アイーリスの○○は○○じゃない
夕方。
炭鉱の町で唯一の真っ黒な目立つ家に長が訪ねてきた。
貴族の家よりも強固な建物であると説明すると、残っていた黒いセメントを持ち帰り、その日のうちに鍛冶職人による耐久テストが行われる。
予想を上回る結果に、これで迷宮前広場に分厚い壁を作れば、モンスターが排出されても進行を遅らせる事ができるという話し合いになった。
すぐに住民投票が実施され、あっさり可決。
〈黒い角〉の購入資金は町の運営資金から出た。
壁の設計案は全て俺の意見が採用され、迷宮に入るための扉は押し戸で、内側には取っ手がない。
手を離せば勝手に閉まるため、迷宮から出る時は、入口の人に開けてもらう方式だ。普段はとても使いにくいが、モンスターが外に出にくくするのがポイント。
中を確認する窓にはガラス鉱石を使用。
他にも壁の至るところに魔石を投げ込める投入口を設置。爆風が外に逃げ出さないように、これまた押し戸による開閉式。中を見る窓は同じくガラス鉱石。
これなら非戦闘員でも魔石の投げ込みで火達磨を撃退するのに、一役買えるだろう。
夜。
クラリーの実家三階の一室に置かれたリズの宝箱の中。
すでにアイーリスは睡眠中。
リズが頬をツンツンして熟睡度をチェックした。
「そろそろいいかニャ?」
なにが?
「ウーリーの宝箱と連結したニャ?」
「ぶっ! どうしてそれを?」
昼に気が付いて、あの時にきちんと口止めはしたぞ。
「アイーリスが『大箱君から入ってウーリーさんの宝箱から出られるのは内緒にゃん』って内緒にしてたニャ……」
忘れてた……。
アイーリスの内緒は内緒じゃない。
悪気のない暴露娘だった……。
「もしかして、もうみんな知っているのか?」
「残念ながら家族全員ウーリーの宿舎に見に行って確認済みニャ」
「そもそもテイムモンスターの寝床をウーリーの宿舎にしている奴はいつかあの扉に気が付くよな……」
最初から内緒にできるわけがなかったんだ。
「扉を開けた時の〈肉の串焼き〉のいい香りが……」
リズが思い出しクンクンをしている。
「まさか!」
俺が急いでリズの宝箱から顔を出すと、暗い部屋の中で、蝋燭の火がついていた。俺は夜目が利くので周りがよく見える。
家族が順番にウーリーに宝箱を渡して、大箱君の一夫多妻を推し進めていた。
ジャイアントしか♂が存在しない宝箱の世界では一夫多妻制しかありえない。でも、大箱君はテイムモンスターだから〈配合師〉の許可がないと夫婦にはなれないだけだ。
「お前たち……」
怒ろうとするとエヴァールボが遮る。
「どうせ全部の宝箱と連結させるんですから早い方がいいんじゃないですか?」
それはそうなんだろうが……。
「今コーシェルが迷宮都市に向かっています」
「なんで?」
「迷宮都市とも行き来ができるのかチェックをするためです」
「転移が出来ることが公になったら大変な事になるぞ?」
一瞬で出たり入ったりできたとしても、宝箱はそこに残る。目撃者が出たら大騒ぎだ。
アイテムが入っている箱と思われるのとはわけが違う。
「そう思って、まずは二一階層に設置をお願いしておきました」
確かに他が未踏破階層なら誰にも気が付かれない。迷宮の入口では入場確認をしていないので、一〇日後に迷宮の外に顔を出しても誰も怪しむ者はいない。
相変わらずエヴァールボは何手も先を行ってるな……。
「いっそ公にしたらいいんじゃないですか?」
「どうして?」
「どうせ大箱君は誰にもテイムできないと思いますよ?」
エヴァールボが楽しそうに微笑んだ。
「う……」
俺が一人で朝帰りをする羽目になった難易度だ。
きっと〈獣使い〉ではテイムができない。
それに必ずいるとは言っても、二〇階層のボスだからチャンスは一度きり。二〇階層まで行くのに普通のパーティーなら夜営が必要。
普段連れていかないテイマー職を雇って、泊まり込みで何度も足を運ぶのか?
♂と♀の仕組みを公開しなければ、♀しかテイム出来ずに骨折り損のくたびれもうけ?
なら、公にしてもどうせ変わらない?
「♂を持っている事が知れれば、注目を浴びて動きが制限されるぞ?」
貴族が欲しがってテイム依頼や入札者が殺到するだろう。
「そうなれば迷宮都市を『迷宮化』させるぞ! って脅せばいいんじゃないですか?」
「は?」
急に何を言ってるの?
「きっと子供たちが迷宮に入らなければ、今でも充分に『迷宮化』しますよね?」
そりゃ七〇人にテイムモンスターで二〇〇人規模の軍隊だからな……。
すでに一二階層は好き勝手に歩けるようになっているだろう。そんな奴等がモンスターを間引きしなければ……。
「その顔は図星ですね」
「あぁ……。なるだろうな……」
「一度『迷宮化』させれば、貴族は全員逃げ出し邪魔者はいなくなりますよ?」
エヴァールボが黒い。
俺も『迷宮化』がチラついた時に貴族は逃げ出すと予想した。
「つまり、行く手を阻む者が現れれば、こちらにはもう手札があるから、自由に生きていいと?」
「そうですね」
邪魔者を排除するために『迷宮化』を引き起こすことまでは考えていなかったが……。
それを盾に脅しても、ネチネチしつこいのが俺のイメージする貴族たちなんだよな……。
「確かに公にできれば行き来は楽になるだろうが、それをするのは今じゃない」
もっとみんなが育ってからだ。
「わかりました。コーシェルが二一階層にたどり着いたら、宝箱はみんなで二二階層に移動する予定ですので、時間を頂いてもいいですか?」
「あれ? そういえば設置って事は置きっぱなしだよな? 宝箱は一人で寂しくないのか?」
「それは私が……」
ウーリーが夫婦作りを中断して、話に入ってきた。
「宝箱はもともと何日も何ヵ月も何年も敵が近付いて来るのを待つモンスターです。我々と同じ時間の概念を持っていません」
「いや、それでも……」
「なら、一六階層の奥の方の一部屋に置いてきますか?」
「えっ? 何でそうなるの?」
「モンスターが復活するのを常に待ち、永遠に狩りを続けられますよ?」
一体沸いたら倒して、一体沸いたら倒す……?
「それって寝れなくないか?」
「もともと宝箱たちは寝てないと思いますよ。モンスターを倒し続けていれば、お金も稼げますし、レベルも上がります」
食事はお金だから自給自足か……。
レベルが三〇を超えていれば、一対一で傷を負うこともない。
なるほど。よく考えられている。
「それでも……テイムモンスターは一緒にいるべきだ。主人と離れ離れじゃ寂しいだろ!」
「だから言ったニャ。いくら移動時間が短縮されようが、ご主人様は反対するって……。コーシェルが迷宮都市に行ったのは事実ニャけど、宝箱を置きに行ったわけじゃないニャ。ご主人様の望んでいた炭鉱の町への子供たちの人材派遣の件ニャ」
「そうなのか?」
リズが続きを言いにくそうに横を向く。
「ついでに……〈肉の串焼き〉の補充というか何というか……」
「あ!」
慌てて大箱君の中に手を入れる。秘蔵の〈肉の串焼き〉が一〇〇本近く減っていた。
「リ~ズ~!」
手をバタバタ振って後ずさる。
「待つニャ。誤解ニャ。私は二本しか食べていないニャ!」
アンジェがサッと間に入ってフォローした。
「実は――お昼に〈肉の串焼き〉を食べたペコペコが自慢していたようで、扉を開けた拍子に――ペコペコ隊が……」
「そうだった……。三体にだけ食べさせたんだった……。いや待て、まだ本数が全然合わないぞ!」
「テイムモンスター各種。私たちが一人二本ずつと、少女たち、クラリーのお母さん……」
「ごめん。もういい、俺が悪かった……。コーシェルに頼んで一〇〇〇本単位で買ってきてもらってくれ……」
大箱君からお金を出す。
アンジェの作る肉料理の方が柔らかくて美味しいのに、習慣化された食べ物はやめられないようだ。
「減った〈肉の串焼き〉を入荷するためにも迷宮都市に宝箱を設置したらいいと思うニャ?」
「それは俺も思う」
みんなが笑った。
翌朝、二一階層のロビーに宝箱を置いたコーシェルが子供たちの出立を確認したと報告に来る。
迷宮都市に宝箱があっても普通に部屋を移動して来れるようだ。
大箱君に〈肉の串焼き〉を置いておくと、行き来のたびに時間停止が解除されて冷めるので、食材と一緒にアンジェが管理する事になった。
防犯上の都合からアンジェの宝箱だけは夫婦化されていないため、好き勝手に〈肉の串焼き〉を食べられないという。
ガードが厳重すぎる。
頑張った人にはご褒美に〈肉の串焼き〉が贈呈。
胃袋を掴まれると弱いな……。
「アンジェさん、もう一本〈肉の串焼き〉が食べたいにゃん」
「はーい。たくさん食べて大きくなりましょうね」
っといった感じで、アイーリスだけは自由に食べられる。
許せん……。
今日は迷宮前広場に壁を作る。
スオレとリオーニスを含めて炭鉱の町の住民総出で行われた壁造りはわずか三時間で完成した。
手持ちの〈黒い角〉を全て消費。
最後に余っていた〈黒い角〉を使って、朝から水配りのお手伝いをしていたアイーリスそっくりのオブジェが入口横に記念に建てられた。手にはなぜか〈肉の串焼き〉を持っている。
いきなり〈黒い角〉が枯渇した。
欲しいドロップ品を入手するためにも、本当に迷宮都市に宝箱を設置しておいた方がいいかもしれない……。
早まったかな?
次回予告ニャ!
「夜中にアイーリスの黒像に落書きをしに行かニャくては……!」
「いい忘れたが、落書きしたら出禁になるぞ?」
「そうなのニャ?」
いや、知らないけど……。住民の怒りは買うだろ……。
「今、人気投票をしたら、今度はアイーリスにも負けるニャ……」




