蜂の巣を吹き飛ばした〈魔導師〉
あれから二日。約束通り家族は休暇をして過ごした。
人数が多いため、半々で休んでみたが……。
リズはせっかく購入したピンク色の小石が入った小瓶を宝箱から出すことはなくなってしまった。
「どうせもうお小遣いは使ったニャ!」と言って、連日鬱憤を晴らすかのように迷宮内で暴れる。苦しそうに笑う姿はもう見ていられない。
そんな時、四方の道にあった蜂の巣を吹き飛ばしたと自称する〈魔導師〉が現れた。
もちろん『魔闘大会』の参加者でもある、キツネの国の『宮廷魔導師』リッキー。
キツネの国は炭鉱の町から見て、左ルートの先にあり『通り道だから、ついでに駆除した』らしい。蜂を倒した証拠の品として〈毒針〉を三本提出したそうだ。
酒場では『竜巻のリッキー』と呼ばれている。
名乗り出る事はできないとはいえ、他の奴に手柄を横取りされたまま我慢する事もできない。
今のリズは破壊神に取り付かれたようにデュアル回復水MPをがぶ飲みし、魔法を連発している。
「リズさんに、こんな思いをさせてまでコソコソ暮らしたくありません」
フローラの言い分はもっともだ。
俺も悔しくて悔しくてたまらない。
一階層から探索を始めたけど、リズのレベルは一つ上がり、今すぐにでも〈魔導師〉に転職させる事ができるようになっていた。
そして俺はアキリーナの提案に乗る。
『魔闘大会』当日。
会場には入場制限がかかり、残念ながら家族全員の観戦はかなわなかった。
招待選手側の貴賓席には王族関係者とその護衛。観客の大半が貴族となっている。
俺とアキリーナは招待国じゃないため、貴族たちと同じく普通の観客席だ。
偉そうな下っ端貴族も観客席にいた。この場は王族とのコネを作るチャンスでもあるのだろう。
場内アナウンスが流れる。
「第一試合。先程、犬の国の『宮廷魔導師』に登用されたリズール選手です」
リズは紹介されるとリングの上に上がった。
いつもの右手と右足を同時に出すリズだ。
リズの姿を見た下っ端貴族が驚愕の顔に変わる。
貴族よりも『宮廷魔導師』の方が王族の護衛も任されるため立場が上だ。
しかし、それもすぐに収まる。
その理由は簡単。
犬の国は辺境の地にあって前衛職の集まり、今は『魔闘大会』に出場する後衛であれば誰でも欲しているのは丸わかり。
リズは都会のど真ん中に一人放り出された田舎者。ポツーンッと場違いに『気を付け』をして立っている。しっぽの先までガチガチだ。
「対する相手は、トカゲの国の名門『しっぽの長さは強さの証』でお馴染みテイール選手です」
〈魔導師〉らしく黒いローブを纏って『魔導の杖』を装備。
よくわからんが会場からの拍手がすごい。余裕があり、声援に手を振っている。
身長は一メートル五〇センチなのに、しっぽは倍の三メートル以上あった。
あれが自慢のしっぽか……。いつものリズなら自分のと長さを見比べるのだが、今のリズにはそれをする余裕すらない。
「テイール選手ですね。モズラさんの情報では『強い』以上です」
おい! モズラ様、仕事が雑だぞ!
「もしかして――全員『強い』じゃないのか?」
パラパラッと資料をめくって……。
「そうみたいですね」
資料意味なし!
「国の情報は機密事項ですし、一般人から見たら全員強いんですよ。出場選手の名前を調べあげただけでも充分優秀です」
アキリーナがフォローをする。そう言われると納得せざるを得ない。
「得意な魔法は『水』のようです」
「それって相性は良いのか? 悪いのか? リズの場合は判断できないな……」
「そうですね。本来の力を出せればきっと大丈夫ですよ。昨日まで初級職だったのに出場をしているのは、リズさんだけでしょうね」
アキリーナは本当に楽しそうに笑う。
肉体改造は転職前と転職後の〈筋力〉と〈体力〉の数値の差が引き起こすと仮定した。
転職前にリズに関わる全ての称号をオフにして、転職後にオンにする。一発勝負の賭けではあったが他の者で試している時間はない。
もともと猫族は後衛職なため、肉体の数値は大きく下がらないという救いもあった。
みんなで夜通し寝ているリズのレベル上げをしたが、果たしてどこまで体が動くのか……。
「それでは始めてもらいましょう!」
審判が一〇メートルぐらいコイントスをして、リングからダッシュして逃げる。
魔法対決だから、真ん中にいる方が危険だ。
俺たち観客は魔法を遮断する特殊な幕に守られている。しかし、強力な魔法が撃ち込まれるとすぐに破れてしまうらしい。
リングの広さは直径一〇〇メートルの円。迷宮の部屋を二つくっつけている程度だ。
選手は中央で五〇メートル離れたスタート位置に立っている。
テイールは緊張してガチガチのうちにリズを倒したいのか、コインが浮いているうちから、魔法を練り上げていた。コインは試合の開始の合図であり、落ちた瞬間から魔法の発射の合図なのだろう。
リズは状況が全然理解できていない。逃げる審判の姿を追って、相手の選手を見てキョロキョロしているだけだ。
貴賓席の王族関係者たちがそんなリズを笑っている。
あいつら全員毒殺してやろうか……?
コインが床に落ちた瞬間、杖の先から出た水魔法がリングの上を走る。直径二メートルの水弾だ。
「あれ? 『水』が得意なんじゃないのか?」
小さいし遅い。
「試合中の回復薬の使用は禁止されていますので――MPの温存ですかね?」
リズは迫ってきた水弾にハッとして、左手を前に伸ばして水弾を放つ。
俺はおでこに手を当てて嘆く。
「あの馬鹿……」
海亀を相手にしている時の水弾ゲームの癖が出ている。寸分たがわず同じ威力で中央で爆発した。
会場には三者三様の驚きがある。
中でも固定観念が強い者ほど衝撃の大きいことが一つあった。
そしてテイールもまた例外ではなく、動揺して思わず叫ぶ。
「どうして杖を使わずに魔法が撃てるんだ……」
俺の座っている周りでもザワザワしていた。
これは『魔闘大会』、魔法のスペシャリストたちが試合を観戦している。と思う……。
そうだよ! 魔法を行使する時は杖を使うものなんだよ!
普段は宝箱の中に眠らせているせいで、控え室入りする前に慌てて背負わせたのだが、緊張していて存在を忘れていたようだ。
「そうだったニャ! 今のはなしニャ! 次から真面目にやるニャ!」
リズは背負っていた杖を取ろうとして手を背中に回すが――抜けない……。
落とさないように固定した紐と杖の凹凸がうまいこと噛み合って引っ掛かっている。
何度も頑張っているが、やっぱり抜けない。
むしろ魔法よりもそこでスタミナの半分を使ったんじゃないかと思うぐらい息が上がった。
二〇秒頑張った結果。肩で息をしている。
「諦めたニャ!」
おいっ! 背筋を真っ直ぐにするために定規を背中に入れられた生徒みたいになってるぞ!
アキリーナはお腹を抱えて笑っているが、犬の国の代表としてそれでいいのか?
「もう次撃っていいニャ!」
「では……」
リズが杖と格闘する間に、たっぷり二〇秒もかけて練り上げた魔法。
今度は水弾三メートル。速度はさっきよりも速い。
リズはすぐに同じ威力の水弾を放って相殺させる。
「き、君はいつの間に魔法を練り上げていたんだ」
リズっていつもそんな事してないからな……。
リアラは犬の国で氷狼を作った時は魔力を集めて魔法を練り上げていた。
通常大きい魔法を撃つ時は練り上げる。
「あの【台風】魔法って速攻魔法の領域の本気だったんだな……」
中級職が初級魔法を放つのに、わざわざ魔法を練り上げないのと同じ原理だ。
もしかするとあれは本当に【台風】魔法なのかも……。
「次はまだニャ……?」
しっぽが楽しそうに左右に揺れ始める。
やっとリズの調子が出てきた。
海亀と水弾ゲームをしている時は数秒に一回は三メートル級の水弾に合わせていたから、暇なんだな……。
テイールの方はリズの余裕っぷりに動揺している。
「来ないなら、こちらから行くニャ!」
左右の手を胸の前で合わせて、前に向けると火の魔法を放つ。
お前、さりげなく合成魔法を使うなよ……。
〈魔導師〉になったリズは中級魔法のスキルLvが上がっている。破壊神と化していたリズが撃っていた魔法も中級だ。そのおかげもあり、かなりの回数が蓄積されていた。
今使った魔法は地を這う【火炎の龍】。空気抵抗の関係で上下左右にぶれながら進むため生きているように見える。幅七メートル、狙いたがわずリングの端まで一本の赤い絨毯ができた。
テイールは急いで逃げ道を探して、リングの上を左回りに移動するが――リズが少し手の向きを変えると、放ち終わったはずの火の絨毯が左へ広がってテイールを追う。
ルール上、一回目の死は指輪が機能するので、勝利になる。
もう会場は静まり返り、テイールの必死に逃げる姿に注目が集まった。
トカゲの国は総立ちだ。
「ちょこまかと逃げてばかりじゃつまらないニャ!」
厚さ二メートルの巨大な石の壁を出現させて行く手を塞ぐ。右はすでに火炎の海で戻れない。どうする?
「まさか一回戦目で奥の手を使う事になるとは……」
全く魔法が通用していないのに、奥の手が遅いな……。
テイールは移動しながら練っていた魔力で風魔法を放ち、リズの作った壁にぶつける。土には風魔法がよく効く。壁の反対側から土が噴き出したので、なんとか通れる隙間を作れたようだ。
水が得意で他の属性がもしかして奥の手だった?
まさかリズみたいに全部の属性を使える方が珍しいのか? リズも最初の頃は火しか使っていなかったな……。
「それだけかニャ……? つまらないニャ……」
三メートルの水弾を壁の穴の出口側に向けて飛ばすと、リズはダッシュして、穴の入口側に向かう。
俺にはわかる。無意識に背中から風魔法を放って移動速度をブーストしているな……。あり得ない速度で三〇メートルの距離を走った。
背中から魔法はスケートをしていて『両手が空いてる方が楽だニャ』から来ている。
「そのしっぽはもう見せかけニャ!」
入口側から見えていたトカゲ族の象徴のしっぽを火の魔法で焼き切った。
テイールが熱さで気絶する。
「そこまで! 勝者、犬の国のリズール!」
誰もが予想していない大波乱。
見ていた下っ端貴族は顔面蒼白で震えていた。
リズは静まり返った会場から俺を見つけてピースをする。
「殺さずに勝利したし、許そう。次の試合の邪魔だからリングから離れていろ」
シッシッとすると、ホッとしたリズがリングから去っていく。途中何もないところで一回つまずいたが、リズを笑う者はいなかった。
「今のですごい顔が売れましたよ」
あれだけの強者を注目が集まっている中で、いつも通りに扱ってしまったのか……。
「……まずかったな」
「もう遅いですし、優勝するんですから、それこそ最初から遅いですよ」
全てはアキリーナの提案に乗った時から決まっていた事か……。




