交互戦闘
徘徊ボスはジャイアントデザートクラブだった。
巨大なカニさん。巨大と言っても足やハサミを含めないで二メートルクラスだ。
普通サイズのカニは左右のツメの大きさが同じなのに、巨大版は左のツメだけが大きくなるようだ。左利き?
「今日はカニ汁だな!」
俺はボスを見て、今日の献立を勝手に決めた。
するとボスは『カニ』って単語に反応したのか、怒り心頭したように赤く光出す。
「えっ?」
途中から光るの?
大岩さんの時も急にテイムイベント戦闘になったか?
会話が成立したのか? 今まさに不成立に移行したのか……?
「まずは他の敵から片付けろ。それまでボスは大岩さんが時間稼ぎをしててくれ」
俺の指示を聞いて、ゴロゴロ転がって周りの敵を無視して進んでいく。
無視していないのは敵側だ。スケルトンが横を素通りしようとする大岩さんを殴って攻撃する。チョークで壁を叩いたように骨が砕けた。
自分から攻撃して手首から先がなくなる。
御愁傷様です。
巨大カニはスケルトンの被ダメを目撃していたのか、正面に到着した大岩さんを攻撃すべきか悩んでいる。恐怖って感情があるんだな。ゴーレムちゃんは臆病だったか?
巨大カニの心理状態を表現しているかのように、赤色が青色に変化していく。
大岩さんは指示通り時間を稼いでいるだけで、特に攻撃をしていない。
あっという間に周囲のモンスターを片付けて、みんなでボスを取り囲む。
リアラは団体戦の間ずっと傍観をして氷の狼を動かす練習をしていたが、ボス戦には参加するようだ。こういう自分で課題を決めてトレーニングが出来る奴は自由にさせる事にしている。
「とりあえず、光っているから、部位欠損はなしだ」
骨折までならビエリアルが回復できる。
カニの骨折ってなんだろう? 部位欠損と同一な気がしてきたな。
「餌付けターイム!」
料理担当アンジェが意気揚々とリズのお昼ご飯用の魚を取り出した。
「ニャ!」
驚いたリズが俺の方を向いて顔をフルフル振っている。
「ん? テイムの方が大事だ。考えがあるならどんどんやっていいぞ?」
俺の許可を聞いて満足顔のアンジェが、カニの傍に魚を滑らせた。
警戒を解いていないカニは魚をツメで押し返す。
アンジェは包丁を取り出し、サッと魚を三枚に卸して、また押し返す。
このやり取りって見続けないとダメなのかな?
最初こそ警戒していたカニは、何度かキャッチボールのようなやり取りを繰り返すうちに魚の匂いに誘われて食べ始めた。
カニが魚を食べるたびに、リズの顔が悲しそうな顔になっていく。お前は毎日魚ばかりを食べ過ぎだ。少しは自重しろ。
リズのお昼ご飯と引き換えに巨大カニのテイムに成功した。
【ジャイアントデザートクラブ(Lv一二)が仲間になりました】
【称号:大カニの友(海底能力上昇(中))を取得しました】
あれだ。海で戦ってみて思ったけど、まず海底にたどり着けない!
横歩きで能力上昇じゃなかっただけ良しとするか……。
・ジャイアントデザートクラブ(♂/良い/一二)
「大カニ君はクラリーのテイムモンスターにする」
「え? いいの? アンジェさんじゃないの?」
「アンジェに渡すといつか食卓に並ぶ気がする」
「そんな事しませんよ!」
俺の言葉に慌てて否定する。もちろんこれは俺の冗談だ。
「アンジェは雛鳥の世話があるからな。それが終わってからだ」
「わかりました」
雛鳥のせいで、巨大モンスターを受け取れないとは、悲しい話ではあるが、巨大戦力の主には巨大戦力の主なりに、必ず扱えるようにならなくてはいけないというプレッシャーが付いて回る。
一三階層に向けて、来た道を引き返す。
大カニ君のテイムに時間がかかったせいか、前の部屋では、アリクイが一体復活していた。一体ぐらい何の障害にもならない。
「モンスターの数が少ないですね……」
フローラが二〇体以上いるモンスターを見て呟いた。
迷宮の部屋としてはきっと最大数だけど、迷宮化と比べるとどうしてもな……。
待機組が多すぎて、戦力がもったいない。
「二つのグループに分けて、もう一つをフローラが指揮するか?」
この辺りの階層は俺たちのレベルでは楽すぎる。
少しでも早く一五階層を攻略するために……。
作戦はAグループが戦っている間にBグループが脇を素通りして次の部屋に入り戦う。
Bグループが戦っている間にAグループが脇を素通りして次の部屋で戦う。と言ったものだ。
「これを実現させるためにはビエリアルとケーレルはフリーで移動する必要があるな」
ビエリアルは両グループの回復係。
ケーレルは次の部屋の指示係。
「休憩時間の取り方が難しいけど、やってみるか……」
Aグループ:俺、リズ、モズラ、ミーナ、エリス、アンジェ、キーリア、スオレ、リオーニス、アキリーナ。
Bグループ:フローラ、エヴァールボ、リアラ、ナイラ、ウーリー、コーシェル、クラリー、ノルターニ。
フリー:ビエリアル、ケーレル。
「んじゃ俺たちから行くな」
Bグループのリーダーはフローラだ。
「はい」
今回からは俺も戦闘に参加する。少し体を動かしたい気分だった。
まずは第一手で大岩さんを投げて、敵の注意を引き付ける。
ドドドドッとサソリ、デザートクラブ、アリクイ、計五体を巻き込んで飛んでいった。
キーリアは固定砲台のサクランボさんを床に置いて、走り出す。
サクランボさんは強いのに自分で動けないのが欠点だ。種を飛ばして、キーリアの援護射撃をしている。っと言うよりも、キーリアがモンスターに到着する前に、スケルトンを一体粉砕し早くも手柄を立てた。
「大カニ君をテイムしたから、当分カニ汁は飲めないか?」
背中を向けているグレムリンをガラスの剣で両断しながら質問する。
「関係ないんじゃないですか?」
アンジェが包丁でサソリのしっぽを切り離しながら答えた。
部屋の端ではBグループが走っている。
あれ? トラップはどうするんだ?
リアラが尾を含めないで二メートルの氷の狼にまたがって先行するようだ。
未来のバイクをイメージさせるフォルム。体の周りを卵形の氷壁で囲っている。あの氷ってリズの火魔法を防げるんだろ? あんなの絶対防御で無双じゃねーか。ズルい。
こそこそ魔法のトレーニングをしていたのは、氷の狼と氷壁のコラボか……。
トラップなんて我関せずといった感じで、隣の部屋へ速度も落とさずに入って行った。
馬と人が走っているようなものなので、二番手のコーシェルまで一〇馬身以上差をつけて……。
Bグループの方が強いな……。
いや、Aグループも充分強いか。
本気を出せば、リズの魔法一発で戦闘が終わるんだから……。その後に俺たちの命も終わりかねないけどっと注意書きが続く。
リズはBグループが端を通り抜けやすいように、ターゲットが移ったモンスターを狙撃している。
「暇ニャ……」
単発魔法を火水土風と順番に使って再使用時間を無視できるようにしていた。
「あの乗り物欲しいニャ……」
戦闘中にも関わらずリアラの去った方を見ながら羨ましがっている。
交互戦闘はテイムをする上では最良とは言えなかったが、実戦経験を積む上では最高の戦術だった。
何より進むのが早い。
階段まで一直線に進んでいたとは言っても、まさか午前中のうちに一五階層までたどり着けるとは思ってもみなかった。休憩も兼ねてお昼にする。
「フローラ、そっちはどうだった?」
「どうもこうもありませんよ……。作戦なんてありませんから……」
まだ作戦を考えるほど、接戦じゃないのか?
「みんな好き勝手戦って、誰が一番多く倒せるか競ってるんですから……」
それをしちゃうと、強者がモンスターを狩り尽くして、下が育ちにくそうだな。
「Bグループは、リアラは氷の狼をウーリーは石柱君を封印。ナイラとコーシェルはピンチになるまで待機だ。もっとみんなが戦えるように気遣ってくれ」
「わかりました」
リアラは思い当たる節があったのか、すぐに返事をした。他は頷いただけだ。
メンバーチェンジをしてもいいけど、もともと相性の良さそうな子を一緒にしている。
なぜカニがクラリーのテイムモンスターなのか気になっている方へ。
クラリーのテイムモンスターにはサルがいるので、モンスターを倒すためのサルカニ合戦です。




