別れ
キーリアとフローラの努力もあり、今の犬の国には緑が点在している。
午前中に植えた海岸側のマングローブの苗はこれから潮風を軽減してくれるだろう。再び大量のモンスターが現れれば踏みつけられて無駄になるだろうが、ナミタリアが攻略に乗り出して魚の流通が始まれば、魚を求めて冒険者が集まってくる事が予想される。
俺たちは犬の国の外に荷物を持って移動した。
行きよりも帰りの方が荷物が多くなるのは旅の醍醐味ではあるが、増えた物のほとんどが海産物と言うのは何とも悲しいものだ。
外壁の外側のドロップ品はリズの魔法で黒焦げになっていたため、回収できたのは内側での攻防戦のドロップ品ばかりだったりする。
きっと土に埋まった魚が栄養に変わり、この国を緑豊かな土地に変えてくれるのだと思う。
この迷宮化は犬の国の歴史上、必要な分岐点だった。
「忘れ物はないか?」
「魚が大漁ニャ!」
リズはそうだよな……。ゴーレム先生に大量に荷物を持たせて嬉しそうだ。両手だけじゃなく、布でくるんで首に巻かれている。どこの田舎の荷物運びだろう。
ギラーフがみんなの様子を見て報告してくる。
「忘れ物はありません」
「……そうか」
来た時と同じで、足場を組んで一回の〈転移アイテム〉で全員を飛べるようにした。
帰る前に一度深呼吸する。
【ギラーフをパーティーから外しますか?】
・Yes
・No
俺は選択肢を押す前にモズラ、ビエリアル、エヴァールボの顔を順番に見る。
唇を噛みながら、三人が小さく頷いた。
「ギラーフに元軍団長殿から手紙だ」
「はい」
手紙を渡すと同時に『Yes』を選択し、ギラーフをパーティーから外す。
〈転移アイテム〉を作動。
俺たちは迷宮都市にある家の納屋に転移した。
「う……」
モズラが我慢の限界で、その場に泣き崩れる。
リズがモズラの異変に気が付いて、メンバーを確認した。
「ギラーフがいないニャ!」
リズの声に反応したのは、コーシェルだ。
「え?」
「ギラーフは当分、元軍団長殿の修行を受けてくる」
手紙の最後には修行のお誘いのメッセージが添えられていた。
俺はナミタリアに即答出来なかったので、宿に帰ってから三人に相談すると、ギラーフは元軍団長殿の扱きを受けてから、いつもあの時の事を嬉しそうに話していたそうだ。
ギラーフが俺の奴隷である以上いくら望もうが、それは夢のまた夢。主人を裏切る行為に該当してしまう。
そこで考えたのが、置き去り。
一応手紙と一緒に『修行を受けてこい』とメモを書いておいた。
「そうですか……。戻ってきた時に、成長した姿を見せら……。う……」
コーシェルも泣き崩れる。これがギラーフの存在の大きさだ。
みんなに頼られていたからな……。
夜、アンジェが料理を作るが、何を食べるかよりも、誰と食べるかが重要であることを痛感する。
貴族しか食さないと言われる魚を使ったスープ。
満足のいく調理環境が揃っている中で作った最高の味のはずが……。残す者が続出した。
みんなの食欲を刺激できなかった事を悲しんでいたアンジェを励ます。
「気を落とすな。充分うまいぞ」
モンスター産のため、日本の魚よりも味が濃く、身が引き締まっている印象があった。
「はい。ありがとうございます」
残った物はもう一度温めて、水増ししてから匂いに誘われて集まってきた子供たちに振る舞う。俺たちが留守の間、家に泥棒が寄り付かなかったのは、子供たちが根城にしていたからだ。
カニ汁程の衝撃はないのか、泣く者はいなかったが、温かい料理に子供らしくはしゃいでいる姿が印象的だった。
また子供の人数が増えたかな?
夜中。モズラ、ビエリアル、エヴァールボがやけ酒を飲んでいた。
気持ちが痛いほどわかったので、無視した……。
翌朝。朝食が出来上がるのを居間で待っていると……、突然入口の扉が開く。
「ギラーフが帰ってきたニャ!」
俺はリズの言葉が信じられなくて、素っ頓狂な声がでた。
「は?」
「はぁはぁ。せめて――みんなと挨拶する時間ぐらいは下さいよ!」
「だって、説明したら、残らなかっただろ?」
「それはそうですが……」
ばつが悪そうに目を反らす。
犬の国から休まず走ってきたのか? ギラーフの呼吸が乱れているのを初めて見た。
居間で騒いでいると隣接した部屋で寝ていたモズラたちが起き出してくる。
酔い潰れていたから、今日は午後起きだろうと思っていた。
「ギラーフ! どうしてここに?」
「少しの間、留守にします。必ずこの家に戻ってきます! それまでご主人様の事をよろしくお願いします」
ギラーフが目に涙を溜めて頭を下げる。
「ギラーフがいなくても、それぐらいできるわよ。さぁ、朝食を食べたら迷宮に行くわよ。ほら、ギラーフはサボってないで、さっさと修行に行きなさい。ずっと居られると邪魔よ」
「えっ? えっ?」
モズラは予想外の展開に戸惑っているギラーフの背中を押して家から追い出すと、入口の扉を締めた。
扉に背中を持たれかけ、嗚咽混じりに泣いている。無理しすぎだ。
半日足らずで迷宮都市まで来たという事は、きっと魔境を迂回しないで必死に走ってきたんだぞ。可哀想に……。
俺の称号補正がどの距離まで有効かはわからないけど、念のためパーティーにだけは加入させておいた。
「さぁ飯を食ったら、迷宮に行くぞ!」
忙しい方が余計な事を考えなくていいだろう。
「はいニャ!」
第五章終わり。
幕間をはさみまして、新章に入ります。




