しわ寄せ
翌日の朝食後。
「迷宮に入る前に路上で回復水の商売をしてきますね」
久しぶりにモズラの商売魂に火がついたか?
ちょっと荒療治ではあったけど、みんなギラーフ病を乗り越えられたようで良かった。
昨日の迷宮探索は意味があったな……。
「いいぞ。行ってこい!」
路上販売班が新人を連れて迷宮前に向かった。
本当はお金稼ぎは必要ないんだけど、良質な薬を安価で仕入れられれば、冒険者も育つだろう。
モズラ商店は人気があるため、二〇分も商売をすれば売り切れになるはずだ。そう思い時間差で出発した。
完売していれば迷宮前にいるかと思ったが、誰もいなかったので、モズラ商店へ行く。
「あ、ご主人様!」
「あれ? 全然売れてないな……」
ほぼほぼ用意していたままに見える。
時間帯が合わなかったか? 冒険者ってみんな寝坊助なのかな?
「それが――さっきからここにいるんですが、人があまり迷宮に入っていかないんです」
「え? 迷宮都市なのに、そんな事があるのか?」
「私も気になって、冒険者ギルドに確認したところ……」
モズラが続きを言いにくそうだ。
「何かあったのか?」
「昨日、冒険者ギルドに犬の国の件で人材派遣を要請しましたよね?」
「あぁ、したな……」
「それが引き金になり、定期的に美味しい魚を貴族に届ける事ができれば、貴族との繋がりが持てると考えた冒険者たちが大勢出立したそうです」
「大勢?」
「はい。約三〇〇人です」
三〇〇人が多いのか少ないのか判断ができない。
でも、それだけの人がいれば迷宮化の時に一人三~四体モンスターを倒せば鎮圧ができる。実際にはレベルがないと、烏合の衆で何の役にも立たないけど……。
「迷宮に入る人が減り、安全が確保されなくなったため、探索を中止する人が増えているようです」
そうか! これは三〇〇人が多いかどうかの話じゃない。日本で言えば風評被害みたいなものだ。
今は敵が多いから迷宮に入る人が減る。入る人が減るからより危険になり、結果的にまた人が寄り付かなくなる。
悪循環だ……。
一階層で見た冒険者たちはソロ狩りが多かった。
ゲームだったら死んでもやり直せばいいが、次の部屋に行っていきなりモンスターに囲まれたらどうなる?
そんな綱渡りみたいな行動ができるわけがない。
それなら探索をしないっか……。
「もしかして、炭鉱の町の件でも人が減ったのか?」
「はい。そのようです」
気が付かなかった。
でも、思い当たる節がある。
モズラを探しに一階層に行った時、朝方だから広間には誰もいなかったと思っていた。しかしそうではなく、炭鉱の町に人が流れた結果、低階層に入る人が減ったために起こっていた現象ということだ。
そこに追い討ちをかけるように、犬の国の要請があり、より一層、人が入らない迷宮に変わってしまった。
一一階層ではケーレルが敵のいないルートに気が付けたということは、まだ辛うじてあの階層には人がいる。
「ちょっと確認したい事がある。リアラとナイラは急いで三階層の〈オークの肉〉を取ってきてくれ」
「「わかりました」」
二人は俺の奇妙なお願いに疑問を口にすることなく、狼ちゃんを連れて走り出していった。
もし、俺の予想が正しければ、犬の国に行く前から兆候があったことになる。それを俺が気が付けなかっただけだ。
今日初めてこの地に訪れた者は、何も知らずに多くのモンスターに囲まれ、誰にも気付かれることなく散っていくことだろう。
こんな状況がずっと続けば次の世代の育成が滞り、廃れていく。
どうしたらいいんだ?
「リアラとナイラが戻ったニャ!」
五分悩んでいると二人が戻ってきた。早いな。
狼ちゃんの背に乗って急行してくれたのかもしれない。
「一度家に帰るぞ。いや、待った。手分けしてテイムモンスター込みで四人組を複数作って、一階層と二階層の掃除をしてきてくれ。所要時間は約一時間」
フローラが指揮を取って、メンバーを考えるようだ。
「アンジェは家に帰って、肉を焼いてくれ」
リズは迷宮掃除側に参加する。付いて来ないのは珍しい。
肉じゃなくて、魚だったら付いてきたかもな。
いや、切羽詰まった状況で自重したと考えておこう。
家に着くと、急いで準備を開始した。
庭の火を使うと子供たちが寄ってくるため、家の中で料理する。
「すぐに準備します。座って待っていて下さい」
「あぁ、すまない。〈料理人〉が下準備をしないと前回と同じじゃなくてな……」
俺は切られた肉を〈火の魔石〉を内蔵した七輪のような器具で焼く。
「アンジェもこっちに来て食べてみてくれ」
各々勝手に焼く。薄く切られた肉はすぐに焼き上がった。
「うまい……。脂が乗って、肉が柔らかくなった気がする」
「そうですね。前に食べた時よりも美味しい気がします」
料理スキルLvが上がった可能性もあるが、アンジェがしたのは肉を薄く切っただけだ。そこまでの差はないだろう。
青田が夕食の食材を一人で取りに行った日。
あの日の肉は家族で食べたから美味しいと思っていた。実はそうではなく単純に肉のグレードが上がっていたようだ。
一緒に付いて行けばもっと早く異変に気付くことが出来たのに……。いや、それを言ったら昨日でも止められた……。
今から悔やんでももう遅い。
これを招いたのは間違いなく俺だ……。
俺が人を外に流出させたせいで、迷宮都市が『迷宮化』に向かっている。
本来炭鉱の町では迷宮化された後に、炭鉱の町の住民が亡くなり、周囲の土地は警戒するために強化に務めただろう。
犬の国でもそうだ。俺の介入で歴史が大きく変わってしまった。そのしわ寄せが今回の出来事に繋がっているのか……。
また『迷宮化』か。
ここは都市ではあるが、国ではない。愛国心を持つ者はいないため『迷宮化』した場合、貴族たちは我が身可愛さからいち早く逃げるだろう。つまり、最大戦力はいなくなり、都市を守るのは守備隊の仕事になる。しかし、そんな守備隊も炭鉱の町に人材を派遣しているから最大数ですらない。
都市の中心部からモンスターが大量発生すれば、住民の説得が出来ない以上、事前準備も大した出来ずに、三六〇度全てを守らなくてはいけなくなる。
こんなのとても守り切れない……。
どうする? 今からどこか遠くに旅に出て危険を回避するか?
青田が夕食の食材を一人で取りに行った日の肉の感想は一言だけですが『青田の過去』に載ってます。
三章からずっと繋がっていた、人を動かした事でのしわ寄せ!




