クラリーの里帰り二_その二(クラリー視点)
翌朝。寝不足の一三人が仲良く目の下にクマを作っている。
「お母さん、九人は成長した?」
「数日で変わるのは基礎ができている者だけだよ」
「やっぱり無理かな……」
「今度はどこに行くんだい?」
「一六階層。やっぱり五人で行く……?」
ギルドでは一三階層以降は危険だとアナウンスが流れているのに、さらに上に行こうとする私を見て、珍しくお母さんの表情が凍り付いた。
お母さんの心配はどっちでもいい。
そんなことより、いつもは旦那様が戦術を考えてくれるけど、今日はそれをする人がいない方が心配。
それなのに、まだ育っていない九人を連れていく?
この育ってないはレベル的な方じゃない。動き的な方。
「一一階層で腕前を見てから判断しませんか?」
ノルターニが友達の手を握って、一緒に行きたいと願っている。
「それがいいわね。お母さん、アレ出して!」
私が声をかけるとすぐに復帰してアレを取りに行く。
これで私たちより九人の方が装備が良くなった。
お披露目が早すぎたけど、仕方ない。
「「ミーちゃんいいな~」」
私たちの装備は家族の中でも特に後回し。
金銭面の問題でも、鉱石の問題でもない。
旦那様は装備が目立ちすぎて厄介事が舞い込んで来ないように、隠しやすい武器と盾から揃えているだけ……。
炭鉱の町の『迷宮化』で鋼鉱石の産出量が増えたため、ここではすでに鋼装備の相場が半値まで落ちている。
まだ迷宮都市では値崩れを起こしていないが、あと一ヶ月もしないうちに徐々に暴落するだろう。
そうなれば家族全員鋼装備で出歩いても目立たない。
テイムモンスターだけで充分目立つだろうと思う人もいるかもしれないけど、実はジャイアントを除くと比較的珍しいテイムモンスターは所持していない。
そのため周囲の旦那様のイメージは貧民街の子供たちを使った物好きな投資家と思われているだろう。
つまり、取るに足らない『路傍の石』
ミーちゃんが鎧を装備して感想を言う。
「鉄より重い~」
みんなの鎧には〈鋼の軽装鎧〉を用意した。
動けない事はないようなので、そのまま出発する。
でも、今の私たちはその微妙な重さが問題になっていて、ガラス鉱石を取りに来た。
少女たちは鉄装備で四階層まで進んだそうだ。
〈脱出アイテム〉が高騰していて、毎日帰りの事を考えて途中で引き返していたらしい。
「え? それじゃあ五階層をクリアしたら六階層から戻れるの?」
あまりにも急成長をして、迷宮の基礎知識がなかった……。
一応全ワープポイントを解放させておく。四六階層とか歩ける日は来ないと思うけど……。
ケーレルは二一階層までで、その先は体が耐えられなくなるからと付いて来なかった。
きっと〈斥候〉の探知機が勝手に反応して強いモンスターの気配は苦しいのだろう。
「んじゃ一一階層で最低三対一で戦えるか見ます。他のモンスターはこちらで蹴散らしましょう!」
「「「「おー!」」」」
[石アップル]、[石蜘蛛]、[石ザル]、[石クラゲ]、[岩スライム]
「ここはテイムモンスターに頼らずに戦うよ!」
スオレとリオーニスは単独でハンマー無双していく。
ケーレルとノルターニは二人で力を合わせて、いつもスオレとリオーニスがしているペア狩りをするようだ。
少女たちは後衛三人を除いた六人を三人ずつに分けて、剣や斧でモンスターを攻撃していく。
「あれ? いつもより柔らかい?」
武器の性能が格段にアップして石でも簡単に切れる。
ただ――三人でスオレ一人分にも満たない。
単純に戦闘経験が違いすぎ……。
そのまま四部屋戦って動きを確認した。
三対一なら遅れを取らずに戦える。今回はペコペコ隊も宝箱たちも増えているからそれでも問題ない。
「本命の一六階層に行ってみよう!」
一六階層でケーレルに行き先を聞く。
「どの部屋がいい?」
「きっと迷宮都市の一八階層レベルの強さです」
「それって戦えるの?」
「石や岩なら、動きが遅いので、二一階層のような事にはならないと思います」
攻撃が当たれば戦える、当たらなければ戦えないか……。
[石芋虫]、[岩酒]、[石蛙]、[石オーク]、[岩ゴブリン]
※クラリーにはモンスター名はわかりません。
「火魔法を撃ちます!」
宣言してから魔法を撃つのは他の人に注意を促しているようだ。
芋虫に向かって進んでいた小さな火の玉が突然爆発する。
「え? 何したの?」
それを火種にして右でも左でも爆発が起こる。
すぐに〈魔法使い〉が首を振った。
「わかりません」
「あの壺みたいなのが爆発してるんだ。よくわからないけど、被害なしで五体が片付いた……」
自滅と言えばいいのか、液体が勝手に燃えた感じ。
ペコペコ隊が芋虫に群がっていく。
石の体表をガンッと蹴り上げた。
石が砕けて飛び散る。
宝箱部隊は硬さを活かしてゴブリンにかぶりつく。
相手が岩でもお構いなしだ……。
「私たちは残ってる蛙とオークを中心に倒せばいいのね!」
迷宮都市のオークみたいに叫ぶかもしれない。
石モードになっていないオークは一体だけ。
「石柱君、右奥のオークに槍を投擲!」
蛙は狼ちゃんが無双している。
「この階層だけなら大丈夫そうね……」
最初に五体減るのは嬉しい。モンスターの数が少なくなって安全度が増す。
あと六体だから安心して見守れる。
戦闘経験を積むには丁度いい。
「「奥に一体だけ動かない芋虫がいるよ?」」
動かない……芋虫?
ピキッと石にヒビが入り、芋虫の背中部分が左右に割れる。中からリズさんの大好きな蝶が羽化した。
そして蝶が虹色の羽で羽ばたくと残っていたモンスターが次々と怒りだしたように体を赤くして直線的な動きになる。
「「動きが速くなった!」」
「鱗粉の効果かもしれない! 気を付けて」
岩ゴブリンの頭突きを鋼の盾で受け止めたミーちゃんが後ろに吹き飛ぶ。
私は背後からゴブリンの首を斧で切って仕留めた。
前を向いたまま声をかける。
「大丈夫?」
「は、はい……」
「回復します!」
〈聖職者〉が近寄って回復魔法を使う。
チラッと見たけど〈聖職者〉の回復力が低い。ビエリアルさんなら一回で回復させられる傷でも五回もかかっていた。
盾で攻撃を防いだ状態でこの被害だ……。
直撃してたら、死んでたかもしれない。
蝶は石柱君の槍が貫いて倒すことに成功する。蝶からは金鉱石が出た。
石モードになっていなかったオークからは〈オークの肉〉。あとのモンスターからは銀鉱石三個、他は全部ガラス鉱石。
ミーちゃんはお腹を押さえて上体を起こすけど、起き上がれないでいた。
ベテランになれば強い攻撃をまともに受けずに、受け流す事もできたんだろうけど……。
盾の一部が体に接触して腹部のダメージが一番ひどいのかもしれない。
「「ミーちゃん大丈夫?」」
「まだちょっと――痛いかな……」
顔色が悪い。ここにいる〈聖職者〉の回復魔法じゃこれ以上回復しきれないんだ。
私たちは宝箱の中に大量の回復水を持ってきた。
その中には、なぜか緊急時以外は絶対に使わないように厳命されている薬がある。
「これを飲んでみて……」
宝箱を開けて〈デュアル回復水HP〉を渡す。
本来二属性を持たせるデュアル回復水でHPとHPを合体させても一本飲むのと大差がないはずだった。
でも、この回復水はリズさんの合成魔法と同じ考えで、通常よりも効力の高い同じ属性の薬を合成する事で回復量を飛躍的に上げている。
もちろんこれはモズラさんが作った回復力の高いHP回復水を二つ使って作成された物だ。
「……はい」
皮膚の表面まで真っ赤になっていた傷がスッと治っていく。
家族に使う場合、効力が高い薬だとすでに知っているからわざわざ使用制限をかける意味がない。きっと旦那様が言いたかったのは家族以外への使用を制限したかっただけではないだろうか?
つまり旦那様は炭鉱の町に援軍がいることに気が付いていた……。
「この薬はすごいですね。痛みが完全になくなりました」
「うん。中級職の方から買った品だから……」
「そんな貴重な物を良かったんですか?」
私は頷いておく。
本当は庭に大量に生えているミントの葉二枚でできているとは言えない。
「今回は金鉱石を取りに来たわけじゃないから、最優先で倒すべきは芋虫ね。特に止まって動いていないサナギ状態の芋虫を発見したらすぐに教えて!」
みんなが頷いた。
大岩さんには銀鉱石を食べさせる。
いつも黒い鉛の状態ばかりを見てきたのに、銀色になると別のテイムモンスターみたい。
「大岩さんには動かない芋虫を中心に倒してもらいます。単独で奥にいてもダメージを食らう事はないでしょ」
治ったとは言え、ミーちゃんの怪我で少女たちに少し不安が見える。
「何回か戦えばレベルが上がってどんどん楽になる。大丈夫! 理由はわからないけど、開幕は火魔法で壺を爆破してね」
〈魔法使い〉の子に指示を出す。
「でも、爆破させるとドロップがなくなりますよ?」
「大丈夫大丈夫。一つ、二つ多く部屋を回ればいいだけ!」
「はい!」
それから銀モードの大岩さんを投げて、奥側の芋虫に備えた。あれから一回も蝶は羽化していない。
七部屋進むと、ケーレルが探知機で危険を知らせてきた。
「真っ直ぐ進むと、ジャイアントがいます」
「ジャイアント?」
「通常よりも大きいモンスターがいるの。五階層、一〇階層のボス部屋にも必ずいるから行ったら……」
ケーレルが笑って指をさす。
「おしゃべりしてたら、徘徊中のボスが移動してきました」
「大きな芋虫と取り巻き……」
みんながサナギになる前に倒そうと、走り出す。
「待って! 取り巻きを先に倒して、それから蝶を倒そう」
みんなよくわかっていなかったけど、指示通りすぐに取り巻きは倒される。
「どうやら、人形と同じで三分間で羽化するみたい。石柱君連続投擲! 落ちてきたところを狼ちゃんゴー!」
羽が傷付いた蝶は狼ちゃんのいい鴨になった。
蝶になっても周りにモンスターがいなければ、簡単に倒せる。
「金鉱石が五個か……」
予想通り蝶は金鉱石になるみたい。
その後も順調に鉱石を集めていった。
実家に帰宅。鉱石以外はお母さんに全部渡す。
「また一日で帰るの?」
「目的の物は手に入ったからね……」
スオレたちと少女たちは別れが近づくほど、口数が減っていた。
それでも友達と一緒に戦えて嬉しそうだった。
家の入口で少女たちとお別れをして、門番までの夜道で聞いてみる。
「スオレたちはもう一泊してってもいいんだよ?」
ペコペコ隊と四人の実力なら長旅も安全だ。
「「大丈夫。家族のところに帰る!」」
「そうそう」
「うん」
「九人の家はもうあの家だからね。安心できた?」
四人が頷いたので、ペコペコ隊に乗って移動する。
HP回復水一〇〇本とデュアル回復水HP九本を置き手紙と一緒にお母さんの部屋に置いてきた。
帰ったら旦那様に怒られるかな?
門番のリクソンさんにはガラス鉱石を一個プレゼント。
一個じゃ武器や防具は作れないけど、鉛鉱石よりも価値は相当上だ。
目玉が飛び出るぐらい驚いていた。その姿を五人で笑って帰路につく。
門番から見えない位置まで来ると、狼ちゃん馬車に変更。夜道は狼ちゃん。
「連戦の後だから、途中で休憩を入れるね」
二時間走ったところで、夜営する。
見張りに石柱君と大岩さんを立たせておけば、何事も起こらない。
眠れなかったのかノルターニが話しかけてきた。
「もう一泊してたら、迷宮都市に出発する決心がつかなかったです……」
「そうだね。今度休息日があったら、遊びに行きな。前日から狼ちゃんを借りれば朝には炭鉱の町に着けるよ」
「HP回復水を一〇〇本置いてきたので、きっと会えなくても無事でいてくれます」
「あはは。ノルターニも置いてきたの……?」
「「私たちも置いてきた」」
「置いてきました」
「これは最初から当面の回復水を渡すために仕組まれてたね」
合成魔法の算出が乗算でしたので、通常のデュアル回復水の効力を下方修正。
デュアル回復水HPHP→デュアル回復水HPに変更。




