損して得取れ
午後から教官を除きみんなで迷宮探索にきた。
もちろんアイーリスも一緒だ。初期装備に身を包み、最後方でゴーレム先生に守られている。今日はパーティーを組んで完全に見学だ。実戦練習? ないない。歩けるとは言っても、今日生まれたばかりの赤ん坊だ。
〈身代わり地蔵の指輪〉は用が終わったので俺が付けている。
アイーリスには全魔法に耐性があるだけで、生き返ったりはできないが、クラリー作の〈護符〉を装備させた。
リズのリボンよりも高性能だ。
ただ、アイーリスも蝶々のリボンがいいらしいので、帰りに雑貨屋で購入する予定になっている。
性能よりも見た目が勝った……。
一六階層で俺は心の中で呟く。
『鬼は外! 福は内!』
現在俺は豆まきをしている。
じゃなかった。〈スライムのかけら〉を投げている。
どうして〈スライムのかけら〉を投げているかと言うと、子供たちが大量に入荷して飽和状態になっていた一個一〇モールのアイテムで、ゾンビウサギの特技でもあるドロップアイテムの腐敗を封殺するためだ。
昨日の探索の結果、一つのアイテムをドロドロにするのに、約二〇秒かかる事がわかった。
低階層の安いドロップ品で、一六階層のドロップ品を守ろうというわけだ。
題して『損して得取れ!』
この世界にはそんな発想はないらしいが、日本育ちの俺には馴染みがあった。
残念だが〈スライムのかけら〉を献上する事で、ゾンビウサギ対策は終了だ。先に殲滅する手も考えたが、その間無駄に時間がかかってしまうため、それぐらいなら、次の部屋に行く。
俺たちが入ってきた側近くの角に撒けば、馬鹿みたいに一直線にゾンビウサギだけが寄ってくる。
最初に目にしたドロップアイテムを食べる習性でもあるのか、進路上に人を配置しておけば飛んで火に入る夏の虫状態。
餌に気が付いて、ゾンビウサギたちが動き出したら戦闘開始だ。
「一気に余裕になった」
この階層では資金面に問題があったが、ゴミアイテムを囮にすることで〈ペコペコの肉〉と交換できる。
「私も戦ってみたいにゃん」
アイーリスがゾンビウサギを指さした。
どうやらゾンビウサギが食事に夢中で無防備に晒す背中を叩いてみたいらしい。
リズに視線を向けると頷く。これも練習か?
「いいぞ」
短剣――体のサイズから言うと木刀サイズを腰から抜いて構える。購入時のリズより強そう。いや、レベル的に何倍も強いか……。
そして、注目の初戦。
アイーリスは左手を前に出して……。
「妖精魔法【カマイタチ】にゃん」
少し遅れて魔法が発動し、小さな竜巻のような風の刃がゾンビウサギの体に傷を付けていく。
「はっ?」
色々と突っ込みたい。
なんだ。妖精魔法って……。
アイーリスは〈村人〉なので、魔法は使えない。左肩に座っている妖精に魔法を使ってもらえるようにお願いしただけだ。その証拠にアイーリスのMPは減っていない。
発動が終わると、徐に短剣をしまった。
短剣一回も使わなかった!
しかも、別にゾンビウサギを倒せていない! 傷を負わせただけだ。
なのに、本人のやりきった感がスゴい。一仕事を終えた清々しい顔をしている。
これはあれだ。リズが二人に増えた!
リズはアイーリスが気になってチラチラ見るから全然レイスに魔法が当たっていない……。
お前ら――母娘だわ……。
ゴーレム先生が極悪ランスでアイーリスがダメージを与えたゾンビウサギの脇腹をドスッと貫通させた。
「ナイス援護にゃん!」
いや、もはや援護とかじゃない。ゴーレム先生なら無防備なモンスターぐらいもともと一撃だ。
レイスを倒し終えたリズが戦闘中にも関わらず、急いで飛んできた。
「すごかったニャ! 見てたニャ! 妖精魔法!」
抱き締めながら娘を褒める。
「ママ、戦闘中によそ見をしてたらダメにゃん!」
「アイーリスの初めての戦いを目に焼き付けたかったニャ!」
一度体を離して、顔を見て説明するとまた抱きついた。
アイーリスは褒められて満更でもない顔をしている。
嬉しかったのか、しっぽがピクピク反応していた。
エヴァールボが俺の心境を察してこっそり助言してくる。
「初めての戦いは褒めた方が伸びると思いますよ」
ポンッとさりげなく背中を押された。
俺はアイーリスの傍にしゃがんで頭を撫でる。
「よくやったぞ!」
「はいにゃん!」
褒めてやると満面の笑みになり、しっぽがビュンビュン動き始めた。さっきまで動いてなかったから、実は緊張していたのか?
その後はパンダ様の毛皮布団に抱かれてお昼寝をする。お昼寝が必要な辺りはやっぱり赤ちゃんなのだろう。
寝顔はリズそっくりだ。指をしゃぶって寝ている。
一七階層の初物は「カメレオン」
[ペコペコ]、[レイス]、[ゾンビウサギ]、[毒スライム]、[カメレオン]
いつもより敵の数が少ない気がする。初物はカメレオンで正しい。尻尾を含めずに体長七〇センチサイズの緑色の爬虫類が一体だけ歩いていた。
普通に考えて……。
「洞窟に溶け込んで隠れている敵が五体ぐらいいるかもしれない。気を付けろ!」
今日はコーシェルが教官で子供たちの方にいる。
他に視覚に頼らない戦いが出来るのは……。
「面倒だから、一回まとめて水で流すニャ!」
「えっ? ちょっ!」
水の初級Lv九『水流魔法』
リズの前に水量の結構ある川ができる……。
ゴゴゴゴゴッと轟音とともに大量の水がモンスターを押し返していく。
水が向こうの壁にぶつかって戻って来るが、リズの出す水の勢いの方が強くてどんどん向こう側に水が溜まっていく。
軽い水害だな……。高さが一メートルちょっとはある。
「前の部屋に一旦避難するぞ!」
水流の勢いでダメージが発生したためか、背景に溶け込んでいたカメレオンの姿が緑色に戻って見えるようになった。
海中迷宮で経験したが、水は部屋を越えて移動して来ない。
前の部屋にみんなが移動を終えた。
「アイーリスのお昼寝の邪魔になるだろうが!」
ガツンッとゲンコツをする。
「痛いニャ~。ごめんなさいニャ~」
リズは頭を擦りながら、アイーリスが気持ち良く寝ているのを確認してホッとしていた。
「ダメージを与えるとカメレオンの体色は解除されるようだ。ここにいると危険だから、ちょっと出入口から離れてモンスターと距離を取るぞ」
レイスが光っていたが……。今回はスルーしよう。全くテイム方法が予想つかない。
アイーリスを起こさないように静かに移動する。
「レイスはそよ風を喜ぶにゃん。むにゃむにゃ……」
え? 寝言?
そよ風を喜ぶ? なんだそれ?
モンスターが続々部屋に進入してくる。その体はびちゃびちゃに濡れていた。HPは軒並み三割ほど削れている。溺れたかな?
「リズ、右から――いや、あのレイスだけ残しておいてくれ」
犬の国で右と左を間違えたんだった。
右から二番目のレイスを指さす。
俺が急いで豆まきをして、戦闘開始の合図を出した。
カメレオンはリアラが音を探って、解除する。
動く時に音がほぼしないらしく、何度も場所を誤っていた。
別の方法を何か考えなくてはいけなさそう。
俺はダメ元で赤外線感知(小)の称号をオンにする。
視界がサーモグラフィーのように温度が色でわかるようになった。
カメレオンがいる……。ゆっくり音を立てないように、少し大回りをしてこちらに忍び寄っていた。変温動物なためはっきりと見えているわけじゃないけど、輪郭が縁取られて見える。
「リアラ、あっちの方向に二〇メートルぐらい」
っと方向を教えて、あとはリアラに任せた。
レイスはアイーリスの寝言通り、そよ風レベルの風魔法をかけてやると、嬉しそうにリズの周りを回っている。
俺が触れてテイム完了。
【レイス(Lv一七)が仲間になりました】
【称号:幽霊の友(霊視能力上昇(小))を取得しました】
この世界じゃ、たくさんの人が死ぬから幽霊を目撃しそうだ……。危険すぎてオンにできない。
・レイス(♀/普通/一七)
さっきまでモンスターが光っていなかったのに、急に光出したのは、俺のレベルが一六になって、四体目をテイム出来るようになったからだな……。
「レイスはアイーリスのテイムモンスターにするか……」
「どうしてニャ?」
この世界では幽霊自体が怖いって発想はないようだ。
「妖精が見えないなら、見えにくいモンスターで固めておいた方が、戦術が立てやすいだろ?」
「なるほどニャ!」




