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迷宮踏破の前に。(挿絵有り)  作者: サーモン
第6章 子育てします。
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嵐の前の静けさ

 夕方少し前の冒険者ギルドでは俺が公開した一一階層以降のモンスター情報を読むために人が殺到していた。

 情報とは本来『金のなる木』だ。独占して他の人よりも優位に立ちたいと考えるのが一般的。

 この町では現在、モンスターの排出の影響を受けて滞在している冒険者の数が減少傾向にあった。

 しかし、もともと迷宮に入ればモンスターなど山ほどいる。いつ排出されるかもわからないモンスターにいちいち怯えていても仕方がない。

 そんな考えを持つ鋼装備に身を包んだ屈強な心の持ち主ばかりが残っていた。

 聞いた話では俺たち以外にも火達磨を撃破した猛者(もさ)パーティーがいるそうだ。

 方法は単純。建物の上からテイムモンスターを落とすという手法。

 策とも呼べない幼稚な戦い方に酒場では『動きの遅いモンスターならではのズルい倒し方だ』と笑う者がいたそうだが――俺が注目したのはそこじゃなかった。

 普段は段差のない平面の迷宮で戦闘を繰り返していると、どうしても建物を使った立体的な戦術は思い浮かばないものだ。

 テイムモンスターを道具として扱う行為は許せないが、よく手持ちのカードを理解し、柔軟な発想であの火達磨を撃破できたと思っている。


 掲示された紙を一読した冒険者の男から声が出た。

「この情報の信頼度はどのくらいなんだ?」

 詳しすぎる解析内容もさることながら、これまで聞いたこともない一分で移り変わるモンスターの性質。それに加え、石人形の難易度、硬い石モンスターが多発する迷宮での風鈴対策用の遠距離攻撃職などなど。

 そう。どんなに詳しく書いてあろうが、それを誰かが正しいと証明するまでは、偽情報の可能性がある。

「私のパパが調べたにゃん!」

 キュピーンッと効果音が出そうな、通称『〈肉の串焼き〉を天に突き刺す』決めポーズ。右手は天高く、左手は腰にそえるのがポイントらしい。迷宮前のオブジェと同じ体勢だ。

「「「なら、正しいな」」」

 いや、子供の話を信じすぎだろ! 嘘なしだけど……。


 冒険者ギルドで事の成り行きを見守っていると、エヴァールボがこっそり声をかけてきた。

「どうしてアイーリスさんの話をみんなが簡単に信用するのか不思議ですか?」

「正直――不思議だな……」

「きっと迷宮前の黒い壁の影響です」

 巨大な壁のため、冒険者ギルドの出入口どころか、町の至るところから見える建造物。

「あれがどうかしたのか?」

「貴族が好んで使う強硬な白い壁を簡単に超えた黒い壁。その材料を惜し気もなく大量に提供できるほどの収集能力。同格の者の情報提供なら、他を蹴落とすために嘘の情報が隠れている可能性がありますが、アイーリスさんの関係者の情報であれば、その心配はないということです」

「そんな簡単な話なのか?」

「もともと新階層は充分にレベルを上げてから挑むほどギャンブルに近いんです。前情報があるだけマシと考える人がすぐに情報が正しいことを証明するでしょう」


 さっそく情報を頭に叩き込んだ男が冒険者ギルド内で声を張り上げた。

「まずは一二階層の〈石サクランボ〉の情報を確認する。一緒に確認したい奴は付いて来い!」

「その前に一一階層からは、モンスターの性質が変化するって情報は正しいのか?」

「それは前に行った時に姿が変わるモンスターを見たことがある。()分ごとに変化をしていたかどうかまではわからなかったが、確かに正しい」


「思惑通りに動き出しましたね」

「……そうだな。他にもする事がある。俺たちは帰ろう」

 もうすぐ夕方だと言うのに、これから出発するパーティーがいるようだ。

 一一階層からは大半が鉛鉱石だが、一三階層辺りまで行ければガラス鉱石の出る確率は徐々に上がり始める。ゆっくりガラス鉱石を集めても一日一本のペースで武器は作れるだろう。



 夕食前。クラリーの実家。

「クラリーのお母さん、前にクラリーが来た時に残していった〈石オークの肉〉はありますか?」

「……欲しいのかい? あと三個だけあるよ」

「いえ、今からアンジェと一緒に表面の石を落とす、下準備をしてもらいたいんです」

 たとえ人間嫌いでも、俺が頼む相手はこの人しかいない。真っ直ぐ目を見る。

 クラリーのお母さんは俺とアンジェ、二人の人間を交互に見て根負けすると、棚から〈石オークの肉〉を出して、まな板の上に置いた。顔だけこちらに向けて声をかけてくる。

「始める前に理由を聞いてもいいかい?」

「その肉はモンスターが迷宮から排出される前に取れた肉です。俺の予想が正しければ今日取れた〈石オークの肉〉よりも美味しいはず。なぜならそれは迷宮のモンスターが排出される前の一番栄養が入った時の肉だからです」

 驚きで〈石オークの肉〉を見下ろす。この石に覆われた肉こそが、これから先町の住民を守る道しるべになる存在だ。

 一〇秒たっぷり時間をかけてから、わかっていただろう事を確認してきた。

「食べ比べて肉が美味しくなったらモンスターが排出される日が近いってことかい?」

「そうです」

 少女たちにもどよめきが走る。

「どうして私が調理をするんだい?」

 いつも料理の下準備は少女たちの仕事だ。それはこの数日を見ていればわかった。

「この中で一番レベルの変化がないので、肉の下準備で与える味への影響が少ないと予想しているからです」

「なるほど。そういう事なら、アンジェさんよろしく頼むよ」

「はい。一緒に頑張りましょう」

 台所で二人が並んでも親子に見えないのは、種族が全然違うからだろう。

 一度今日ドロップした〈石オークの肉〉で練習してから本番の肉で挑戦するようだ。

 そんなに気負わなくても料理おばさんの称号は伊達じゃないはず……。


「そんな重要な判断をお母さんに任せてもいいの?」

「任せるも何も……。当分他に一六階層で探索ができる奴なんて出てこないだろ?」

「それはそうだけど……。私たちが旅立ったら少女たちだけだよ? 一六階層なんてとても九人だけじゃ……」

 少女たちもクラリーの発言に『うんうん』と首を縦に振っている。ガラス装備が泣くぞ! しっかりしろ。

「……実は今日秘密兵器を用意した」

 俺は岩スライムさんとミニ岩スライムたちを少女たちにプレゼントをする。これでギリギリ九体だ。

 ミニ岩スライムたちは少女たちの前で円周一メートルの球体をゴロゴロ転がして己の勇姿を見せ付ける。

「この岩スライムはその日に食べた鉱石の種類で体表が変化する。ミニの間は鉱石二個だが、いくらいい物を食べさせても正直力不足だろう」

 それまで元気よく動いていたミニ岩スライムたちが俺の話を聞いて、一斉に『ガーン』となった。コントかよ! 生まれたばかりで初戦の相手が石チーズだったからな……。

「明日のうちにクラスアップさせて岩スライムにする予定だ。岩スライムになると鉱石が五個。ガラス鉱石を食べさせれば、一六階層の探索でも君たちだけで可能になると思う。その場合は一日の最低鉱石ノルマは四五個になる。しかし、炭鉱の町にいる限り、その入荷は簡単だろう」

「ありがとうございます」

 岩スライムは鉱石を毎日五個食べさせる余裕がある人にとっては化ける。そのため炭鉱の町を拠点にしている少女たち向きのテイムモンスター。

「今はまだレベル上げの途中だが、ペコペコ(雛)たちもテイムモンスターとしてプレゼントをする」

 今日の一六階層の探索の途中で孵化したそうだ。

「ウーリーは事前にクラスアップの許可を出しておいてくれ」

「わかりました」

 ウーリーが一体一体に話しかけて許可を出していく。

 少女たちのテイムモンスター置き場は焼けた隣の敷地を買い取ったので問題ない。


 俺は言おうかどうしようか悩んでいた事がある。

 ウーリーの顔を見ると『私から言います』と頷いて〈配合師〉として、少女たちに言うらしい。

「テイムモンスターを戦うための道具とする人がいますが、仲間であり、友であり、家族であります。大切にしてあげてくださいね」

 できれば最初に手にするテイムモンスターは『購入』を避けた方がいいな。

 少女たちはアンジェがペコペコの成体を初めて目撃して『いつか背中に乗れるかな?』と言っていた、あの時の顔と同じ顔をしている。

 子供の成長を願う親のようだ。

「はい!」


 夕食。

 この世界で焼いた肉を食べる時はべっとりソースを塗るのが主流だが、それをしちゃうと微細な味の変化がわからない。

「そのまま食べ比べるか、塩程度で我慢してください」

「命運をかけた試食だと思うと怖いですね……」

 ミーちゃんがビクビクしながら口に運ぶ。判断する人は多い方がいい。先に今日の肉の味を覚えて、後から排出前の肉を食べるようだ。

 食べ比べ行事が関係ない家族たちは庭で今日の〈石オークの肉〉で宴会騒ぎ。

 事前にアンジェが石を綺麗に剥ぐための練習台で大量の肉の山を作ったのだ。


「今日の肉でも充分美味しいのに、食べ比べると全然違うものだね」

「一〇日間はモンスターが排出されないと思うので、一〇日後辺りから毎日一口チェックしてください」

「もし、味がわからなくなったらどうしよう……。肉はあと二つしかないのに……」

 ミーちゃんは精神力がない。

「あまり深く悩む必要はないです。日付ごとに保管場所を変えておけば、次回からは一〇個単位で避けておく事ができます」

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