みならい
徹夜明けのリアラが寝ると、みんなが順番に起き出してきた。
俺とリズ以外はリアラの大会出場を知っていたらしい。『サプライズのために内緒』と言われれば、誰も俺らに教える者はいなくなる。エヴァールボ談より。
あれを仕組んだのはお前だったのか……。手口が巧妙かつ、大胆だ。
優勝は予想通りだったのか、驚く者はいなかった。しかし、同居人の追加に関しては少なからず動揺が走る。
その空気を一番最初に吹き飛ばしたのはアンジェの言葉。
「捕虜を含めると食事は四人前多くなりますね」
なぜか嬉しそうなアンジェに敵わないと笑いが漏れ出す。旅の前は三倍ぐらい平気で作っていた。今の人数では物足りないのかもしれない。テイムモンスター用の食事は作り置きや家族の残り物をそのまま与えていたりするので、毎回作っているわけではない。
「憎い相手だからこそ、嫌な仕事を押し付けられますよ?」
エヴァールボがみんなの心理状態を読み取って、落とし所を作った。
「今はそれでいい」
俺たちが表だとすると、リッキーは裏だ。一緒に出歩くことは基本的にない。
三〇分後、遅すぎる朝食にする。
「徹夜明けの家族が起きてきたから飯にするけど、お前も食うか?」
リッキーは長椅子に座っていい手を考えていた。
単細胞かと思っていたが、違ったのか?
「……徹夜明け?」
「昨日までリズは〈魔法使い〉だったんだよ」
「リズってあの猫だよな? 確か竜巻を撃ったのも……。でも、あれはもっと前だぞ?」
普通に考えれば〈魔導師〉が撃てないのに〈魔法使い〉が撃てるはずがない。時系列に矛盾が生じて怪しんでいる。
「竜巻は〈魔法使い〉の頃に撃ったからな」
「あれを〈魔法使い〉で……」
これ以上詮索されるのは嫌なので、さっさと話題を変更。
「ほら、冷める前に腹に入れるぞ」
スオレとリオーニスに木製のテーブルを作ってもらい、運び込んだ。仕舞うスペースは山ほどあるので、折り畳み式じゃない。八人用で長椅子の相方。
続けて宝箱に手を入れ、ご飯を並べていく。手品のようにポンポン出現。
迷宮の一室がダイニングのようになってきた。
「すまん。大会の後から何も口にしてなかったんだ」
朝と夜しか食べないとは言っても、小腹は空く。
普通は三時のおやつではないが、間で何かをつまむもの。
まずは湯気を出しているカニ汁を一口飲んだ。
「これうまいな……」
老若男女問わず、大好評。うちの定番スープです。
元『宮廷魔導師』も大絶賛!
時間がある時にゆっくり取った濃厚カニの出汁を即席のカニ汁に混ぜて深みを出している。
時間停止するのだから、即席の意味がわからないが、また余計な事になりそうなので何も言わない。
感想を口にするとすぐに二口目。
「はい、どうぞ。おかわりはまだありますからね」
アンジェがわざわざ付いてきて、追加で器を運んできた。実際に食器を持っているのはペコペコだ。
コック帽子に白い前掛けをして、両羽でトレーを当たり前のように持っている。自分を鳥族の獣人だと思い込んでいるに違いない。
突っ込みどころはまだまだある。その服装はどこで入荷したんだ……? 気になってよく見ると、帽子は紙、前掛けは長袖を巻いて誤魔化しているだけだった。
どうやら清潔感を出しつつ、給仕を手伝ってくれるらしい。
胸にきちんと黒ペンで『みならい』と書いてある。
芸が細かい。
「あの三人はどうやって食べさせますか?」
捕虜の話はしていたが、まさか三ヶ所に分散しているとは思っていなかったようだ。
「そうだな。一度縄を解くか……」
家族に『あーん』をさせるよりはいいだろ。
「お前は馬鹿か? そんな事をしたら自殺されるぞ」
アンジェがリッキーを睨んでから、リッキーの食事をトレーごと取り上げた。
「旦那様に失礼な発言をする人は食事抜きです!」
「あ、今のは……その……すまない」
「次から気を付けてくださいよ!」
トレーをテーブルの上に戻しながら言う。
強気のリッキーがアンジェにはたじたじだ。胃袋を掴まれると弱いな……。
胃袋……?
「やっぱり、一度縄を解くぞ。リズ、土魔法で出入口を全部塞いでくれ」
左手で器を持ち、必死のフーフーしながら、右手で手の向きを変えて魔法を飛ばしていく。
「この猫……。テイール戦で手を抜いてやがったのか……」
どこを見てそう判断したのか全くわからない。きっと魔法職のみの世界観があるのだろう。
素人には土嚢を積み上げるように石の壁を積み上げているようにしか見えない。階段も四角い壁で覆った。
「一応竜巻を撃つレベルだからな……」
片手間でネズミ一匹通さない壁が完成。
「あぁ、そうだった。どうも見た目とのギャップが……」
「熱いニャ!」
スープを涙目で飲んでいる姿が全てを台無しにしている。
コーシェルが縄を解き、アンジェが一人ずつスープを渡す。トレーのスープが移動するたびにペコペコの視線が顔ごと追尾。『まて』の何倍も難易度が高いから仕方ない。よく食べずに我慢をしているよ。
なぜかみんなアンジェに「ありがとう」と言ってから、静かに飲み始めた。
押してもダメなら引いてみろか……。
取調室のカツ丼作戦とも言うが……。
落ちる日も近いな。
「扉がノックされて、アキリーナ宝箱から来客の知らせがきてますよ」
やり取りを眺めていると、突然宝箱からモズラの声が聞こえてきた。
宿の入口を通らずに不在になる事が多々あるので、各部屋に何かあった時は部屋に残っている宝箱から大箱君に連絡がくる。
宝箱は喋らないため、合図は目覚まし時計のように『ジリリリリ』ッと効果音が流れる仕組みだ。俺としては来客の場合『ジリリリリ』よりも『ピンポーン』の方がイメージに合っているのだが、世界が『ピンポーン』を欲していない。
「何だろうな。俺もちょっと行ってくる。コーシェルはアキリーナの護衛だ」
部屋割りは町に進入した時のまま変えていない。今は大人しい捕虜よりも王族を一人歩かせない方が重要。
残っているスープを一気に掻き込んで、宝箱に向かうとリズが騒ぎ出した。
「私も行くニャ! アチッ!」
慌てて飲み干そうとして、口の中を火傷したようだ。
「いい事を考えたニャ!」
器に指を近づけて、液体に風魔法を当てて渦を作る。
溢れないように出力調整をして、粗熱を吹き飛ばした。
行儀が悪いし、用途はアレだが、水に続き風も微小で放てるらしい。
そんなリズの魔法を見て、リッキーがガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、他の人が大して驚いていないのを確認すると、そのまま静かに座った。
本人は早く冷ますために魔法を開発しただけなのに、騒がしい奴め。
この場にリアラがいなくて良かった気もする。
ペコペコの『ヨッ!』の反響が大きく。出番を少し増やしました。




