サボってたのがバレたニャ!
燃やしたわけじゃないから、火光線に斬られた蜂以外が一斉に外に飛び出してきた。その数一二体。
残っている蜂はきっと防衛部隊や攻撃部隊ではなく、幼虫の世話係りなのだろう……。
出撃までが遅いし、軒並みレベルが下がって五程度だ。
「妖精魔法【旋風】にゃん!」
蜂を内部から風で破壊する。体を捻ったような動きで破裂した。崖の中腹からまだ距離があったため、地上にモンスターの破片が届く前に光の粒子に姿を変えて、ドロップアイテムだけが地面に落ちる。
「それニャ! 私がしたいのはそれニャ!」
あまりの大興奮で娘を指差す。
そもそも魔法の性質が違うのに、爆発させたいとか……。
逆に妖精魔法じゃ火光線は出せないと思うぞ。
「まったく……」
リアラがリズの才能に嫌気を差している。
針には針で戦うようで、細い針っと言っても腕ぐらいの太さの尖った棒を五本同時に飛ばした。
それぞれ狙いたがわず蜂の頭を貫いたのに、納得がいかないのか指先をおでこに軽く当てて顔を横に振る。
「こんなんじゃ足りない……」
充分な戦果を上げたのに、満足ができないとは、可哀想な立ち位置だ。
「ジャイアントが三体。いや、四体同時に現れたぞ……」
巣の前に三体。崖の上から戻ってきた蜂が一体。
そこへケーレルの指示が飛ぶ。
「ジャイアントは充分に引き付けてから戦ってください」
「だそうだ。リズ、アイーリス、リアラ、ナイラ一体ずつ頑張れ」
レベル的には飛んでいるとは言え、高々二〇。
リズは再び変な構えから火光線を出してジャイアントの中心線を斬る。
「ボンニャ!」
爆発しないから、諦めて効果音を自分で言いやがった。カッコいい火光線が台無しだよ!
「妖精魔法【カマイタチ】にゃん!」
さすがに大きいから内部破壊は諦めたようだ。
風の刃が羽を斬り裂いて落下させる。こちらはまだ一撃では倒せない。
でも、斬り傷だらけで、再起不能。
コーシェルが透かさずトドメに向かう。崖から戻ってきた蜂が立ち塞がるが、お構いなしで斬り伏せて一直線に走っていく。
「私も新魔法に挑戦してみますか……」
一部分だけドリルのように尖った氷塊を一つ飛ばし、ジャイアントのお腹に刺した。刺さったポイントから氷塊に蓄積された氷エネルギーが漏れ出し広がる。全体がうっすら霜がかかっているように白くなると、そのまま墜落。
液体窒素で凍ったゴムボールのように綺麗に粉々に割れた。
「私は新技とかなくてごめんなさいね!」
ナイラはハリボテランスを両手で握って縦斬りフォームからの投擲、真っ直ぐジャイアントを貫く。ランスは槍と違い持ち手部分に近付くにつれて徐々に太くなるためジャイアントの体を突き抜ける前に崖の壁面に刺さった。
まだ息はあるようだが、持続的にHPを減らし続け、そのまま消滅……。
ウルフをテイムして称号が二種類【狼の友達】と【大狼の友】の二重かけで身体能力が向上してからハリボテランスを投擲できるまでになった。
ボスを失った蜂たちは三々五々散ろうとする……。
「一体も逃がしたらダメですよ……」
モズラの声が響く。
「任せるニャ! リズ魔法【台風】ニャ!」
気のせいか――いつもより一つ一つの魔法が大きい。
「これはやばいぞ! みんな床に伏せろ!」
俺はアイーリスを抱き寄せて地面にうつ伏せになった。
みんなも急いで巻き込まれないように真似をする。
「吸い込まれるニャ……」
なんで、術者が自分の魔法を制御できないんだよ!
リズも急いでしゃがみ、近くの岩を掴む。
称号取得後、初めての本気魔法を放ったようだ。
台風は蜂、巣に留まらず、地面に転がっている馬車の車輪や岩、崖の岩肌や崖上の木さえも飲み込んでいく。もう被害が天災級だな……。
やっぱり迷宮内で撃っていた魔法は相当手加減をしてくれていたようだ。
アイーリスが俺の下で妖精に指示を出す。
「妖精魔法【暴風壁】にゃん!」
空気を吸い込む台風と、空気を吐き出す暴風壁。相反する二種類の風が隣同士に出来上がる。ただし、妖精魔法の中は不思議な無風空間。
「マジで今のはやばかったな……」
「はい、助かりました……」
モズラが抱きついていた岩から体を離して、大の字で寝転がる。筋力的に耐えるのがギリギリだったようだ。
「任務は成功した気がするニャ!」
目をキラーンッと輝かせ『活躍しましたよ』アピールをした。
吸い込まれそうになっていたのに、よく言うよ……。
ケーレルが目を閉じて蜂の行方をチェックする。
「さすがにこの魔法から逃れられるモンスターはいませんね……」
勝利ムードが広がる中、邪魔をする声が響く。
「全滅できたなら話し合いは後にした方がいいと思いますよ?」
「まだ何かあるのか?」
エヴァールボが嬉しそうに笑って、得意の爆弾を投下する。
「台風と暴風壁ではどちらの方が先に魔法の効果が切れるでしょうか?」
「マジかよ……。リアラ、頼むわ」
リアラが宝箱のために氷壁を三枚作った。
宝箱以外は全員、向こう側に避難する。こればっかりは薄情者と言われても仕方がない。
「なんで――襲撃地点から台風が見えるんだよ……」
しかも空気が微妙に吸い込まれている気がするし……。
六〇〇メートルは離れていると思うんだけどな。
「不思議な事もあるものだニャ……」
顎に手を付けて呑気にそんな感想を言う術者。
「「「…………」」」
家族は絶句した。
ペコペコたちは俺とリズの会話を気にせず、なぜかさっきからコマのようにクルクル回っている。
こいつらは目が回らないのか?
本気魔法は通常時の二倍続き、二分間消える事はなかった。
「なぁ――これってまさか……。いつも八割程度しか出力していないって事じゃないのか……?」
確認のためにリズの方を見ると、分かりやすい汗がダラダラ流れ始める。
「ニャ! サボってたのがバレたニャ!」
サボるの意味がわからん。人命に関わるから抑えていたって言えないのか……。
勢いよく頭を下げる。
「これ、これ、これ、これからは――全部本気で撃たせて頂きますので、お許しくださいニャ……」
全部本気で撃たれたら怖くて隣に立てないわ。歩く天災め。
「逆に俺たちに死者が出るから今のままでいい……」
「「「…………」」」
家族は再び絶句した。
この猫さん、取り扱い注意です。
ペコペコたちは異変に気が付いて回るのをやめると『こいつ実はすげぇ奴なんじゃね?』みたいな口許を羽で隠してヒソヒソ話を始めた。気がする。
台風が消えてからドロップをみんなで拾う。
宝箱は氷壁が張られた地点ではなく、台風の中心地まで移動していた。どうやら本気魔法は氷壁三枚でも防げなかったようだ。それ以前に風魔法との相性が悪すぎたのかもしれない。
宝箱に少し凹みがあったため、ビエリアルに回復魔法で治してもらう。
蜂は六体のジャイアントまで増えると半分が新しい巣を作る旅に出るそうだ。
今回の巣はジャイアントが四体だったので、三ヶ月以内に作られたばかりの巣。
新しい巣を作る際は餌の取り合いにならないように一日以上離れた場所に作る習性があるため、この周辺に巣はもうないとか……。
「さっきの台風を目撃している人がいるかもしれない。急いでここから離れよう」
蜂との戦闘で亡くなった者たちに花を添えてみんなで黙祷をした。
死ぬことでしか主人の命令を阻止できなかったであろう者たち。
アンジェの話では八割が奴隷。槍の男が最後まで生きていた事を考えると、あの場に主人がいなかった事がわかる。
右ルートを移動中の休憩時間。
「ペコペコたちは回って何をしているんだ?」
うまい奴は早くもバレリーナのようにつま先立ちで羽を上に上げてクルクル……。
「台風を目撃してから『台風』を体現しているようです」
それで回ってたのか……。
ペコペコたちがウーリーの説明に回るのを中断して一斉に頷く。
羽をスッと出して……。
「『一緒に回りませんか?』って言ってますよ」
「回らねーよ!」
リズ、アイーリス、アンジェ、ウーリーがクルクル回り出した。
そして休憩ポイントのたびに参加人数が増える。
ミーナ、エリス、アキリーナ。
「休憩時間に休憩出来てないじゃないか……」
特にペコペコたちが……。
「パパが一回参加したら『今日はやめる』って言ってるにゃん!」
ペコペコたちが驚きを露にしてアイーリスの言葉に顔を振って否定する。
独断かよ!
「クルクルの良さを理解してもらわないと、今後は禁止になるにゃん!」
ハッとしてペコペコたちに動揺が走った。俺とアイーリスを交互に見比べて、どちらに付こうか悩み始める。
なんだか行動パターンが全員リズみたいだぞ……。
「いい子に出来たら夜に取って置きの楽しい事を教えてやるから今は大人しく休憩しろ!」
『取って置きの楽しい事』にアイーリスを裏切り、きちんと水分補給をして休憩に入るペコペコたち。
チラチラこちらを見てソワソワしている。
「パパの戦略に負けたにゃん……」
夜。
宝箱の一つを空にして、リズの水魔法とリアラの氷魔法でスケートリンクを作った。
靴はエヴァールボに協力してもらい、靴の裏に銅で作った板を装着する。
「こうやって滑るんだぞ」
スースーッと北海道育ちをアピール。
「おー。ご主人様、うまいニャ!」
リズが一歩目で綺麗に転けた。
氷に背中と頭をぶつけて悲鳴をあげる。
「痛いし、冷たいニャ!」
ビエリアルが回復魔法で治す。魔法の無駄撃ちのついでかよ!
「なるほど、なるほど。氷の上で右足と左足を交互に……」
モズラは夜中にコッソリ練習するためにポイントをメモしていた。
ペコペコたちは素足で氷の上をスースーッと滑る。
いきなり滑れている……。足のままだからな……。
そして昼間にしていたクルクルを披露し、隣近所と衝突して団子になった。
「負けられないニャ!」
手に風魔法を作って推進力を生むと、足は動かさずに進む。
ズルい! 非常にズルい!
ペコペコたちができなかったターンも、三メートルジャンプでクルクルッと決める。
着地は難しかったのか、床に手と足を付いて肘と膝のクッションでなんとか転倒を免れた。
「あと五回も練習したら色んな技ができそうニャ!」
いや、技もなにもスタートが間違っているから……。
何はともあれ、みんなの気分転換ができたなら充分だ。
夜は氷狼に馬車を引かせた。
俺たちが台風の近くに居たことを目撃していた人がいても、時間的に他の町にいれば、証言に食い違いが発生して否定する事ができる。
この世界の基本的な移動手段は馬車だ。移動時間の基準は馬車で決まっている。俺たちの速度を追える者などいない。




