トラップ
モズラがしたギラーフへの作り話を実現させるため、朝食後に本当に迷宮に向かう。
家族はギラーフが亡くなったわけでもないのに、全体的にお葬式ムードだ。
「先に少し用事を済ませてくる」
俺は一人で冒険者ギルドへ行く。
懐かしい。リズを買った時に五階層までの正規ルートを調べに来て以来だ。
受付を見ると窓口は五ヶ所あり、全ての座席が空いている。
俺は入口から一番近い受付に座った。
「おはようございます。本日はどの様なご用件でしょうか?」
前に来た時は冒険者ギルドが混んでいて受付嬢の顔をチェックしていなかったけど、キツネ耳が乗っていて可愛い。
「えーっと、犬の国で〈魔法使い〉と〈農夫〉の救援要請をしています」
「わかりました。人材派遣ですね。掲示しておきます」
受付嬢が丁寧にお辞儀をすると、スラスラスラッと内容を書き上げた。
こんな可愛い受付だったのか……。てっきり始まりの町にいたような厳つい顔の男だと思ってた。
さすが迷宮都市は金があるな。
あまり深く考えてても仕方がないので、用事が終わり次第即座に引き上げる。
迷宮の入口前に待たせていた家族たちに合流すると、ボーッとしていて、心ここにあらずだ。
正直、無理やり迷宮に来る必要なんてなかったんだよな……。
もし、今日は大事をとって休んだとして、明日なら大丈夫なのか? きっと何も変わらないよな。
戦闘が始まれば気分も切り替わるだろ……。
一五階層を突破していなかったので、一一階層からだ。
俺たちは一一階層にワープしたのに、モズラの姿だけない。
「まったく……」
一階層に探しに行くと、広い部屋にモズラが一人ポツンッと立っていた。
目が虚ろで、中身が入っていないようだ。
「大丈夫か?」
「あ、すみません。一一階層でしたね」
すぐに意識を取り戻して先に一人でワープしていった。
俺はこの時の自分の注意力の無さを呪うことになる。
一一階層の敵。
[魔法使い(各色)]、[グレムリン]、[サソリ]、[デザートクラブ]、[スケルトン]
「右が正規ルートです」
ケーレルは敵が少ない部屋を探知出来るため、わざわざギルドから正規ルートの情報を仕入れなくてもわかるのか。便利だな。
安い奴隷の男を購入して〈斥候〉にすれば、いつか購入資金の赤字を取り戻せそうだ。
それぐらい正規ルートの情報料は高い。
だが、俺のこの世界に対する勝手なイメージでは余計なところに経験値が分散するのを避ける傾向がある。
だから誰もこのカラクリに気が付かないだろうな。
「でも、少し先を人が進んでいるようなので、別のルートから進んだ方がいいと思います」
迷宮ルール的にはどうか知らないが、人がたくさん通れば、それだけ安全が確保される。
戦っているモンスターを横から攻撃するわけではないなら、モンスターの取り合いで文句を言う輩はいないと思う……。
例えそうであったとしても、わざわざ自分から面倒事に関わるよりも、不干渉の方がいいだろう。
俺もケーレルの意見に賛成だ。
正規ルートではなく、ケーレルの提示した別ルートの部屋に進もうとして、先頭を歩いていた俺は左太股に吹き矢のような毒針を食らった。
「いて~。ビビった……」
今さら毒で死ぬほど弱くない。
「ビエリアル、すまないけど回復をしてくれ」
針を抜いて声をかけるけど、一向に回復が飛んでこない。
「おーい。ビエリアル」
猛毒じゃないから慌てる必要はないが、針を抜いた今でも毒の影響でHPは持続的に減っている。
それにしても五メートルの距離で声が届かないとか……。
フローラが苦笑いをして、毒を浄化してくれた。ダメージはHP回復水で治す。
「ありがとう。これは危険だな……」
いったい何人がギラーフ病にかかってるんだ?
ステータスに表示しない状態異常。
症状は『心ここにあらず』
テイムモンスターたちは比較的いつも通りだから、今日はテイムモンスターを中心に戦いが行われそうだ。
ギラーフがいないと、一一階層以降では必ずトラップに引っかかる。抜けた穴の大きさは、思っている以上だったな。
気を取り直して団体戦を開始する。
リズ、モズラ、ビエリアル、エヴァールボが戦闘に不参加。これは指示ではない。どうせ実戦練習のために待機させる予定だったけど、もう一度言う。これは指示ではない。
ベテラン組みが足を引っ張る狩り。
頭痛い……。
コーシェルは自分の顔を叩いて、気合いを入れてからモンスターに向かっていった。それを見た他の者もゆっくりとエンジンがかかり始める。
ギラーフの教えは、きちんとコーシェルに届いていたぞ。
前回は遠距離攻撃を嫌ってリズに魔法使いの封殺を頼んだが、今回は必要なさそうだ。
ウーリーが石柱君に指示を出して先手必勝。魔法を使われる前に槍の投擲を開始した。
レベル差、武器、魔法使いのHPの少なさなど、色々と条件はあるんだろうが、一発で瞬殺していく。
石柱君は迷宮化鎮圧の際に、外壁を越えてきたモンスターを地面に着地する前に槍の投擲で撃墜させていた。
あの戦いは無駄ではなかったな……。
アキリーナが錫杖でグレムリンを突く。上部のシャンシャン音が鳴る方ではなく、逆側の棒の方だ。
いつから持ち手の棒は棍に分類されるようになったのだろう。ゆっくり実戦を観察するのは初めてだけど、すでに扱いがうまい。
国に帰っている間は別行動だったから、武芸を習っていたのかな?
パンッ! パンッ! っと長さを活かして肩や足に攻撃をし、間合いに入れさせないように工夫をしている。あれなら倒すまでに多少の時間はかかっても、一方的に攻撃をし続けられるだろう。
ただ、俺たち家族には人数がいるし、アキリーナにもテイムモンスターがいる。そのため相手の体勢を崩すところまでがアキリーナの仕事のようだ。終わってみれば、単なる集団リンチ。
スオレとリオーニスのイタチ姉妹はすでに頭角を現している。以心伝心、阿吽の呼吸。二人で一人前と言ったら失礼だろうが、敵を挟んで、無理せず戦う。
ギラーフでもない限り前後、または左右から同時に攻撃をされれば防げないだろう。
同じハンマー使いだから、オーガ君とオーガさんのコンビネーションを参考にしたのかもしれない。身近にいい手本があって良かった。
問題はノルターニとケーレルだ。
ノルターニは〈村人〉なので、装備制限の関係で短剣をそのまま愛用している。他の人に比べて戦闘力がないのは仕方ない。
ケーレルは〈斥候〉としての役割以外では存在感が薄い……。
特に急がないけど、今後の課題だ。
この世界ではソロ狩り、ペア狩り、複数狩りができない奴はテイムモンスターの扱いを覚えればいい。
何と言ったって戦闘ができない度で言えば、フローラがダントツでできない。
「フローラには俺がいない時の指示役になってもらおうかな」
「私ですか?」
頷いておく。
「浄化の出番がない時は、常に暇だろ?」
「……はい」
ションボリさせてしまった。
使いどころが限られるとはいえ、浄化の力はほぼチート級の能力だ。もっと胸を張ってもいいと思う。
「忙しくない事を利用して、広い視野で周りを見てくれ」
ポンポンと頭を触っておく。
初戦は思いの外、順調だった。
次の部屋に移動する前にトラップ対策を考える。
「これからは大岩さん、ゴーレム先生の順で進もう。すまないけど、体でトラップを解除してくれ」
大岩さんが鉛モードになって先行すれば、大半の攻撃は無傷だ。ただし、体が球体であるため、どうしても床を踏む面積が限られる。そこでゴーレム先生には広い範囲を踏み固めてもらう。
さっそく大岩さんがトラップを発動させ、横から出てきたハンマーを体で受け止めた。ハンマーの方がダメになりそう。
二戦目、三戦目と繰り返すうちに、ベテラン組もギラーフ病の呪縛から解放され始める。
「お前たちは待機でいいぞ」
やっと四人に指示が出せた。
一二階層。初物は[アリクイ]
[グレムリン]、[サソリ]、[デザートクラブ]、[スケルトン]、[アリクイ]
「階段は後ろ側ですが、左、前と進むと強いモンスターがいます。どうしますか?」
「一二階層を徘徊しているボスかな?」
「きっとそうだと思います」
俺は階段ルートではなく、階層ボスルートを選択する。倒し終えてから階段まで戻ってきても大したロスじゃない。
一二階層からは魔法使いが出現しなくなるため、石柱君の出番が減る。
元々投擲だから、所持している槍を投げきるまでは、活躍できるのか……?
実は石柱君は先手必勝の投擲のため、一人で全体の二割程度を倒していた。うーん。
「石柱君も待機」
ウーリーは頬に手を当て、声なき絶叫をする。
ウーリー=石柱君になっているからな。
「たまには体を動かせ……」
ウーリーは戦闘が始まると、どうしていいのかわからず、キョロキョロしている。
みんな自分たちの戦い方が確立され始めてきたのに、テイムモンスターに頼りすぎて自衛すら怠ってきた証拠だ。
こんな時、ギラーフなら悩んでいるウーリーにアドバイスが出来るんだろうが……。
コーシェルはウーリーが心配なのか、集中力を欠いている。
その結果、ウーリーとコーシェルはビエリアルのお世話になった。
相手が格下のうちに、慣れた方が大事にならずに済む。
次の部屋にボスがいるのか……。




