夜営
リズの乗っていたペコペコだけが水分補給をしたのでは、他のペコペコたちが可哀想なので、軽い休憩にした。
その最中。
「俺――今すごい重大な事に気が付いたんだけど……」
しゃがんで桶から水を飲んでいるペコペコの横で、羽毛に背中を預けながら創製術をしていたモズラが聞いてくる。
「何をですか?」
「クラリーのお母さんに行き先を伝えていない」
モズラがあまりの驚きに手に持っていたMP回復水を地面に落とした。入れ物がパリーンッと割れて、土が液体を吸い取ってしまう。
MP回復水が無駄になった事など気にしている場合ではない。モズラは急いで立ち上がって家族の顔を順番に見るが、全員綺麗に首を横に振った。
恐る恐る確認をしてくる。
「こ、これはつまり……」
「ギラーフが後を追えない!」
やばい。マジでどうしよう。
「このペースで進めば、夕暮れには道が三本に枝分かれしてしまいますけど……」
全ての道の先に迷宮を持った町が存在する。
いや、違うな。迷宮があるからそこに町ができたと表現した方が正しいか……。
俺たちがこれから進むルートは右のルート。
炭鉱の町よりは遥かに大きいが、迷宮都市の半分にも満たない商業の町。
中央のルートが迷宮都市『イルセン』に続くメインルート。人の往来が激しいため治安は悪いが、一攫千金を求めて人が集まる都市。
そんな都市と貿易が盛んなのが残りの左ルートを進んだ先にある国。
三つの中で一番移動日数の長い右の町を目指す人は少ない。
果たしてギラーフはノーヒントで正しいルートを選択できるだろうか……?
「うーん……」
この状況にリオーニスはニヤッと得意顔だ。
わかっている。そんな子供みたいな手で解決したらきっとリオーニスが『炭鉱の町に宝箱を置いておいて良かったでしょ?』と付け上がる。
「道に目印を置こう」
「…………」
肩透かしを食らったリオーニスだが、まだ安全策は健在。
俺が気が付いていないと思い、背負っていた『木箱』を手に持って、視界に入るようにさりげない位置取りでアピールをしてくる。ここで屈してはダメだ。
こんな時に携帯があれば、電話一本。メール一通で終わるのに……。
途中、お昼のスープを経て、枝分かれするポイントに到着。普通の馬車ならここで二泊目をするらしい。
「急ぐ旅でもないし、そこの空き地で夜営をしよう」
他のルートから来る人もここで夜営をする謂わば、名所らしい。
「今日は他に利用客はいないようですが、こういう大きな夜営地では一緒に夜営をする相手に自分たちが敵でない事を示す目的で、夕食を交換するマナーがあります」
なるほど。そうする事で同じ釜の飯を食う仲になるわけか……。
「と言うのは古い考えで、自分たちのご飯の美味しさを競う場だったんですが――残念です」
アンジェさん、あんたは飯に命をかけすぎだ……。
夕食対決をする場合は二組以上がここを利用することになる。必然的に馬車の台数も多くなるわけだ。
馬車が多くなれば休憩所の敷地も広くなる。
ここの夜営地は縦四〇メートル、横二〇メートルぐらい。宝箱の中の方が広いというのは野暮だろう。
リズと亀がここで遊ぶと明日の出発までには大きな池が出来上がりそうなので、もちろん野放しにする気はない。
本当は道が暗くても氷狼か狼ちゃんに馬車を引かせれば、休みなしで進めるのだが、たまにはのんびり行く。
エヴァールボがチラッとリオーニスの方を向くと溜め息を吐いた。
「リオーニスが不貞腐れて、木の伐採をしていますよ。どうなさるんですか?」
休憩所のスペースが分単位で拡張されていく。
そのままスオレも手伝いスキルで木を乾燥させ終えると、不貞腐れた〈大工〉が建てたログハウスが完成。
ただし、サイズはやけに小さく、中は七畳程の踊り場があるだけ。左右の壁には下駄箱のような宝箱を収納する棚が設けられていた。ここは宝箱たちが雨風を凌ぐための家らしい。俺たちは宝箱の中で生活すればいいから踊り場の七畳があれば充分か……。
キーリアが切り株の断面に成長促進の魔法をかけると、早くも新芽が出てきた。神秘的だ……。
リアラがずっと言い出せずにいるリオーニスの代わりにズバッと切り出す。
「リオーニスの宝箱を使えば簡単に解決できるとわかっていながら、頑なに使おうとしないんですね」
リオーニスがハッと顔をあげる。
「もし、これが人命に関わる事なら躊躇わず使うかもしれない。でも、この一つが明るみに出る事で気が緩み、これまで隠し通してきた事まで一つ、また一つと明るみに出るのは避けたいんだ……。リオーニス、すまないけど今回屋根裏の宝箱を使う事はない」
リオーニスは納得してくれたのか、小さく頷いた。
「やっぱり伝言が一番確実だな。ノルターニ、夜明けに炭鉱の町まで飛んできてくれ」
「わかりました」
「旦那様がすぐにリオーニスの宝箱を使おうとしなかったので、こうなると思っていました。気が付いた地点から狼ちゃんに宝箱を背負わせて逆走させてますよ」
「そうなのか?」
「はい。丘の近くの人気がないところで寝そべっていると思います」
無駄に終わる可能性もあったのに、狼ちゃんには悪い事をしたな。
「すまん……」
リアラの宝箱で炭鉱の町の丘に出て、一人でこっそり門番のところへ。リクソンさんに手紙を託す。朝、少女たちに見送られて町を出た人間が夜中に町を歩いていると変に思われるからと説明すると、手紙は昨日のうちに受け取っていた事にしてくれるそうだ。
ただ、朝出発したはずの人間が夜中に戻ってくるケースは結構多いらしい。天候や忘れ物、モンスターの襲撃やら理由は様々。
「任務は成功したぞ」
夜営地に戻りみんなに報告をした。
夜道なら他にこの道路を利用している旅人はいないだろう。氷狼に宝箱を背負わせてここまで走らせる。
「みんな、心配をかけたな……」
「モンスターはまだ排出されていなかったかニャ?」
「とりあえず静かだったぞ。リオーニスの宝箱も襲撃を観測していないだろ?」
「「してない」」
一人ずつシャワーを浴びるのも手間なので、宝箱の中にお風呂を作った。
外には持ち出せないが、白い台のようなキューブは素材なしで床から出す事ができる。
初めて大箱君に入った時に〈肉の串焼き〉が床ではなく台の上に置かれていたのは、これだ。
それを利用して浴槽の壁を作り、あとは魔法でお湯を張るだけ。
お湯を捨てる場合は宝箱からアイテムとしてお湯を選択して外に撒くだけの手間いらず。
「外の風景は見られないけど、迷宮都市の露天風呂を思い出すニャ……」
換気を強くして外気を取り込めば簡易露天風呂。
「気持ちいいにゃん!」
リズとアイーリスはマナーの悪い子供のようにお風呂で泳いでいる。
誰も二人を咎める者はいない。そう、俺ですら……。
理由?
お風呂に入れるのは誰のおかげか考えたら文句を言える奴はいなくなるだろう。
「リズ――宝箱の外周を使ってプールを作ればいいんじゃないか?」
さりげない、実にさりげない。『お風呂で泳ぐな』とは言えないなら、他で泳がせればいいじゃないか!
みんなも無音の拍手で賛同してくれた。
「なるほどニャ!」
プールはお風呂を囲むように作られる。
お風呂に入るためには一度プールを経由。出る時も……。
みんなごめん。数日中には端に追いやるから、今日は許してくれ。
お風呂に入ってサッパリしたので、夜営をする。
夜営と言っても、宝箱の中で寝泊まりするし、宝箱はログハウスの中だ……。
どの辺りに夜営要素があるのか全くわからない。
こんなんで本当に旅と言えるのだろうか?
新築の踊り場で腕を組んで考える。
「うーん……」
「天気もいいし、外で寝るニャ?」
「そうするか……?」
まだアイーリス以外は寝ていないので、テントで寝たい奴を募集した。
その結果テントが三つ出来上がる。一つに三人ずつ寝られるので全員で九人だ。
宝箱生活はクラリーの実家で散々したから少し気分を変えたいのかもしれない。
スヤスヤ夢の中のお姫様をベッドから輸送する。
ログハウスから出ると外で待っていたリズが声をかけてきた。
「ご主人様が外で寝るだけで、見張りの数が急増ニャ……」
俺のテントを守るように周りのテントが設営されている。
見張りのメインは石柱君と大岩さん、狼ちゃん。
宝箱に見張りをさせると余計な人間を近づける恐れがあるんじゃないかと指摘があったので、取り止めた。
夜営地に最初から置いてあった丸太に腰をかけたケーレルは焚き火をし、無駄に神経を研ぎ澄ましている。
「明日からは大人しく宝箱の中で寝るわ……」
「うん。それがいいニャ……」




