その数秒が欲しかったんだ
もともと招待選手の誰かが勝つ予定だったのか、表彰式の類いはなかったが、会場を出るとお祭り騒ぎになっていた。
『リズール』と『リアラ』コールがすごい。
「どうして私の名前を知っているニャ!」
一気に緊張して周囲の視線を気にしている。だが、誰もリズの方を向いて歓声を上げている者はいない。
「きっとみんな『リズール』が誰かはわかっていないんじゃないかな……?」
それでも一度意識してしまうと、しっぽの先までガチガチに緊張して一回戦目よりも酷い有り様。二回戦目以降は自然体で戦えていたのに……。
集団の視線の先を追うと、入口横のボードに向かっており、そこにはトーナメント表の結果が張り出されていた。
入場制限がかかり、町の住民は入ることができなかったけど、ここで勝敗の行方を確認することができたようだ。
国が新しい人材を見つけるための催しではあったが、新人出場選手は貴族以下の一般人。
町民の注目度がすごい。中でも、今回は過去に例のない新人の優勝だ。盛り上がらないはずがない。
残念ながら集団の輪に家族の姿はなかった。徹夜明けで今頃はまだ夢の中だろう。試合観戦組は先に寝たから起きていられるが、正直夜通しの戦闘はキツい。
「不穏な会話をしている集団がいますね」
「不穏な会話……?」
「あちらです」
リアラが目配せをした先には周りの盛り上がりとは真逆で、沈んでいる者たちの集まりがあった。数はおよそ三〇。
足元にはチケットのような物が散らばっている。
競馬のテレビ中継で見た記憶が……。あれは誰が勝つかを賭けていたに違いない。
賭博をしたいなら、迷宮都市『イルセン』に行けよ……。
出入口は一ヶ所だけじゃないため、身分の高い貴族たちは町民でごった返している正面は避けたようだ。従って俺たちの顔を知る者はいない。
目立っても良いことがないので、そそくさと宿屋へ向かう。結局貴族を遠ざける肩書きがあっても、何一つ変わらないんだな。
人混みから抜け出すと、リズが声をかけてくる。
「リッキーが狙われているニャ……」
なるほど。酒場で『竜巻のリッキー』の噂を聞いて、一攫千金を夢見た奴が、大金を注ぎ込んだな……。
竜巻を撃てるほどの人物なら簡単に優勝をする。現にリズは竜巻を披露していないとはいえ、優勝をした。
「早く手を打たないと危険ですね」
さっきあった集団が二人組、三人組に分かれて散っていく。話ぶりからリッキーを探すのだろう。
リズの目には『今度は助けたい』という強い意志があった。
「でも、リッキーは元『宮廷魔導師』で中級職だぞ? 狙って簡単に恨みを晴らせる相手じゃ……」
「退場するゲートで武器と防具をキツネ族の人に渡していたニャ」
魔法の使えない〈魔導師〉か。
そうすると武器を持たない〈村人〉のHPが多い版だな。
「リッキーの居場所がわからなければ、救いようもないだろ……」
「そうですね。確実に守るなら先に見つけなければなりません」
「緊急連絡『ケーレル宝箱』。すまないけど、リッキーを探すのを手伝ってくれ」
ケーレルには接点があった重要人物にマーカーを付けてもらっている。リッキーは大会前に酒場にいたので簡単にマーカーが付けられた。
「リッキーなら路地裏をコソコソ移動して、町を出ようとしています。何かから逃げているような動きです」
ケーレルの探知機に反応したという事は、宿側の出口。迷宮都市『ミルシオン』にでも逃げるつもりなのか?
町民だけではなく、キツネの国からも狙われていた?
大会が始まれば、こうなる事はわかっていたはずなのに、馬鹿な男だ。いや、リアラ程の実力者が相手じゃなければ決勝までは行けていたか……。他がパッとしなかったから、きっとテイールとリッキーの優勝争いだっただろう。
決勝まで進められれば体面は保たれる。
「詳しい場所を聞きながら移動をしましょうか」
俺たちはケーレルのナビを聞いて、リッキーのもとへ足早に向かう。
俺たちが走り出してから五分。宿を出発したケーレルと合流する。
「本当にリッキーを助けるんですか?」
「ケーレルは大会を見ていなかったからな……。あいつは王族関係者が見ている前で全ての嘘を認めて謝罪をしたんだ」
リズの罵倒に関しては事実だけど、謝ってもらっていない。
「心を入れ換えたなら助けるニャ!」
「わかりました。緊急連絡『ビエリアル宝箱』。ビエリアルさん待機をお願いします。ピンポイントですが、出番がありそうです」
「そんなに危険な状況なのか?」
「このまま走っても、我々よりも先に接触してしまう集団がいますね」
「宿屋からダッシュしたかったけど、周りの目があったからな……」
その場に宝箱だけを残すわけにもいかなかったし、仕方がない。
「これも全部あのペコペコ集団のせいだ。あいつらはいったい何者だったんだ……? 馬を潰す覚悟で走らせたのに、全く追い付けなかった」
男は肩で息をしつつも周囲の警戒は怠らない。
「この町に向かったはずなのに、ペコペコが町に進入した記録はないし、誰にも目撃されていない。この辺りにも馬車では通れない獣道が存在していたのかよ……。クソッ」
足を殴って怒りをぶつけた。
「それにあの氷女め、邪魔しやがって。奴らを炙り出すための作戦も俺の積み上げてきた信頼も全てがパーになっちまったぜ……」
「いたぞ! こっちだ!」
「チッ! はさまれたか……」
「情報通り杖を持ってない。今のうちに口封じをしろ!」
尚も指示が飛ぶ。
「蘇生できないように、死ぬ前にアクセサリーを装備させろよ」
「俺の命もここで終わりか……」
その時、空から一本の杖が落ちてくる。
「いや、待て。杖が降ってきた。近くに仲間がいるぞ」
「フンッ! 運は俺に味方したようだな。死ねや!」
リッキーは空かさず杖を拾うと、魔力を練り上げた。
その数秒が欲しかったんだ。
「残念だけど、そうはさせないニャ!」
リズはリッキーと集団の後方に躍り出て、地面に当てるように水流を発生させた。路地に小さな川が出来る。みんな道幅いっぱいの水に避ける場所がなく足を取られた。
「全員逃がすなよ!」
「なんだこれは……」
突然の横槍に動揺する集団。水の勢いに負けて横転する者までいる。たとえ魔法を練る時間があったとしても、リズの川は防げない。
「心を入れ換えたのか試すために杖を渡したというのに、あなたには悪しき心が宿っていますね」
リッキーにはリアラが氷檻を落とす。
水流に乗って流された先にはパンダ様が仁王立ちで待ち構えている。
「出られるならチャレンジをしてもいいですからね?」
試合中に氷壁を粉砕しようと、散々挑戦して全て失敗に終わった今、リッキーは抵抗する気はないようだ。
杖を床に転がして胡座をかき、腕を組んで座った。
すでに下半身は川の水で濡れて変わらない。
「フンッ。どうせ俺には何の罪もない。悪いのは追いかけてきた、向こう側だ」
「命を助けてやったのに、その態度かよ……」
「誰も助けてくれとは言ってない」
「口封じされそうだったんだろ? 何を知ったんだ?」
会話は宝箱の集音技術で聞いていた。
「奴らを調べたらわかるだろ……」
「一人逃走。残り三人は体を斬って自害しました……」
リッキーはコーシェルの報告を聞いて、その手際の悪さに苛立つ。
「自害されないように縛れよ!」
「ここはビエリアルの出番か……?」
「無駄だ、やめとけ。どうせ〈身代わり地蔵の指輪〉を装備できないように、別のアクセサリーを装備しているはずだ」
「えっ? 蘇生って〈身代わり地蔵の指輪〉を装備させられなかったらできないのか……?」
俺はリズ、リアラ、コーシェル、アキリーナと順番に顔を見る。
ケーレルはわざと逃がした一人を追って、この場にいない。
みんながそろって首を傾げる。
「お前たち、まさかそんな事も知らないのか?」
リッキーは国の代表が蘇生の条件を知らない事に驚愕した。
俺たちは実際に国に仕えた事がないし、犬の国は魔法を使える者がいない。死者に遭遇するケースが少なすぎた。
「とにかくやってみよう」
遮蔽物の陰に置いた大箱君からビエリアルが姿を現す。
「お前どうやって気配を消していたんだ?」
はい。無視無視。
二人で暗殺未遂男のもとへ行く。
俺たちの姿を追うようにリッキーは座っている向きを変えた。
「俺が蘇生されたタイミングを言うから、回復魔法を使ってくれ」
「わかりました」
斬られた傷を治さない事には、傷口の持続ダメージで再び死んでしまう。
かといって、死者の傷は肉体が機能していないため、回復がされない。
そして一番難易度が高いのは中級職の蘇生魔法は復活時のHPが一と決まっている。
蘇生魔法一回目。
天使が降ってきて男の胸に吸い込まれた。
「今だ……!」
タイミングを言いながら、俺はデュアル回復水HPで患部の傷を癒す。
そこへ、中級回復魔法が……。
まだ斬り傷は完全に塞がっていないが、HPが回復されたため、意識が戻った。
「うわ! なんで、俺、生き返っているんだ」
暴れ始めた男にゲンコツを食らわせて黙らせる。
うーん。ステータス表示でHPを注視していたが、蘇生された瞬間にはすでにHPが二割程度まであった。
ビエリアルさん……、あんた蘇生魔法のスキルLvいくつだよ!
「嘘だろ……。蘇生させやがった。その〈聖導師〉は何者だ?」
興奮からか立ち上がって檻を掴んでいる。お前は動物園のゴリラか!




