お尻ペンペン
出発して二時間。
町の周辺こそ開けた土地であったが、現在はひたすら森林の中にできている道を走り続ける。周囲は人が全然通らないため木が生い茂っているのに、どういう原理かわからないけど、木は馬車が走るスペースだけは避けているような伸び方をしていた。
道路は固い土が露出し草はない。
「あまり人が行き来しないからてっきりモンスターが頻繁に徘徊しているのかと思っていたけど、いないんだな」
ケーレルが目を閉じて即答する。
「そんな事はありませんよ。右前方一〇〇メートルの木の陰にゴブリン七体。左後方にはオーク二体。きっとペコペコのレベルがモンスターを遠ざけているのだと思います」
すでにモンスター名までわかる程に能力が向上しているようだ。
そもそもモンスターの位置がわかっても視認するまでモンスターの種類がわからないのであれば、探知している意味が半減するというもの。これが本来あるべき姿だ。
「オークか……。肉を取ってきたら、晩飯の肉が多くなるぞ!」
「「行ってきます!」」
一瞬の迷いもなくリアラとナイラがペコペコの手綱を操作してオークを討伐しに来た道を戻って行く。
【縄張り感知(小)】では、この周辺は誰の縄張りにもなっていない。
常に勢力が入り乱れているのだろう。
「二人が合流するまで少し速度を落とすか……」
今までの七割程度のスピードに抑えて走る。
もともと最高速度で走っていたつもりはない。
さっきからペコペコたちは隣のペコペコとアッカンベーをしながら余裕で走っていた。
突然、大箱君の蓋が小さく開いてリアラの報告が届く。
『オーク討伐完了。宝箱だけのペコペコですぐに追いかけます』
重量を軽くする作戦か。
俺たちは真面目にペコペコに乗っているが、宝箱の中で寝ていても……。いや、寝ている方がペコペコたちも俺たちも楽だったりする。
ただ、それをしてしまうと、せっかくの旅が台無しになるので、極力しない事にしているだけだ。
キーリアなんかは早々に宝箱菜園に行っている。
宝箱のレベルが上がるたびに土地を拡張できて嬉しいのだとか……。
リアラとナイラの宝箱を背負ったペコペコが一気に俺たちの集団を追い抜かし、お尻ペンペンをしてそのまま逃げていった。
触発されたペコペコたちが怒って猛ダッシュ。
縦揺れ、横揺れ、俺たちの乗り心地など、無視だ。
頭に血が上ったペコペコの手綱を思いっきり引っ張って声をかける。
「止まれ、止まれ。リズが落馬した」
振り落とされて脇の茂みにズボッと頭を突っ込んだ。スポッと頭を抜き顔を振って草を払うと、憤慨したリズがこちらに向けて水弾を放つ。
「緊急連絡。リアラ氷壁だ! ペコペコたちは今すぐ止まらないと今夜のおかずになるぞ!」
キキキキーッと車がブレーキをかけるように土埃を巻き上げて止まった。
水弾は間一髪で宝箱から顔を出したリアラが壁を作って阻止。
ペコペコたちはその場で回れ右をし、リズの方を向いて綺麗に足を畳んで土下座をした。
羽を地面に付けて、器用だ……。
「土下座よりもまずは迎えに来るのが先ニャ!」
風魔法を両手に一つずつ作り、推進力を生み出してブーストをしている。
一歩で五メートルずつ跳躍。
途中にある氷壁は手の角度を少し変えるだけで、走り壁高跳び。全身のバネも相まって三メートルの壁は何の障害にもなっていない。
飛べるぐらいの出力を考えると瞬間の最高速度はペコペコを遥かに超えそうだ。
自分を落とした不届きなペコペコに近づくとゲンコツを食らわす……。
しかし、ペコペコの防御力の方が高く、逆にリズが手を痛める結果に……。
「痛いニャ!」
手を振って水魔法で冷やしている。
「ビエリアル、回復してやれ」
素手ではダメージを与えられない事がわかると、今度は宝箱から杖を取り出し、両手で握った。鼻息を荒くして、脳天割りに挑戦しようとしている。目が完全に据わって怖い……。
ペコペコは体の前で羽を擦り合わせて頭を下げている。
「充分に反省して謝っているんですから、許してあげてください。うちの子を殴り殺したらリズさんの食事に魚が並ぶ事はなくなりますよ?」
「そんニャ……」
地面に膝をついて、ポトッと手から杖を落とした。
判定。魚の勝利!
「ついでにここで一度休憩にしよう」
ペコペコたちは水分補給をしながらチラチラとリズのご機嫌を窺っている。
「そんなに心配しなくても、リズはもう……」
アイーリスの亀の水弾を水弾で迎撃するゲームをしていた。リズがきっちり同じ威力に調整して中央で爆発するようにしている。
本人は火魔法が得意なようだが、これだけ出来れば『水弾のリズ』の二つ名は頂戴するしかないな……。
両者の水弾の破壊力が高すぎて、破裂した勢いで上には水しぶき、下には窪地と池が出来上がっていた。
リズと亀が遊ぶと地形が変わる……。
「あの魔法の微調整はどうやっているんでしょうね?」
リアラが真剣な顔で水弾ゲームを見つめて質問をしてきた。リアラにわからない事を俺に聞かないでもらいたい。
ただ一つわかっていることは【魔法使いの大家族】の称号を取ってから、リズは本気で魔法を撃った事がないという事だけだ……。
リズを落としたペコペコを中心にリズの前で整列して敬礼をした。
「反省したならいいニャ。許すニャ。もう無茶な運転はしちゃいけないニャ……」
ペコペコたちが一斉にコクコク頷いて、それぞれの乗り手のもとへ散っていく。
「でも、あの程度で怒るようでは町で冒険者に絡まれた時に、勝手に攻撃されたら困りますよね……」
アンジェはリズの暴走を止めたが、ペコペコたちをこのまま不問に付す気はないようだ。
「戦闘面以外でも活躍するテイムモンスターは少し周りに見られる事を意識した教育が必要かもしれませんね」
実はテイムモンスターは主人を守る行動はとっても、指示なしで反撃をする行動はとらない。
それはテイムモンスターだからだ。
しかし、ペコペコたちはアンジェの子供。厳密に言うとテイムモンスター枠ではない。親の監視下を離れたペコペコたちはモンスター屋のテイムモンスター同様に主人の命令を忠実に聞くテイムモンスターになる。
これは〈モンスターの友〉の拘束力がなせる技だ。
「教育に関してはアンジェに一任する。言うことを聞かない子供は断食させたり、食卓に並べても構わない」
俺の言葉を聞いたペコペコたちが一瞬でピシッとなった。
その場だけできてもダメなんだよ……。
今回の被害者が身内だったから大した問題にならずに済んだが、これが相手を蹴って殺していたら焼き鳥にされても文句は言えない。
「では、一番最初に悪さをした子はご飯抜きです」
ペコペコたちはお互いの顔を見比べて汗がタラタラ流れ始めた。いつものリズだ。
それを見たリズは口に手を当てて嬉しそうに笑っている。
「んじゃリズも堪え性がないから、参戦な」
「わた、わた、わた、私はさっきの事故の被害者ニャ!」
『ご主人様の目は節穴かニャ?』と言わんばかりに顔を覗き込んできた。
「でも、怒って水弾を飛ばしただろ?」
「当たっても死なないように――手加減はしたニャ……」
そうなんだよな……。水弾は合成魔法ではなく単発魔法だ。
もし、本気で三段合成の魔法を放っていたら、今頃この辺りは川が出来上がっている。
「ペコペコたちに勝てる自信がないし、リズは不参加でいいか……」
「何を言っているニャ! 参加しても負けないから参加するニャ!」
はい。単純バカが簡単に参加しました。
エヴァールボがやれやれっといった顔だ。
こうしてペコペコたちとリズの低レベルな持久戦が始まった。
ペコペコたちはお互いの鞍を布で拭いて、綺麗にすると、紳士的にしゃがんで乗りやすくする。
リズは負けじとポケットからハンカチを取り出し、鞍の上に敷いて座った。
それ――ベンチに腰かける時じゃないか?
なぜか勝ち誇った顔のリズと悔しがっているペコペコたち。
勝敗のポイントがわからなかった……。
あまり揺らさないようにさっきまでの六割ぐらいの速度で走っている。
「いつまで持つんでしょうね? 時間制限がないのは可哀想なので夕飯までにしましょうか……」
今の一言でさらっと一〇時間耐久コースに早変わり。
アンジェさん鬼過ぎる。
静かに走るだけで急に個性がなくなった。
わずか三〇分しか走っていないのに、ペコペコたちに疲れの色が見える。
「どうやら背伸びをしすぎて精神的に参ってしまったようだぞ?」
「そのようですね。少しずつ訓練する必要がありそうです」
「今日はここまでにするからいつも通り走ってくれ」
俺が宣言をしても、今度は一番最初に元に戻す奴を窺い始めた。
短時間のうちに用心深くなってしまったようだ。
「仕方ないニャ……。ほら、行くニャ!」
手をペコペコの口許に回して人差し指の先からチョロチョロ水を出し飲ませて元気にさせる。別に喉が渇いていたわけじゃないと思うんだけど……。
指先から水魔法を出したのを目撃したリアラが目を見開いて驚いている。俺も不思議には思っていたが、やはりかなりの高難易度なのだろう。
リアラも試しに極細の氷に挑戦するが――太さは親指サイズ。氷柱が横に伸びないのと同じで重力に負け、二センチだけ横に伸びてあとは先端が垂れ下がっていき、すぐに中ほどからポキッと折れる。
そんな中、水を飲んだペコペコは目が覚めたのか、加速を開始した。




