ち上がった下っ端貴族が側近をはね除けて頭を下げた。
「大会優勝おめでとうございます!」
来た時とは雲泥の差だ。
馬車が下っ端貴族の前を素通りする。顔を覚えてもらう事が目的ではないのか、俺たちが通過するまで顔を上げる事はなかった。角が立たないように頭を下げただけだ。悪い方で印象に残っているから、これぐらいじゃ挽回できないぞ。
「カバの国が犬の国に接触したのは情報として耳に入っているのでしょう。それも犬の国が出向いたのではなく、カバの国が接待するという形で……。噂が収まるまで、貴族は近寄ってきませんよ」
それで悪い事ばかりじゃないって言ったのか。
「嫌々でも出席して良かった。同じ穴の狢にも会えたし。カーバルとなら手を組んでもいい」
「外交はお嫌いでは……?」
「嫌いだ」
別に同盟を結ぶわけじゃない。
何かあった時には優先的に協力してもいいと思っただけだ。
門を出てすぐ。
『もう出発されるんですね』
ケーレルから大箱君に連絡だ。
リズのジャンピング着席を目撃していたのか? 全く気配に気が付かなかった。
『逃がした男は町中を転々と移動した挙げ句、国とは連絡を取りませんでした』
絶対にリッキーの始末の失敗で何かアクションがあると思っていたのだが……。
『ですが、尾行を警戒して後ろを振り返るせいか、たまに人とぶつかりながら歩いていたので、怪しく思え、その相手にマーカーを付けてチェックしていたところ。服装が違う同じ人物と三回も衝突していました。もしかするとその時にメモを渡していた可能性がありますね。これから各国の滞在場所を一つずつ回りますが、リッキーには教えますか?』
「緊急連絡『ケーレル宝箱』リッキーには教えなくていい。その方が捕虜が自白した際にチェックができる。国はキツネ、トカゲ、ヘビ、カバの四ヶ国から回ると早いかもしれん」
『わかりました。そうします』
俺たちの会話を黙って聞いていたリズが声をかけてくる。
「逃げた男は捕まえなくていいのニャ?」
「これ以上雑兵を捕らえても、仕方ないからな。それにリッキーとの繋がりがバレようが、ちょっかいを出してくるような国はいないだろう」
一時間後。通常よりも移動速度が速いので馬であれば二時間ほどだろうか。充分に町から離れた頃。
「段々、前を走る馬車が少なくなってきたな」
大会が終わってから町を出発した馬車を次々にごぼう抜きにしてきた。貴族を乗せた馬車は護衛が常に見える位置で周囲を警戒し、馬車は三台以上。
私兵の装備品と馬車の台数を見るだけで貴族かそうでないかがわかるようになってきた。
「どうやら、旦那様の予想は外れたようですね」
「外れた……?」
リアラが馬車の中で立ち上がり、前方を見ている。
鼻をクンクンさせ『におい』で探知したようだ。
「人の臭いがします。左右の茂みに一〇人ずつってところでしょうか……。それと道路から微かに火薬の臭いがするので、地面に撒いているようです」
「狼ちゃんが臭いを嫌がって止まっちゃったニャ……」
「馬なら気が付かずにトラップを進んだと思いますが、狼ちゃんですからね」
リアラは自分の鼻をチョンチョン触って誇らしげだ。狼ちゃんもリアラと一緒で鼻がいい。
トラップを事前に回避して安心していると、馬車の周辺に土を丸くしたような玉が飛ぶ。地面に落ち破裂して粉になった。
なんだ? 火薬の位置まで移動しなかったから追加で撒いたのか?
「なんだか酔っぱらったみたいだニャ……」
もうスヤスヤ寝息を立てている。
「これはまずいです、ヒック。マタタビです」
えー。リズだけならわかるが、リアラまで泥酔状態になって倒れた。これがマタタビ効果? 狼ちゃんは必死に顔を振って耐えている。進めば火薬、留まればマタタビ。反転しようにも左右の森の中には敵だらけ……。
立っていられなくなり、とうとう狼ちゃんが伏せ状態になった。
「対人戦闘慣れしてますね。リズさんとリアラさんを同時に潰しに来ました。『王命です。敵を排除しなさい!』」
王命? 何それ? 王族だから……?
「王を守るためなら相手を殺しても殺人にはならないんですよ」
アキリーナが立ち上がりながら教えてくれた。
それもそうか……。戦争の時に人を殺して〈人殺し〉に職業が変化していたら戦えない。
クイーンのクラス特性『発言に重み付与』とは責任は私が持つという意味か。
王族には違いないから、アキリーナもそれに近いものが使える。戦争のような大規模な指示ができるかは知らないが、これで襲われる前から先手が打てるようだ。
「ちょうどいいですね。私たち家族はリズさんとリアラさんだけじゃない事を教えてあげましょうか……」
俺の家族は前衛主体だからな。
「取り逃がしてもいい、可能な限り殺すなよ。緊急連絡『ケーレル宝箱』襲われている。マーカーを付けに来てくれ」
「息が苦しいにゃん……」
俺の方に震える手を伸ばしながら言う。
赤ちゃんにマタタビは毒そうだ。
「ごめんな。今は介抱してる時間がない」
急いで大箱君に入れてやる。
まだ大箱君にいたモズラが異変に気が付いて顔を出す。
「何かあったんですか?」
「襲われる一歩手前で止まっている」
「なるほど……」
馬車の中で酔っぱらっているリズとリアラを一瞥して大箱君に戻っていった。
それだけ?
接点がないようにするって決めたばかりだけどさ……。
奴隷じゃなくなったら冷たくなった?
愚痴を零そうとすると、ウーリー宝箱から仲間が登場。
向こうで人選をしてくれていたようだ。疑って悪かった。
・パンダ様(銀竹槍)Lv四二
・大サソリさん(ガラスの大球)Lv四二
・大岩さん(金モード)Lv四〇
・ゴーレム先生(銀ランス、銀盾、銀鎧)Lv四三
・石柱君(ガラスの透明槍)Lv三八
モズラさん。国と一戦やる気ですか?
装備が全体的に新調されている。
違う意味で愚痴が零れそう。既の所でなんとか飲み込めた。
「ゴーレムちゃんは、馬車の定員オーバーで待機ですかね?」
物理的な問題で人数制限がかかるのか……。
「いつも通りで行くなら、ゴーレム先生を借りますね」
「あぁ、先に行って暴れてこい」
コーシェルは後ろの出口からゴーレム先生を連れて出ていった。
矢が何本か飛んできたようだが、納刀したままで叩き落としていく。
ゴーレム先生は避ける意味がないのか、当たっても気にしていない。お前たち、すげぇーな。
俺も出陣するか……。
「フニャフニャでもいいから、馬車が壊されないように氷壁だけ頼むぞ」
リアラの顔をペチペチ叩いて、声をかけた。
酔っているせいで、目がトロンッとしている。
「ト、トンネル型に……しま……すね」
声がかすれて妙にエロい。
馬車の後ろから天に向けて魔法を放つ。確かに出入口がある形の方が助かるわ。
展開された壁は見るからに薄いところと厚いところがある。
それに真っ直ぐじゃなく蛇行。魔法が酔っ払い運転だ!
俺がトンネルの前方から出ると、充分に練り上げた火弾が五発飛んできた。
「やばっ!」
話し合っている間ずっと練れたよな……。それに出現ポイントが二ヶ所しかない。そりゃ矢を防がれた後だと魔法で総攻撃するか……。
呑気に顔を出して初手から失敗した。
後ろに下がろうにもパンダ様がいて、下がれない。
五発が時間差少なく着弾する。
左側の魔法は盾で防ぎ、右は腕で顔をガード。
「ま、こんなもんか……」
HPが一〇ぐらい減った。お湯をかぶったよりも温い。犬の国の気候の方がキツいぐらいだ。
リズの魔法で試すのは躊躇われた事がある。
【フェアリーの友達(火耐性(中))】
【魔法使いの大家族(魔法耐性上昇(大))】
の二つをオンにしていると、火の魔法をほぼ食らわないんじゃないかと予想していた……。
無効ではなく、耐性であるため、HPが減ったと思われる。
魔法の飛んできた先を睨むと、ガサガサ音を立てて移動を始めた。俺も化物認定されちゃったかな?
「左右から狙われているから、大サソリさんと石柱君は左を、俺とパンダ様が右に行く。大岩さんはアキリーナの護衛だ。どうせ戦うと言って、出陣するだろうからな!」
まず、大サソリさんと石柱君を左の森の中に投げる。
大岩さんは溝にはまったら身動きが取れないハンデがあるから仕方ない。
さてと、魔法以外には無効レベルの耐性がないため、敵が怯んでいるうちに右の森の中へ。
草木を踏みつけて進む。急に視界が赤くなるとヒュンッと目の前を矢が通過した。危ない、いきなり頭狙いか。
「左から飛んできたから、そっちに向かうぞ!」
チラッと馬車の方を見ると、やはりアキリーナが出てきていた。
遠距離火力が不在と言うのは苦しい。
手頃な石を拾ってノックの要領で石を飛ばしたいが、パンダ様の筋力と銀竹槍では打った瞬間に粉々だ。
『全員のマーカーを付け終わりました』
御苦労様!
正面に弓を構えた女がいた。さっきの矢はあいつか。
家族と比べるとかなりビジュアルが落ちるな。
射る瞬間を見極めながらパンダ様と並走。
視界が赤くなった! 右へ一歩避ける。
先程までいた場所を矢が通った。
【ハリネズミ族の友(危険感知)】様々。
贅沢を言うなら、もっと早く報せてくれてもいいです。
今度は視界が赤くならずに矢が飛んできた。どうやら、右後ろ方向から。
鎧に当たって、鎧が勝った。なるほど、危険じゃなかったのか……。だから、魔法の時は反応しなかった。つまり、さすがに頭に矢が刺さると危険だと言うことだ。
「まずは一人目!」
剣で武器破壊。咄嗟に弓を横にして、剣を防ごうとしたが、ガラスの剣の切れ味を一瞬すら止める事はできなかった。
「邪魔だから足でも折っておくか……」
剣で斬ると、切断してしまうから、これが情けだ。
パンダ様が軽く左足に銀竹槍を叩き込む。
ボキッと鈍い音がした。
「自害せずに生き残っていたら、あとで回復してやる。次に行くぞ」
『旦那様は甘いですね』
どうやら、宝箱にお願いしてこちらの音声を盗み聞き中かな?
「次はどこの敵が近い?」
走りながらケーレルに確認する。
なぜか笑いながら返事をされた。
『もう大半が散ってますよ』
「どうしてだ?」
『きっとゴーレム先生の装備ですね』
「ゴーレム先生の?」
『銀製の鎧は魔法が弱点のゴーレム向きの装備なようです。魔力を吸収する特性があるため、ダメージを食らう前に鎧が魔法を吸収。その結果、攻防、魔防、両方に優れた鉄壁なモンスターに生まれ変わってますね。もちろんコーシェルさんもドンドン敵の数を減らしていますが……』
俺たち今、やっと一人だよ?
ケーレルの推察が終わると、今度は大きな音を上げて道路が爆発。すぐに大量の水で消火された。
えっ? 水の量から考えて、こんな芸当ができるのは世界で一人しかいない。でも、その子は酔っぱらって熟睡中のはず……。
「何があった?」
『リズさんが火薬の除去と消火をしただけです』
「リズは寝ているんじゃ?」
『そちらはフローラさんがマタタビを浄化して全員復活しました。アイーリスさんも元気です。目撃されないように人が散るまで周囲のマタタビを浄化出来なかったので、遅れただけです』
「了解」
捕虜を拾いに戻ると、胸に矢が刺さっていた。自害ではなく、口封じの類いだろう。骨折を瞬時に治すには中級職の魔法が必要だ。よくわからない奇襲に国の医療班は導入できなかったらしい。手を合わせてから馬車に帰宅。
「怪我をすると尋問されないように、他の者が命を奪って、徹底していましたね」
「リッキーの手口とは少し違ったな」
「そうですね。頭を的確に狙える矢は危険です」
別の勢力か、それとも本物さんの登場だったのか。
どちらにしろ。魔法を使える以上、山賊ではないそうだ。
我々にはリズとリアラを封じる術がある。邪魔をするなら今度は容赦しないぞっと警告しに来た感じか?




